伯爵と罠
一閃した俺の剣戟が悪魔を倒す――囲まれてはいるが、他の三人も状況に即応し、動けている。
特に目立つのはバルザードだ。迫るレッサーデーモンとハイスケルトンの攻撃を受けながら反撃に転じ吹き飛ばしている。ノーダメージを突き通すその防御は、相当強固な魔力障壁を構築しているためだろう。
その強さはまさしく『三強』にふさわしいが――エイナも負けていない。魔物の攻撃を的確にかわし、洗練された動きで確実に敵を倒していく。ソフィアと同じような剣技をもっているためか、彼女の動きは俺にも見覚えのあるものなわけだが、エイナはソフィアよりも動きが攻撃的。これは騎士と王女という違いのためかもしれない。
そしてリリシャ――彼女もまた槍を振るい存分に敵を討っている。仲間になるキャラではないがその実力は本物であり、仲間キャラに劣らぬ活躍を見せている。
もっとも、一番の問題は実力よりもその成長能力にあるわけだが……この戦いが終わればエイナ達の仲間に加わる可能性が高い。それ以降成長性があるのかどうかわかるだろう。今のところは問題なく敵を倒せているので、この戦いについては大丈夫そうだ。
やがて戦いが終わる。先ほどよりも時間が掛からなかったのは、バルザードが思う存分暴れたためだろう。
「とことん罠が好きな伯爵みたいだな」
バルザードが感想を漏らす。するとリリシャは小さく頷き、
「魔族と手を結んでいることは確定……先へ進みましょう。あの大扉を真っ直ぐ行けば、謁見の間に到達する。おそらくそこに、伯爵はいるはずよ」
リリシャは先頭に立ち歩き始める。俺を含めた残る三人は追随し……大扉を、抜けた。
この時点で伯爵の城を歩き回る必要はなくなったと考えていいだろう。やはり謁見の間に罠が……気を引き締めよう。
それほど時間もかからず最奥に到達する。明かりに照らされた広い空間で、奥には王が座る物を模した豪華な玉座が存在している。
そして広間中央に、目当ての人物が俺達を迎えるように立っていた。
「ようこそ、リリシャ……そして、旅の御方達」
慇懃な礼さえ行う人物……肌が奇妙なくらい白いその人物の年齢は四十から五十の間だろうか。白髪一つない黒髪に反しずいぶんと威厳のある皺を所持しているのだが……肌の白さがあらゆる意味でこちらに違和感を与えてくる。
間違いない、彼こそがアーザックだ。赤を基調とした貴族服に身を包む彼の立ち姿は、顔と同様威厳も存在していたが、同時に道化が見せるような奇妙さも併せ持っていた。
「今宵ここをお訪ねになることになったのは……リリシャが行動したためか?」
「わかっているようね」
敵意をむき出しにしてリリシャは語る。同時に俺達の前に一歩出つつ、槍の切っ先をアーザックへ向ける。
「あなたの暴政、これ以上続けさせるわけにはいかない……魔物がいる以上あなたは魔族と手を組んだのでしょう?」
「ああ。仕掛けた魔物で沈んでくれれば好都合だったのだが、さすがにそう甘くはなかったようだ」
「ええ、そうね……あなたを、成敗する」
「そうか」
アーザックは余裕の笑みを伴い語る……ここから、相手の言動に注意しなければならない。
ゲーム上で踏み込んだこの謁見の間では、罠などなくただ戦闘が行われた。そして肝心のアーザックの能力だが……HPを吸収する技などを多用するため長期戦になりやすいが、ボスにしては控えめな能力であるためきちんと育っていれば対処は難しくない。ここまでの戦闘をこなしてきたエイナ達ならば、十分倒すことができる。
ガチの殴り合いをする場合は、それほど苦労しないが……リリシャを捕らえるという行為をする以上。罠が発動するのは間違いない。俺はアーザックの一挙手一投足を観察し、警戒しなければ。
「ずいぶんと余裕だな」
バルザードが述べる。それに同調するかのようにエイナも剣を構えつつ首肯した。
現状、俺達が圧倒的優勢であることは間違いない。敵はアーザックただ一人。なおかつこちらは俺を含め全員が無傷。
「余裕、に見えるか?」
小首を傾げ、アーザックは応じる。
「余裕……ふむ、なるほど。こうして超然としている以上、何か策があると思っているのか」
「間違いないだろ、それは」
バルザードがリリシャの隣に立ち、剣を構える。
……アーザックが単純に襲い掛かってくる可能性もあるが、おそらくそういう戦いにはならないだろうと思いつつ、事の推移を見守る。
