迷宮最後の異形
縁……それがどういう意味なのか釈然としないが、この魔降はやはり星神に関する情報を所持しているかもしれない……それを前提としてこの場所を作り上げた、などという可能性が考えられる。
『思わせぶりで申し訳ないが、この場所に到達する存在がどういう者なのか不明瞭である以上、この先を語ることは控えよう……さて、いよいよ最後の試練というわけだが、ここで想像する相手はどのようなものだろうか?』
――この迷宮の終着点にいる敵の名はゲームに置いては『魔王の影』だった。魔降が魔王という存在を似せて作り上げた存在、というわけだ。
魔王に似ているかと言われると微妙ではあるのだが……魔降にとっては魔王という存在が人間などにとって最強の敵であると考え、試練の最後にそういう存在を用意したという形だったはず。
しかし、
『……もしこの迷宮を知っている人間であれば、おそらくこう思うだろう……魔王のような敵だと』
――やはり魔降は、俺が知識を把握していることを予測している。いや、これは確信と呼んでも差し支えないかもしれない。
なぜなのか不明瞭ではあるが、第一候補はやはり転生者か……疑問が膨らむ中で、彼はさらに続ける。
『ただ、それだけでは芸がないとも思った……よって、私はこの迷宮を作った時、確かに魔王のような存在をイメージして作成した。だが、一つ仕掛けを施した。それは間違いなく、君達の予想を裏切るものであるはずだ』
裏切る……俺達にとっては悪い意味だろうな。
『ここまで迷宮を踏破してきて、ずいぶんと面倒な仕掛けばかりだと思ったはずだ。うん、私としてもこれほど手の込んだものを作成するのは骨が折れたし、できることならもう少しシンプルな形にするべきだと思った。けれど、こうしなければならない理由があった』
断言する魔降。さらに、
『ここへ到達するまでに、魔法を使っただろう。罠を突破するのに色々と手をこまねいただろう。そして仕掛けを解除するのに、分断もしただろう。そうした事柄は、全てこの最後の試練のために用意したものだ』
――俺を含めこの場にいる人間は察しただろう。わざわざ面倒な罠や敵の配置にしたのは、理由がある……それは魔力を分析などするためだった。
つまり、最後の試練のために魔力を解析する仕掛けが存在する……今までの罠や魔物以上に、大変なものなはずだ。
『そうまでして試練を用意したのは……理由の一つは武具を得るにふさわしいがどうかを試すため。それに加え、私にとってとても重要な理由がある。それについて、話すつもりはないが』
そう語った後、魔降は一瞬だけ正面を見据えた。その時、瞳だけ……青い瞳が、ほんの一瞬フードの奥から覗き見えた。
『もし条件が満たされていなければ、私にとって最強の存在である魔王を模した者が立ちはだかる。だが条件が整っていれば……それとは異なる敵が君達の前に立ちはだかる。もしそれが出てきたのなら、間違いなく君達は武具を得るにふさわしい存在であると断言できる』
魔降の言葉にはどこか熱が帯びる。興奮というより、もしそういう存在が来たのなら――と、願っているような雰囲気もあった。
『どちらでも強敵だ。もし魔王を模した存在であっても、勝つことができれば武具は遠慮無く持ち帰ってくれ……ただ、そうだな。私の武具は強力ではあるが、同時に制約が存在する。それらを解消できる術がなければ強力な道具で終わるだけだ。そういう使われ方をしても私としてはいいが……できることなら、真価を発揮して世界のために使ってもらえれば、と思う』
魔降はそこまで語った後、一時沈黙する。同時に映像がブレ始める。どうやら終わりが近いらしい。
『……世界を救う、一助にならんことを』
祈るような言葉。それと共に映像が消えた。
直後、映像が存在していた場所からゴボリ、と水音が聞こえた。床からまるでしみ出るように出現したのは……透明なスライム、だった。
「これが……最後の敵?」
どこか拍子抜けするようなエイナの発言。ただ言葉とは裏腹に剣の切っ先を魔物へ向け、警戒を露わにする。
「見た目は魔物だが……魔力も、それほど感じない」
「いや、待て」
俺が言葉を止めた。それと同時にあることに気付く。
迷宮の床が、小刻みに揺れている。地震の類いではない。魔力が鳴動し、迷宮内からこの部屋へと収束し始めている。
迷宮に残しておいた潤沢な魔力を用いて、最後の魔物を生成する仕組みか……大掛かりであり、また迷宮の集大成といったところか。やがて魔力がスライムへと注がれていく。
変貌はわずか数秒足らずで起きた。最初急激に膨張して俺達は思わず後退したのだが……それが膨れあがるのと同じ速度で収縮すると、人のような形を成した。
「……どうやら、魔王を似せた存在ではないな」
そいつはもっと巨大であったため、俺はそう結論する。
であれば、どんな敵が……そう思った矢先、俺はあることに気付いた。
「……あー、そういうことか」
「ルオン様、わかったんですか?」
「ああ、わかった。痛いほどわかってしまった……でも、俺からすれば二番煎じのような感じなんだけど」
「え?」
「いや、力の大きさなどはこっちが段違いに多いんだけどさ……しかも以前は強い弱いとは関係ないところにいる存在だったのに対し、目の前の敵はたぶん、強さを優先して作り上げたんだろう」
「おそらく私達の魔力を解析し、それに基づいて作成している」
今度はカティが口を開く。彼女も理解できたらしい。
「偽物の魔王より弱い存在ばかりなら、本来の趣旨である魔王を模した存在が最後の試練となる。けれど私達はそうじゃない……特にルオンは」
「魔王の影よりも、俺の方が強かったと。なら、この結果は納得がいくものだ」
スライムがその姿をさらに変え、完成形に近づいていく。なおかつ迷宮から魔力を吸い上げ、かなり無茶な強化を施していく。
……魔王よりも強かったから、という結論で相対する敵。それは何なのか……魔降として考えたのは、魔王を上回るのならば魔王よりも強いこの迷宮を攻略する者になればいいのではないか――
そんな無茶苦茶な発想で、これは生み出された……スライムは漆黒へと変貌し、その姿は、俺とまったく同じ姿へと変わっていた。




