闇と剣
アーザックの見た目にそう変化はない……が、その中で特徴的なのが牙。確かヴァンパイアの力を手に入れたんだったか。伯爵の城に吸血鬼とはおあつらえ向きと言える。
どう動くか――考える間にアーザックが突撃を仕掛けてくる。俺の首筋に食らいつき、そのまま噛み千切るつもりなのかもしれない。
即座に剣で対抗する。するとアーザックは右腕を掲げ、いつの間にか伸ばされた鋭利な爪で剣を受けた。
俺は爪をすぐさま弾き、同時に横薙ぎを放つ。だが届く寸前にアーザックが回避に移り、空を切った。
「そうこなくては」
どこか楽しげにアーザックは言う……動きを封じているリリシャ達には目もくれずといった様子。
とはいえ俺が一番警戒しなければならないのは、動けない三人が狙われること。単純な攻撃ならば俺が動いて対応できるが、アーザックは魔法も使う。現在三人を拘束する魔法は道具か何かで維持している以上、奴の魔法に警戒しなければならない。
「さあて、どう料理してくれようか」
アーザックは俺を値踏みでもするように見据える。相手がどういう手段でくるのか推測しなければならない。特に魔法攻撃は動けないリリシャ達が食らえば、かなり危険。
なら――俺は詠唱開始。するとアーザックも動いた。詠唱を行う俺へ向け、仕掛ける。
爪による攻撃だが、それを剣で受ける。力は相当なもので、エイナやリリシャは耐えられないかもしれない。
「一人でどこまでやれるかな?」
挑発的に俺へと問い掛けるアーザック。こちらは反撃に転じようとして――相手は即座に後退し、両手を左右に大きく広げた。
その瞬間、魔法が来ると俺は悟る――アーザックが使用する攻撃魔法は二種類。共に闇属性で一つは『ブラックファング』という、漆黒の塊を撃ち出す下級魔法。そしてもう一つは中級魔法『ダークレイン』。暗黒を雨のように降らせるその魔法は、全体攻撃で威力もそれなりにある。
果たしてどちら――考えた瞬間、魔法が発動。途端、上から魔力を感じた。これは『ダークレイン』だ――!
「光よ、護れ!」
闇に対抗するように魔法を発動する。光属性の防御魔法『セイントウォール』で、光を除く全属性の攻撃を防ぐことができ、特に闇属性に対し相当な防御力を有する。
通常は敵と味方の間に壁を生み出し防ぐのだが、今回は応用。『ダークレイン』に対し上を覆うことで、降り注ぐ闇を受け止める。
結果は……防御魔法で雨を防いだ。
「……ほう、動けない者を狙う魔法であることを推測していたようだな」
アーザックは言う。それに俺は笑みを見せ、
「そっちの卑劣な戦法はお見通しだよ」
「そうか……単純に魔法を使用しただけでは、防御されるようだな」
アーザックは語る……この状況下でどう戦うべきか。俺は思考し、やがて辿り着いた結論は急所を狙った短期決戦だった。
ゲームでは一定のダメージを与えなければ基本勝てない。しかし現実の場合違う。魔物にも急所が存在し、強力な魔物であっても一気に決着がつくケースも修行時代経験してきた。
魔族であればそう上手くはいかないが、アーザックはあくまで力を得た人間。ヴァンパイアの力を所持しているとはいえ、ゲーム上は魔物ではなく人間という扱いだった。つまり心臓などを貫くことができれば、それで決着がつくはずだ。
そう考えた直後、アーザックが俺へと迫る。魔力が高まっていることから、魔法を使う準備はしている。その中で接近となると、ゼロ距離で攻撃する気なのだろうか。
俺は後退しようとして――仲間達のことがある以上、退くのも危険。立ち止まった時、アーザックはずいぶんと近くに迫っていた。
もしかすると、間合いを詰め俺が剣を振れる空間を潰す気か――ここで俺は詠唱を開始。それは一瞬で終わり、すぐさま魔法が発動した。