もし落とし穴でもあったら即座に魔法を使用して対処。ステータス異常系の攻撃についてはあらかじめアイテムを渡しているので問題はない……はずだった。
だが次の瞬間、魔力――それがどういうものであるか俺は理解し――エイナが小さく呻くのを耳にした。
「っ……」
突如、膝から崩れ落ちる。次いでバルザードも小さく声を零した。
さらにリリシャまで……直後、アーザックの哄笑が聞こえてきた。
「――はははははっ! 愚かだな!」
漫画やアニメに登場する敵役のような笑い方だ……いや、実際敵なんだけど。
「貴様らのような鼠に対処できる手筈は整っているに決まっているだろう? 動けなくなった状態でなぶり殺されるわけだが……地獄のような痛みを感じさせながら殺してやるぞ」
完全な勝利宣言だが……ここで俺が質問する。
「気付いているか?」
「む? 何をだ?」
「俺にその罠が通用していないんだが」
――途端、アーザックの顔が驚愕に染まる。ただそれは罠が効かなかったという懸念を示しているものではなく、純然たる驚きのようだった。
「……ほう、貴様は耐性があるのか」
「耐性……?」
「この魔法は一度受けると耐性ができてしまう。超然としている以上、貴様はこの魔法を受けたことがあるというわけだろう? 気配的に、私の力を上回っているとは思えんからな」
……やっぱりか。発動したのは能力依存の罠だ。ゲーム上には魔法使用者の能力やレベル以下の敵に大ダメージを与えるという魔法が存在していた。アーザックが放った魔法は、レベルや魔力辺りが関係しているはず。
つまり、リリシャ達はアーザックよりも魔力もしくはレベルが下回っていたため、魔法を受けてしまった。反面、無茶な能力を所持している俺には通用しなかった。けど見た目の上で俺が強いようには見えないので、耐性を持っていると思ったのだろう。ここは乗っかることにしよう。
本当なら対処したかったが、動き出すよりも魔法発動が早かった。単に動きを止めるだけの魔法であったための早さ。これが攻撃魔法だったらこちらに攻撃が届く前に対処できたはずだが……動きを止めればどうにでもできるということで、行動を封じるのを優先させたわけだ。
ただここで疑問が。こういう魔法は使用者がずっと行使し続けなければ動きを封じることができない。だがアーザックは魔法を維持している様子がない。なおかつこの魔法はゲームの主人公達が城を訪れ戦った時使用しなかった。リリシャが城を訪れた時は使用し、主人公達との戦いで使わなかった……さらに魔法を維持している様子がないということは――
「……ああ、こうした魔法に遭遇したことがある。だがその時とやり方が違う。あんた、道具を使っているな?」
「何?」
「この部屋に何か道具を仕掛け、それを利用して魔法を維持している……そんなところじゃないか?」
アーザックは警戒する眼差しを俺に向けた。図星らしい。
リリシャに対しては魔法を使えたが、魔法に必要な物資がなかったため一度きりしか使えなかった……おそらくこの魔法は対リリシャの魔法として組み込まれたものだろう。
部屋にこうした魔法を組み込むこと自体結構金がかかるし、相応に大がかりな罠だ。こんなものを仕込んだのは、リリシャを警戒してのことだろう……俺がいなかったら危なかった。
「ふん、耐性持ちが紛れ込んでいるとは……まあいい。そういうことなら私が自ら貴様を屠るまで」
アーザックは語る……戦闘モードだな。さて、俺はどう動くか。
エイナやリリシャ達が動けない状態なので、単独で彼らを護りながら戦う必要がある……瞬殺するのも手だが、一つ問題がある。
アーザックは人間とはいえ、魔族の力を所持している。こういう場合、力を与えた魔族がアーザックのことを監視し、この戦いを観察している可能性がある。
エイナ達の目があることも考慮した場合、俺が本気を出して魔力を漏らすのはリスクがある……なら答えは一つ。リリシャ達を守りながら、ガルクからもらったリボンの制約内でアーザックを倒す。
リボンを活用し色々と訓練はしてきた。全力を出せないまま単独で戦うことだって想定はしていた――やってやろうじゃないか。
「見よ! 生まれ変わった我が体を!」
俺が剣を構えるのと同時、ゲームと同じ口上を叫びアーザックの体が変化する。皺のある顔は白さを増したかと思うと、その体から魔力が噴出した。




