試合結果と、ある情報
シルヴィは俺が背後から現れたため立ち位置を変え、体をこちらへ向け剣を構える。夕焼けを濃くした茜色の瞳が、こちらを射抜く。
改めて対峙すると、その線の細さに驚く。女性とわかってしまえばなんてことのない体格なのだが、闘技場で戦う男として見た場合驚かされるくらい細い。
顔立ちは中性的で、どこか少年のような感じも――前世では見た目的にファンも多く、ゲームキャラの中でファンイラストなんかも多かったような記憶があるな。
「見たところ、旅の人間みたいだな。乱入するとは自信があるのか?」
鋭い視線と共に質問されるが、答えられない。アクシデントでこうなったんだよ。それくらいわかってくれよ――言い返そうかとも思ったが、あきらめた。もう逃げられるような状況ではない。
問題は、目の前にいるシルヴィをどうすればいいのか、ということ……ここまで関わった以上仲間にすべきなのか、それとも無視して他を当たるべきなのか。
ゲームシステムの恩恵を受けて強かった人物なので、正直現実世界で通用するかと言われると……しかし、先ほど大男をいなした実力は、紛れもなく本物だろう。中級技を放った以上レベルも高そうだし、仲間にしても俺達の戦いについてくることができそうな雰囲気。
考える間に、シルヴィが戦闘状態に入る……俺はため息をつきたい衝動に駆られつつ相手を見据える。すると、
「さっきからずいぶんと注目しているが……ボクの顔に何かついているか?」
俺に問い掛けてくるシルヴィ。不快な様子はない。純然たる問い掛けのようだ。
「いや……なんでもないよ」
答えつつ剣を抜く。真面目に戦った場合、俺は彼女を一瞬で倒すことができる……のだが、それをやってしまうとどうなるかわかったものではない。
かといって、わざと負けるのも危険。そもそもやられたフリをするなんて演技が俺にできるかどうかもわからない上に、もしバレたら非難の嵐。町を歩けなくなることは確定である。そうなった場合仲間探し以外にも支障が出る。
なら、どうするか……頭の中で思考を巡らせている間に、戦いが始まる。ゆっくり考えている暇はない。
シルヴィが攻め込む。俺が剣を抜いただけで仕掛けないのを見て、一気に終わらせようという考えなのかもしれない。
放たれたのは単純な横薙ぎ。鋭さは一級品だが――俺の体は勝手に動く。剣を受け、上手く受け流した。
おおお、と周囲から歓声が。俺がシルヴィの攻撃を防いだのが驚きらしい。
「やるな」
シルヴィも言う。しかし、この状況困ったな。どうすればいいんだろうか。
ゲームに存在していたイベントではない出来事で、どうすれば正解なのかまったくわからない。このまま粘って引き分けに持ち込むか? いや、それだとシルヴィが粘着しそうな気がするし……ならわざと負けるか? だがシルヴィはそれを見切る可能性も――
シルヴィの剣が俺へと接近する。刹那――俺の腕は反射的に動いた。
それは、修行し続けたことによって染みついた癖でもあった……まずシルヴィの剣を弾く。少し勢いをつけたことで彼女の動きが鈍る。
そこへ間髪入れずに剣戟を体に見舞うというのが、本来の戦法だったのだが……俺は反撃寸前で止めた。それと共に一歩後退する。
間合いからギリギリ離れた位置。もし攻めるには一歩踏み込まなければならない状況に持ち込んで……すると、
「……不可解だな」
シルヴィが言う。不可解――それはなぜさっき反撃しなかったのか、ということだろうな。
「手を抜いているのか?」
どう答えるべきなのか……ここまで考えて、俺は全て無意味だと悟った。いくら考えても結論は出ない。そして彼女と出会ったのは何かの縁――ならば、
シルヴィが動く。同時に迫る剣閃は鋭く、普通の戦士ならば捉えることは不可能だったはずだ。
だが俺はそれを防いだ。さらに反撃に転じシルヴィに仕掛ける。彼女はそれを受け、二度、三度と受け流したが……俺は四度目で決めにかかる。
