冬の山
旅そのものについては特段問題はなく、俺達は予定通りにフェルノ山まで到達することができたのだが……現在の季節は冬。山頂は白く、そこへ足を踏み入れることになれば、遭難の可能性だってありそうだった。
竜鳴花については、魔力を大気から吸収する特性によって冬でも咲く……というか一年中咲いているらしい。種子が芽吹いた時期によって花が咲く時期が決まるらしく、歩いていればそれなりに見つけることができるとのことで、冬山に足を踏み入れることになる。
「それほど大きくはないので、冬場の方が見つけやすいですね」
「なるほど」
他の草木は大体枯れているからな……俺達は山の麓に存在する森へ足を踏み入れる。荒涼とした世界が広がり、風が木々の隙間を抜けて俺達へ届く。服装なども道中でしっかり整えたが、それに加え体が冷たくなるのを魔法によって抑え込む。
ひとまず魔法が使える限り凍死することはなさそうだな……と、ここで俺は山頂を指差し、
「さすがに頂上まで登ることはないと思うけど……どこまで進むんだ?」
「冬場ですし、山に入って直後くらいになるのでは?」
「山の天候は変わりやすいし、吹雪にでも遭遇したらたまったものではないからね」
リーゼの指摘。それはそうだ。魔法があるので前世と比べればやりようはあるけど、厄介事は避けたいよな。
「それじゃあ、森を突っ切って……」
「あ、一つだけ注意が」
と、エイナが手を挙げる。それにソフィアは、
「どうしたの?」
「近隣の村に山の情勢を尋ねたところ、魔物がよく出現しているとのことです。よって、場合によっては遭遇するかもしれませんので」
……俺にソフィアにリーゼまでいるのだ。正直魔物が来たところでだから何? という感じではあるけど、油断は禁物か。
「私達が先導しますので、皆さんはついてきてください」
そこでエイナは男性騎士へ目配せする。彼は俺達の先頭に立って、迷いなく歩き始めた。この周辺の地理を把握している騎士みたいだな。
もし魔物が出たら……俺やソフィアの方が強いわけだけど、ここはエイナ達のお手並みを拝見させてもらおうか。変に俺達が出しゃばってもなんだか立つ瀬がないだろうし。
騎士達としては、本来護衛対象となる俺達の方が圧倒的に強いことについて、色々思うところはあるんだろうなあ……などと考えつつ口には出さない。
何気なく周囲を見回す。ひとまず生物の気配はなく、俺達が進む足音だけが耳に入る。
騎士達は油断をせず周囲を見回しているのだが、この調子だとひとまず何ごともなく終わりそうではあるな……などと考える間に道がなだらかな上り坂となる。
「この道に沿っていけば山の麓まで辿り着きます」
先頭にいる騎士が声を上げる。
「夕刻までに戻ってきたいところですね。夜になったら遭難の危険性もありますし」
この面子なら平気そうだけど、変に心配かけたくはないし、な。
「どんな花を摘むとか基準はあるのか?」
なんとなく疑問を寄せる。それに答えたのは、ソフィア。
「生育状況を見て、ですね。山肌に沿って咲いている方がよく育っているケースがあります」
「……別に花の生長度合いと標高は関係ないだろ?」
「竜鳴花はこの山の周辺に暮らす人々も摘むのです。薬草にもなりますからね。よって、村の人達があまり近寄らない山中の方が、育っている花が多いのです」
はあ、なるほどな。つまり麓にある花については大きくなる前に村人が採ってしまうのか。
「今回のような祭事に使われるものは山中で……といっても、先ほど語ったように山に入って少し進むくらいで丁度良いかと思います」
「そうだな……」
話をしながら俺達は進む……と、俺はなんとなくソフィアとのことについて思いを馳せることにする。
婚約……という形なわけだが、ようやく自覚ができてきたという感じだろうか。一緒に旅をしてきて彼女の事は少しくらいはわかっているのだけれど、改めて正式に彼女と――というのは、なんだか不思議な気分だ。
思えば彼女に好意を抱いたにしろ、ソフィアとはどこか戦友のような間柄でもあった。彼女にとって俺は師匠と呼べる存在かもしれないけど、こちらはそんな印象だ。もっとも、そのような関係性がずっと続くとは思っていない。ソフィアが俺のことをどう思っているかはわかっていたし、俺もまた結論を出すつもりでいたから。
婚約者という立ち位置で組織『エルダーズ・ソード』の長として星神と戦っているわけだし、ソフィアは組織において変化はない……と語っていたわけだけど、俺とソフィアとの関係については少なからず変化する。それが組織に……ひいては自分自身にどのような影響をもたらすのだろうか――
ふと、俺は立ち止まる。唐突に足が止まったので、周囲にいたソフィアやリーゼも立ち止まった。
「ルオン様?」
「どうしたの?」
遅れて前を歩く騎士達も反応。こちらへ向け視線を転じた後、先頭の騎士が、
「どうしましたか?」
「……確認なんだが」
周囲を見回しながら問い掛ける。
「魔物がよく出現していると言っていたけど、どのような個体かはわかるか?」
「いえ、さすがにそこまでは……ただ見たこともない姿形であれば、当然ながら村人達も警告すると思いますが」
「ああ、確かにそうだな。ただ」
ここでソフィアとリーゼも察した。次いでガルクも、
『……いるな。よく気づけたな、ルオン殿』
「直感みたいなものが働いたってことにしておいてくれ……魔物の気配だが、ここまで周到に隠せるというのは、かなり変じゃないか?」
俺達の実力であるなら、魔物の気配は簡単に察することができる。無論気配の薄い魔物であればその限りではないのだが、
「……どう考えても、俺達に対し気配を断っている」
「普通の魔物ではなさそうね」
リーゼが警戒を示す。騎士達もここに来て辺りを見ながら剣の柄に手を掛けようとする。
「どうする?」
「……リーゼ、魔物がどこにいるのかわかるか?」
「なんとなく。囲まれているわね」
その通りだった。俺達に気付かれぬままに突然魔物が……いや、この場合は待ち伏せていたか? ともかく、魔物達は俺達を取り囲んでいる。数はわからないは十は越えていないくらいだろうか。俺達なら十分対処できる数だが、油断はしないように……その時、いよいよ魔物が姿を現した。