無詠唱とまではいかないが、ほとんど時間を掛けずに行使できる魔法もある――それが今選択した『ウォーターアタック』という水属性下級魔法。全攻撃魔法中一番威力の低い魔法で、威力を期待してはいけない魔法だが、ゲームでは別の使い方があった。
水圧で吹き飛ばすという効果をもたらすこの魔法は、相手を大きくのけぞらせる効果がある……ゲーム上でも明確な隙を作り出すこの魔法は、コンボなどの繋ぎの魔法としてかなり有用で、相手をハメるのに多用されていた。
もっとも現実となった今ではできない。ゲームでは味方が行使した魔法の影響を受けないという仕様だったためできたが、現実では味方を巻き込んでしまうからだ。
しかし単独で戦う今なら有用――水圧によって、アーザックは強制的に後退する。
「ぐっ……!」
だが負けじと進もうとしたところへ、俺はすかさず一閃した。水流の動きに沿って放たれた剣戟は、見事アーザックの体を捉える。急所に当たりはしなかったが多少なりともダメージがあったようで、吠えた。
「貴様!」
再度迫る。もう一度同じ魔法を使うか……だがゲームに存在するAIとは異なり、同じ戦法を使ったなら何かしら対応されるだろう。そう思いつつ俺はまずアーザックの攻撃を見極めかわす。
さらに攻撃されようとしたが……そこで俺は一瞬で詠唱し発動できる魔法を使用。今度は単なる風。するとアーザックはその風によってさらに攻撃を受けると思ったか、自発的に後退を選択し距離を置いた。
「……やるようだな。だが、私を滅ぼすまでには至らない」
その言葉を聞きつつ俺は近くにいるリリシャに目を移す。顔を上げることも苦しいのか、彼女は俯き沈黙している。
「他の仲間が気になるか?」
アーザックが問う。首を向けると、彼は笑っていた。
「残念だが、魔法が発動している間はどうにもならんぞ」
……さすがにこの魔法の仕組みを語るようなことはなさそうだし、やはり俺一人で倒すしかないだろうな。
アーザックはなおも魔法を発動できる構え。その魔法が『ダークレイン』である可能性がある以上、仲間を守るため『セイントウォール』を発動できる状態にした方がいい。しかしもしそうでないなら――手がある。
ここで俺は足を前に出す。同時に詠唱を開始し、アーザックは笑みを消す。
「来い!」
声を発するアーザック。まずは俺が剣を繰り出し、それは爪で弾かれる。
だが攻撃は止めない。さらに執拗に仕掛ける俺の動きは、アーザックから見たらヤケに見えたかもしれない――そう思ってくれるのならなおのこといいのだが。
二撃、三撃と弾かれた時、アーザックが爪によって反撃する。それを俺は体を逸らして避け――
相手からすると、まさにそこが狙い目だっただろう。
「終わりだ」
隙が生じた俺に対し、アーザックは宣言。直後彼の真正面に漆黒が生まれる。間違いなく『ブラックファング』だ。下級魔法だが、アーザックのような魔族から力を受けた存在ともなれば、威力は中々のものとなるだろう。
そこで俺は、闇を見据えながら詠唱し発動直前までにしていた魔法を――解除した。
「何?」
その動きはアーザックにも伝わった様子。わざわざ唱えていた魔法を解除するのは――相手の視線が俺を射抜いた瞬間、俺は再度詠唱をこなし漆黒が収束するまでに『ウォーターアタック』を発動する。
水流と闇の剣が激突する。水は闇を押し戻すには至らなかったが、動きを鈍らせることに成功。この魔法はただ目標に向かって直進することがわかっていたので、軌道を読み仲間に当たらないと断じた俺は、回避に移る。
アーザックはすぐさま魔力を高め魔法を発動しようとする動きを見せる。だがそれよりも先に俺がさらなる『ウォーターアタック』を使用し、その体にぶつける。
「ぐ……!」
アーザックが呻く。水流が邪魔して動きが鈍り、なおかつ魔法を放つ構えには至っていない――今が好機だと判断した俺は、決着をつけるべく剣を放った。