力を加え――シルヴィの剣を大きく弾いた。彼女は即座に後方へ下がろうとしたが、俺はそれよりも早く間合いを詰める。
刹那、彼女の首筋に剣を突きつける。勝負あり――すると周囲から歓声が上がった。
どうやら俺に賭ける人間は少なかったらしく、大穴を当てた人間は喜ぶ姿が見える。目立つ行動には違いないが、非難されるようなこともなさそうだし、町を出歩けなくなるなんてことにはならないだろう。
中には俺に駆け寄ろうとする人物も見受けられたが……近くにくるより先に、シルヴィが口を開いた。
「……その実力があれば、こんな場所に用はなさそうだけど。どこかいい筋の人間に雇ってもらえるんじゃないか?」
「やることがあってね……こうした強さを手にしたのは戦士を倒したいからじゃない」
その言葉で、俺の言わんとしていることが理解できたらしい。
「つまり、その目的は魔物や魔族だと」
「そういうこと」
返答するとシルヴィは「なるほど」と一つ呟いて、剣を鞘にしまった。
「……少し、話をしないかい?」
「俺に?」
「ボクは悪魔や魔族と戦った経験が浅いからね。どういう存在なのか情報が欲しい」
ここで承諾したならシルヴィを仲間にする流れになることは間違いないが――本当に仲間にするかどうかはひとまず保留にしておき、話はするだけしよう。
「わかった」
俺は彼女の言葉に承諾。シルヴィは「よろしく」と告げる。俺一人だと周囲の面々に捕まり大変なことになる可能性もあったが――彼女がいたためか、速やかにこの場を後にすることとなった。
俺達が使う宿まで戻ってもよかったが、訪れたのは小さな酒場。昼にもかかわらず開店しているのだが、当然ながら客は少ない。
店に入り席につき、ミルクでも飲みながら魔族や悪魔について、さらに旅の状況を説明する。
「――そうか。情報ありがとう。さっきの口ぶりからすると、あなたと従者の二人は魔族を倒すため日々動き回っていると」
「そうなるな……理由は色々あるけど……一つ言えるのは、俺達は国を追われた身、ということだな」
「……国を救うため、といったところかな。ずいぶんと大それたことをやるみたいだな」
苦笑すら見せるシルヴィ。その反応は当然か。
「そしてここに来たのは、従者の戦力強化だと」
「そんなところ」
「事情はわかった。説明してくれてありがとう」
俺と同じようにミルクを飲みながら彼女は語る……飲む姿はどこか優雅で可憐。なんというか、女性なんだなと改めて納得させられる。
ここで俺は少し考える……彼女を仲間にする場合、ゲームでは偶然主人公と出会い、騒動を一緒に解決することで戦いに協力してくれるというものだったんだが……そのイベントは終わったのだろうか?
主人公の誰かがやっているなら使い魔から報告がきてもおかしくないが、それはない……となると、
「……なあ、そういえば一つ」
「ん?」
「この町がまだ魔族や悪魔に襲撃されていないのはわかっているんだが……治安的にはどうなんだ?」
「人がずいぶんと流入しているからね。人口が多くなれば当然厄介事も増える」
「その様子だと、何かしら関わったみたいだな」
戦士同士の衝突……それに、シルヴィは関わったはずだ。
「まあね。この町に元々いた人物と、他の町の戦士同士が一触即発みたいな状況があったよ」
――やっぱり、そのイベント自体は終わっているらしい。とはいえ、主人公ではない。
「それは解決したのか?」
「ああ。ボクと……他に、魔法使いの協力があって」
「魔法使い……それ、名前とか言えるか?」
「名前? どうして?」
「厄介事に首を突っ込む性分……知り合いにそういうのがいてさ。もしかしたらと思って」
「ああ、いいよ。名前は――」
シルヴィは俺の目を見ながら答えた。
「クウザ=バファットだ」
――その人物はシルヴィと同様、『三強』の一人だった。




