三人の王女
エメナ王女の騎士、ジャックは俺達を先導しながら城について簡単な解説をしていく。あの柱の模様の由来は、とか個々に使われている石材は、とかそういうのだ。彼は俺達来賓を楽しませるつもりで、色々と話を向けているようだ。
ふむ、城の知識もさることながら、まとっている雰囲気なんかはそれこそエリート、という感じのもので、かといって嫌味を感じさせない非常に爽やかな印象を受ける。なんというか、人当たりの良さそうな性格……かどうかはわからないけど、そのように感じさせるだけの風体を持っている。
王女の従者だから、彼が主人公になってもおかしくはないのだが、そうではなくあくまで主要キャラクターの一人。さすがに彼が黒幕なんて可能性は低いと思うけど……もしゲームでそういう展開になったら、プレイヤーとしてショックを受ける人だっているかもしれないな。
「こちらです」
やがて彼は一枚の扉の前に立って俺達へ告げた。目的の客室……彼が扉を開け、中に入る。そこに、ソファに座ったエメナ王女の姿があった。
「お招き頂きありがとうございます」
ソフィアが告げる。俺の提案という形ではあるが、ソフィアやリーゼは嬉しそうに笑みを浮かべながら、少し緊張した姿のエメナへ声を掛ける。
「同年代の王女ということで、もう少しお話をしてみたいと思いました」
「……恐縮です」
うーん、やっぱり少し硬いかな。そこで従者のジャックは「ごゆっくり」と告げて扉を閉めた。護衛なんかは必要ないってことかな?
俺達のことを信頼しているからこその退出か……それはソフィアやリーゼも察したようで、エメナへ向け柔和な笑みを浮かべる。
「まず、そうですね……エメナ様のことをもう少し、お聞かせください」
そうソフィアは告げると、会話を始めた。俺が口を挟むようなことはせず、ただひたすら王女達が会話を繰り広げる。
俺もいない方がいいのでは……と思ったのだけれど、リーゼなんかは「ここにいなさい」という感じで視線を送ってきた。彼女が考えている作戦は、俺がいないと成り立たないってことかな?
そして、エメナについてはソフィアの話術が上手いためか、態度を次第に軟化させ始める。短時間で肩の力をほぐすほどのもので、ここはさすがといったところ。
俺を交え、エメナは笑みさえ浮かべながら話をする……ふむ、この様子なら俺達のことをある程度信頼してくれたと見て良いだろう。
すると、ここでリーゼが動く。
「親交を深めたところで……実を言うと、今回こうして誘って話を行ったのは、少しばかり理由があるの」
と、リーゼが少し突っ込んだ物言いをする。それにエメナは目を瞬かせて、
「理由、ですか?」
「ええ。といっても、深刻の話ではないの。ただ、あなたの協力ができることなら欲しい」
「……それは……どういう?」
「この大陸にある技術……魔法技術については、事前に使者の方から伺っていた。そしてここへ来る途中でも、色々と説明が入った。そうした中で実際にこの城内で目の当たりにしたわけだけど」
どこまで本当の話なのかわからないけれど、まあ技術に興味を持ったのは確かなのかな? それとも、上手くエメナと話をするための方便かな?
「聞くところによると、夜の町にもそうした技術があるらしいわね」
「はい。この首都は眠らない町、と言われています。城内からは上階でなければ見えませんが、町中はまだ人が溢れていることでしょう」
「そこよ。私としてはそこがとても気になったの
リーゼが言う……うん、なんというか話のオチが読めてきた。
「私達は、その眠らない町、というのを見てみたいのよ」
「それは、見学がしたいと?」
「ええ。でも、王女が来るということがわかった上での見学は、本来の町の姿ではないでしょう? だから、できることなら私達が王女であることを露見しないように、立ち回りたい。そうすることで、生の町の姿が見れて、魔法技術がどういうものなのかを、深く理解することができる」
まあ、一応筋は通っている……無理矢理ではあるけれど。
「つまり、魔法技術がどのように扱われているか……それをお城の視点ではなく、町の人の視点で見てみたいのよ」
「……今後、お二方の故国に導入するに当たって、どういう恩恵を受けられるのかを、間近で見て考察したい、ということでしょうか?」
「ええ、そういう理由だと思ってもらえれば」
そこでエメナは口元に手を当てる。まだ王女が何をすればいいか、完全に理解はしていない様子だが、
「……事情はわかりました。私は何を?」
「騎士として、活動していると言ったわね? ということは、この城のことは余すところなく理解できている」
「はい、それはまあ」
「つまり、人目がつきにくい場所を把握しているし、上手くいけばこのお城から抜け出せる、というわけよね?」
そこでようやくエメナはどういうことなのか合点がいった様子。
俺は話の展開が見えていた時点で、無茶をやるなあと心の中でぼやいた。つまり、エメナの案内によってお城を抜け出し、外に連れ出して話をしようというわけだ。
無茶苦茶なやり方ではあるのだが、一応公的な理由も存在はしているのは確か。リーゼが語った通り、魔法技術についてしっかりと考察したいのもあるだろう。もしそれがゲーム六作目『ディスオーダー・クラウン 』のキーワードであったなら、しっかりと技術について見ておきたいところ。
そういう意味でも、城を脱けだして行動するのは価値がある……それに加え、エメナの心へ深く踏み込むチャンスを窺う……つまり一石二鳥を狙った作戦というわけだ。
単に城を抜け出すことは、たぶん俺やソフィア、リーゼであるなら十分可能だとは思う。数日時間を掛ければある程度城の構造などを把握できるだろうし、騎士や兵士の動きなどもつかめる可能性が高い。消音の魔法などを使えば、気付かれずに城を脱出することは十分可能だろう……ただ、魔法を使えば気取られる可能性を考えると、怪しまれないようにするには上手くやる必要はあるけれど、時間があれば解決できそうな問題だ。
ただ、エメナの仲介があれば、今すぐにでも実行に移せるし、彼女と親交を深めることができる……と、リーゼは考えた。まあエメナ王女をどうするか、という目的が半分で、技術を見てみたいという好奇心も半分といったくらいだろう。作戦の目的としてはあらゆる意味で俺達が求めているものが手に入る。利を得るという意味では完璧だ。
ただ、果たしてエメナは同意してくれるのか……と、疑問に思ったところでリーゼはさらに続けた。




