迷宮の島へ
そこから俺は考えるだけ考え、思い出せることは紙に書くなどして迷宮内でも即応できる準備を終えた。時間短縮効果としては微々たるものかもしれないが、後々こういうことが響いてくる可能性だってある。ゲームのRTAだって小さなことの積み重ねで最終的な時間がだいぶ変わってくるのだ。塵も積もれば山となる。
「ルオンさん、準備ができた」
そんな折、リチャルから連絡が入った。中庭に案内されると、黒竜が二頭存在していた。この竜達による移動はあくまで大陸内だけで、海上ではガルクが述べていた移動手段を用いる。
「迷宮入口で待つ人員を含め、なおかつ荷物などを載せることも考慮し、二頭だ。一頭はルオンさんの方に制御を任せる」
「操作方法は教えてもらうとして……移動中に魔力とか注ぐ必要はあるか?」
「ああ、制御権を放棄するから魔力供給もできなくなるからな。効率は悪くなるが、直接竜へ魔力を注いでくれ」
「わかった……しかし、本当にゴリ押しだな」
「二日で攻略しようなんて、そのくらい無茶なことじゃないか?」
うん、そうだね。
会話をしているとソフィアが中庭に現われる。どうやら報告に来たらしい。しかもその後方には今回迷宮へ赴くための物資が兵士達の手によって運ばれてきた。
「一通り用意できる物は揃えました。荷物の輸送については竜が二頭いますので、少し多めに持ち込み、迷宮前で荷物量を調整する流れでいいと思います」
「そうだな……あ、一応二日以上掛かる場合に備えて食料なども用意してくれ」
「そこは大丈夫です。色々な状況を想定して選定しましたので」
……兵站の確保にも似たことをやっているのだと思うのだが、こうも王女が手慣れているというのは……まあ、いいか。
「わかった。俺の方も既に準備はできている……行くか」
「そうですね。ここに呼びましょう」
「二人は待っていてくれ。俺が行ってくる」
リチャルが告げ、中庭を離れる。二人きりとなった時、俺は小さく息をついた。
「俺の提案でいきなりこういう形になってしまったけど……」
「星神の使徒を討てる可能性がある以上、やるべきですよ。もしルオン様のお考えが通用しなくとも、こうして迷宮を攻略することは何かしら意味があるでしょう」
「そうだといいけど……ところでソフィアは同行するってことでいいのか?」
「もちろんです」
「……許可的なものは?」
「事後承諾でいいでしょう」
おいおい……。
「使徒との戦いに際して戦線に参加する以上、私も動かなければいけませんし、納得してくれますよ」
クローディウス王にここは頼るしかないか……ちょっと押しつけて申し訳ないけど。
「ソフィアがそれで良いというのなら、それでいいけど……」
「はい」
なんだか気圧されている感があるな……ま、いいか。ともあれ準備は整った。後は仲間達の到着を待つだけだ。
デヴァルス達へ連絡はしていないけど、ガルクとかがフォローを入れると告げたので、情報伝達については問題はない。後は相応の成果を上げられればというわけだが――
「お待たせ」
リーゼの声。視線を横へ転じれば、今回迷宮へ向かうメンバーがぞろぞろと押し寄せていた。さらに見送りのためかロミルダやエーメルなどが後方にいた。
「精霊の力もあるしすぐにいけそうね」
「ああ……強行軍になるけど、覚悟はいいか?」
俺の問い掛けに全員頷いた。
「よし、それじゃあ出発しよう……後のことは頼んだ」
エーメルやロミルダに告げると、エーメルなんかは小さく手を振り「任せておけ」という発言が。ちょっとばかり不安がないわけでもないが……いやいや、ここで疑っても仕方がないな。
俺達は竜の背に乗る。さらに兵士達が荷物を載せると、竜がゆっくりと飛翔を始める。
「まずは島へ到着することからだ……リチャル、どちらが先行する?」
「ルオンさんでいいだろう。こちらはそれに追随する形をとらせてもらう」
なら、遠慮なく……俺は竜の操作を開始。魔力を注ぐことによってすんなりと俺の言うことを聞いてくれる。まあリチャルが作った竜なので当然と言えば当然かもしれないが……。
やがて城を脱し、俺達は王城の近くに存在する山を越える。方角的には西……このまま竜に進めばゼナス諸島が見つからないなどという最悪のパターンもあるにはあるけど、今回は精霊の助力もあるし問題はないはず。そこは安心だ。
残る問題は迷宮について。あるかどうかはともかくとして、攻略に時間が掛かりそうならば……厳しいと判断したなら退却するのもアリか? ただその判断はかなり難しそうだな。
俺はふと、仲間達を見やる。迷宮へ入り込む面々は相談を始めている。敵に遭遇した際にどう動くかなどを、ここで詰めておくわけだ。
「……しっかし、幻獣に出会って以降は初めての連続だな」
ふと俺は思ったことを口にする。よくよく考えれば魔王との戦いに始まり竜や堕天使と交戦してきたわけで、俺の旅路は目を見張るような驚きと初めての連続だった。けれど、今回の一件についてはどこか特別なものであるように思える。
そう思うのは、相手が強大だからなのだろうか……星神という存在を今一度思い返してみると、由来などは不明だが確実に途轍もない巨大な存在であるということは間違いない。
正真正銘、この世界におけるラスボスかな? いずれ世界に崩壊を撒き散らすことになるのなら、そういう解釈で正しいだろう。
その強さはゲームで言うラスボスとは比べものにならないほどの強さ……隠しダンジョンに存在するボスとも異なる。そういう相手ならば俺だってやりようはあったはずだけれど、今回ばかりは俺一人で抗うのは厳しかっただろうな。
そうこうする内に、海岸線が見えてくる。この調子なら予定時刻よりも早くなるかもしれない。それならそれで好都合ではある。
――そうして俺達の迷宮攻略のための旅が始まった。といっても一日二日で終わらせようとするため、どこかで無理が生じる。それをどう上手くくぐり抜けるか……竜を操作しながら、俺はそういったことについても深く思考し続けた。




