天秤にかける
俺へユスカが迫る――と思った矢先、その姿が消えていた。
即座に体を沈めて俺の視界から外れたのだと認識し、後退しながらユスカを捕捉。驚くべき速度で接近する彼は、俺の移動速度を凌駕しすくい上げるような剣戟を放つ。
加え、彼から魔力が迸る……といってもユスカの力ではない。剣から放たれる魔力であり、それは一瞬でユスカの周囲に展開。直後、テニスボールくらいの大きさを持つ光となった。
何が起こったのか――と考える間に剣が振りかざされ、さらに周囲に構築された光が一斉に俺へ向けレーザーのような光の帯を照射する――
「うおっ!?」
外野から声……これはたぶんアルトかな? 声と同時に俺は体表面に存在する魔力障壁を強固にした。半ば奇襲に近い攻撃であったが……それを真正面から、受ける。
斬撃は剣で防ぎ、光が俺へと降り注ぐ。全身に衝撃が生まれたが体勢を崩すようなこともなく、ダメージもなし……敵の意表を突くには非常に効果的であり、また同時に一度しかできないが面白い手だと思った。
俺はさらに足を後方に向け、ユスカと離れた。追撃は……来なかった。奇襲が失敗したので一度様子を見ることにしたのだろう。
ユスカの表情が見える。作戦そのものは成功したはずだが、その顔はどこか苦かった。
「さっきの技、何か失敗したのか?」
「……ええ、まあ」
「何をやっておる!」
濁すような返事をしたユスカに、アナスタシアが声を張り上げた。
「まったく、ちゃんと指示通りに動かないから、そういうことになるのじゃぞ!」
なんだか怒っているのだが……こちらが反応に困っているとユスカは、
「簡単に言うと、剣に集中しすぎて光の威力を出せませんでした」
「だから苛立っているのか……」
現在もユスカの周りを漂う光は、制御しているのか。
「アナスタシアが考案したのは……竜族の力を魔法に昇華し、遠隔操作で攻撃可能な使い魔を生み出す……みたいな感じか?」
「正解です。公爵としてはこの光を利用して全方位から攻撃……そして障壁すらも破壊して……ということのようです」
はあ、なるほどな――つまり光は俺の周囲を飛び回り、縦横無尽に攻撃する。先ほどユスカは失敗したみたいだけど、光の帯は先ほど以上に大量に構成できる。つまり、強力な攻撃を断続的に繰り出して障壁を突破するというわけだ。
魔王であるクロワがしてみせたように、障壁をまず壊すところから思案して武具を用意した。ただ現在のユスカについては威力が伴っていないため――そもそも練度が根本的に足りていないので、失敗だった。
「ただこの技法、可能性を感じています」
そうユスカは主張する。根拠は――
「剣による光は、これ以上に出すことができます。場合によっては周囲を埋め尽くすほどに」
「なるほど、物量で押し込むと……」
「はい。けれどいくつか問題点も」
そこまで話して良いものなのかと思いながらも、話は聞き続ける。
「現時点で練度が足りず、なおかつ技量が不足しているわけですが……大きな問題としては、これまで培ってきた技術を一切使えません」
「ああ、そうか。使い魔を制御する技術とかが必要になるわけで、ユスカとしては専門外だもんな」
「はい。なので練度を高めるまでにかなりの時間が必要となります。ただ、決戦までに使えなくもないとは思うのですが……」
「で、アナスタシアは何で怒っているんだ?」
「制御法については付け焼き刃ですけど学びました。それを上手く活用していないから、のようですね」
さすがに無茶だと思うのだが。いくらユスカがこのバールクス王国の組織に所属し強くなったとしても、急造でくみ上げた技術を完璧に使え、というのは無理だ。それ、俺でも不可能だぞ。
「ま、いいや。どうやら厄介なのは間違いないみたいだけど……で、他に問題点はあるのか?」
「はい、これが最大の問題点なのですが……この技法を活用する場合、創奥義が使えません」
「……割と致命的な気がするんだが」
切り札が使えないというのは……いや、ここは天秤に掛けたのか? 奥義を使うよりも強力な武器を作ればいいと。で、アナスタシアとしては渾身の一作ができたと。
「今回の敵は、竜族の力を持ってしても対抗できるかわからない」
と、ユスカはさらに語り続ける。
「単純な力押しでは通用しない相手……よって、公爵としては他のアプローチで……創奥義を使わない形での戦法を考えた」
「それで最終的に至った結論が、これか」
俺はアナスタシアへ目を向け、問う。
「この技法は使徒に効果がありそうか?」
「相手が強大すぎる故、わからん」
アナスタシアはあっさりと答えたのだが、話には続きがあった。
「じゃが漫然と奥義を鍛えるだけでは絶対に届かぬ相手じゃ。竜としては……力ある存在として語られる竜としては、だからといって諦めるなどという選択肢はなかったし、竜である以上、いかなる相手にも屈するつもりはなかった」
彼女なりに矜持がある、ということかな。
「よって、色々と模索した結果がその剣じゃ。確かに奥義を使うことはできない。じゃがそれを上回る何かがあれば問題はないじゃろう?」
「奥義をメインに据えるのを止めて、他の方法を模索したってことか……」
単純な力では勝てない。だからこそ他のやり方を――アナスタシアの考えも理解できなくはない。
この技術を極めれば、かなりの効果が望めるのかもしれないが……現状で使徒との戦いに活用できるかは疑問だな。将来的に有効なのかもしれないが。
「……ふむ、まあ訓練が足りない故に失敗するのは想定していたが」
と、アナスタシアが何やらブツブツ言い始める。どうする気だ?
「仕方あるまい。こちらとしては多少不服ではあるが、実行するしかないじゃろうな」
「……何を?」
なんだか嫌な予感がして聞き返す。ちなみに剣を握るユスカも不穏なものを感じ取ったのか公爵の方へ首を向けた。何が起こるか知らないらしい。
「剣に何か仕込んであるのか?」
「今回限りのものじゃが、な。指導して上手くいかなかったらこれでルオン殿に対抗しようかと」
「……口ぶりからしてあまり良い雰囲気じゃなさそうだけど」
こちらの言及にアナスタシアは――意味深な笑みを浮かべた。
「まあ良いではないか。それでは、改めて――始めるとしよう」
次の瞬間、ユスカが握る剣に異変が生じた。




