意欲の低下
俺は近づいてくるジンへ声を掛けようとしたのだが……口が止まった。なぜか。
それは――両手に菓子を抱えていたためだ。
「……何してんの?」
「見たらわかるだろ?」
しかも口をモグモグさせている。大変行儀が悪い。
「もしかして、残っていた菓子を独占したとか?」
「そうだな。残り物を全部かっさらった感じだな」
そう言いながらジンは口の中のものをゴクンと飲み込む。
「いやー、人間は美味いものを開発するのに余念がないというのは知っていたが、実際に目の当たりにすると感動すら覚えるな」
「……感動してもらえるのはまあ嬉しいけど、なんというか悪目立ちしているようにも見えるんだが……」
俺はどこか呆れたように告げる……が、目の前のジンは言っても止まるような存在ではないので、これ以上は言及しても仕方がないか。
「まあいいさ……あ、残っていた菓子を一つくれないか? 甘い物でも食べて頭に栄養をあげたい」
それに対しジンは無言。こちらをじっと見据えて動かない。
エーメルなど周囲にいる面々はこの事態に対し何もしない。どうやら事の推移を見守っているような雰囲気。で、俺なのだが……動かないジンに業を煮やして、彼が抱えている菓子へ手を伸ばした。
触れようとした時、ジンがさっと俺の手をかわして菓子を守る。俺はそれに対しもう一度手を伸ばしてみるが、またもかわされる。
三度目に手を伸ばした時は肘で叩き落とされた。ついでにジンは一歩後退してジリジリと俺から逃げていく。
「おい……どういうつもりだ?」
「いや、俺がもらったわけなので」
「一つくらい譲ってもらってもよくないか? 確かに菓子がある時間帯に来なかったのは失敗だったと思うし、ジンから拝借するというのもどうなんだろうとか思ったりもするけどさ……ほら、星神の使徒との戦いで色々研究を進めているような段階だ。それを円滑に進めるためには糖分摂取が必要なんだよ」
「いーや、これは俺のだ」
「子どもか!?」
思わずツッコミを入れた瞬間、ジンは数歩分俺から距離を置いた。その様子を見て俺もとうとうあきらめる。
「はあ……争っている場合じゃないし、退散するか。何もなければここには用もないし」
「休憩というのなら、誰かとお喋りでもしてみたらどうだい?」
そんなエーメルの言葉に対し俺は周囲を見回し、
「……あんまり面白そうな展開にならなそうだし、遠慮しておくよ」
俺の活動内容とか、生い立ちとか……その辺りを根掘り葉掘り聞かれそうな気がする。休憩のつもりが尋問にでも遭っているような気分になりそうだな。
「仕方がない。お茶をもらって帰るか……」
なんだか脱力するようなやり取りの後、俺は紅茶だけもらって机に戻る。それを飲んで一息ついていると、ソフィアが俺の所に来た。
「ルオン様、進捗はどうですか?」
「難儀しているよ……さっきジンがお菓子を抱えて食堂にいたぞ。一つくらいわけてくれてもいいのに、手を伸ばしたら拒否するし」
クスクスと笑うソフィア。と、ここで、
「そういえば幻獣の方々から提案がありました」
「提案?」
「はい。幻獣まで集うというのは何かの縁だ。話し合いは散々やっているけど、親睦を深めるべくパーティーでも開いたらどうかと」
「……城の人のことをまるで考慮していないな」
なんというか、組織があることでこの国の人々には結構な負担を強いているよな……。
「そこについては気にしないでください、ルオン様……とはいえ今は状況が状況なので、戦いが終わってからということになりそうですが」
「それもそうだな……ちなみにソフィアの作業はどうだ?」
「こちらには神霊の方々がいますから、作業速度そのものは早いです。ただ、なんというか作業自体は地味なので……」
「ソフィアも辟易していると」
苦笑するソフィア。度々外に出るような性格だし、ずーっとデスクワークというのもしんどいのだろう。王女として仕事をするのは……いずれこの国を継ぐ存在であるなら当然かも知れないが、今回は神霊達が共同で仕事をしているからな。肩に力も入るし、神経を使うのだろう。
「この調子だと、決戦の際に本調子ではない、とかそういう悲しい展開になってしまいそうだな……」
「かもしれませんね。調子を戻すため日数に余裕を作るか、それとも何か他に方策を考えるか」
「それについて何か考えを求めに来た……ってことか?」
「それもあります」
うーん、とはいえ難しいよな。俺の一存で決められる範囲も超えている。
単純に一日休憩するだけで……とかでは、徹夜まで考慮に入れる予定まで含めると万全な状態に戻るとは思えない。
「体調面はまあ、魔法とか薬とかで誤魔化すことも可能だけど……モチベーションがなあ」
精神的に何かあれば変わるかもしれないが……と、ここまで考えた時、
「……ふむ、そうだな。ソフィア、作業そのものは必死になってやっているけど、遅々として進まないというのが現状のはずだ。その要因で特に大きいのは――」
「ルオン様の仰る通り、意欲の低下というのも大きいでしょうね」
と、ソフィア自身作業に従事しているが故に、発言した。
「現時点でゴールが見えていないことが何よりの問題だと思います」
「俺も同じ事を考えた。星神の使徒についてどこまで対策をやればいいのかというのもあるけど……ともあれ、現時点でやっていることが果たして正しいのか。それを少しでも確認できれば、士気も上がる」
「しかし、今試験的に技法を試すにしても、問題だらけなのでは」
デヴァルスとしても、まだ今回利用する技術を試そうとは考えていない様子ではあるのだが、もう少し状況が煮詰まってから、と考えているのか。
「ま、駄目元で話をしてみるか……デヴァルスさんがどこにいるのかわかるか?」
「訓練場かと」
「わかった」
席を立つ。ソフィアも同行するようで、二人して訓練場の扉をくぐる。
そこでは天使達が色々と相談していた。彼らは彼らなりに色々試行錯誤をしている様子であり……俺達が来たことに気付くとデヴァルスが手を挙げて出迎えてくれた。




