三強の一角
その人物の名前はシルヴィ=エクアス。普段はシルトと名乗る剣士……仲間に加入した後サブイベントで判明するのだが、この人物は男装した女性。舐められないようにと男のフリをして、自身を鍛えるためにこのガーナイゼへとやってきた。
線の細い見た目とは裏腹に、魔力強化の能力が高く、今回の相手である大男の筋肉にも負けない膂力を持っている……ゲーム上の設定の話だが、先ほど大男の攻撃を軽く受け流しているところを見ると、間違ってはいないのだろう。
そして、この人物は『三強』と呼ばれていた……といってもステータスが高いというわけではない。しいて言うなら魔法防御が他の戦士系と比べ高く、後半の魔法攻撃にも十分耐えうる能力はある。けれどそれが理由ではない。
シルヴィはシステム的に非常に優遇されていたというキャラであり、中でも中級固有技と、上級固有技……この二つが規格外に強いということで『三強』扱いされていた。
まず中級固有技の『旋嵐剣』という技。小規模な竜巻を起こすという技で、威力は正直それほどないのだが、魔物の動きを攻撃エフェクトが終了する五秒ほど、完全に止めることができる。
ゲーム上の五秒というのは恐ろしく長い。その間に態勢を立て直したりコンボを組み込んだりできるため、一方的に攻撃することができる。ゲームでは体重などが設定されていたため巨体を持つ魔物について効果は薄かったが、条件が整えばボスすら完封できるため、反則級の威力を持っている。
そして何よりシルヴィを『三強』にした技は上級固有技の『一刹那』という技――目に留まらぬ速さで合計十五連撃叩き込むのだが、この技の基礎的攻撃力が明らかにおかしかった。
普通、連撃技というのは通常攻撃より威力が低くなったり、上がるにしても倍になるようなケースは、それこそ最終奥義のレベルだろう。だが『一刹那』は違う。その攻撃力、なんと通常攻撃力の三倍。限界ギリギリまで強化した場合、魔王も三回ぐらい攻撃して沈む程の威力が出る。
乱舞系でこんな威力、この技しか存在していない。メーカー側が何一つ言及しないためこんな威力になった理由はわからないのだが、開発時値を撃ち間違えたとか、そういう説もあり……結局アナウンスの一つもなかったため、仕様ということになった。
シルヴィの場合は、技の能力が強力すぎて『三強』となったわけだが……これ、さすがに現実では当てはまらないだろうと思って候補に入れていなかった。他の『三強』の内、もう一人もスキルが強力という特性なので、こちらも現実となった今では強いのか疑問なわけだが……ともかく、ここで遭遇したというのは意味があるのか。
現実とゲームの違いを照らし合わせた場合、技が強力なシルヴィはゲーム通りの力を発揮するのか……それに、この賭け試合はシルヴィを仲間に入れるイベントとはまったく違う。干渉して仲間になるのか。
頭の中に浮かび上がる数々の疑問。それと共に観戦していると……大男が仕掛ける。間合いを詰め長剣を振り下ろし――刹那、シルヴィが動いた。
流麗な動き。俺の目には大男の攻撃を最初から読み切り動いているように感じられた……シルヴィは長剣を紙一重で避けながら足を前に進める。
相手を間合いに入れた――直後、シルヴィの剣戟が炸裂した。
放たれた技は豪快な横薙ぎ。それはまるで大男の体を両断しそうな勢いさえあり……刹那、魔力からその技が中級汎用技『ベリアルスラッシュ』であることを理解する。
威力のみを追求した単発技……受けた大男はさすがに両断とはいかなかったが、大きく吹き飛ばされた。加減はしたのだろう。というか、今の斬撃は魔力を使って刀身をコーティングし、刃をツブしていたと考えた方がいいだろう。
「勝負ありだ」
シルヴィが倒れ込む相手に向かって言う。歓声が上がり、賭け金が分配され始める。
能力は、大男と比べる必要もないだろう。そもそも中級技を習得していることを踏まえれば、レベルも中々高いはず。
そういう観点から見た場合、確かにシルヴィも候補の一人に入るけれど……どうするか。
「おい、次戦う奴はいないのか?」
観客の誰かが質問すると、シルヴィは肩をすくめた。
「ボクは構わない。どんな奴を連れてきてもいいぞ」
おおおお、というどよめきが周囲に満ちる。相当な自信。その根源は明らかに、技術に裏打ちされた実力だろう。
設定上シルヴィはガーナイゼの中でも強い部類の剣士だった。ゲーム上では力の値が戦士の平均より低めだったが、乱舞系の技を主体に戦うためか速さが高かったため、最終的な攻撃力は通常の戦士の平均以上。上級技の『一刹那』がなくとも十分な火力を持っている。
速さは回避力にも繋がるので、立ち回りについては申し分ないかもしれない。それに大男をあっさりと一蹴した能力を鑑みれば、レベルも高いし基礎能力も相当なものだろう……ゲームと状況が違っているとはいえ、その能力は魅力的なのは間違いない。
うーん、どうする? もちろんここで関わっても仲間になるかどうかはわからないが――
色々考える間に、別の男が観衆の中から中央へ。今度もさっきの大男と負けず劣らずの体格。だが武器は剣ではなく槍。
「次だぜ」
「……ふん」
鼻を鳴らすように声を発するシルヴィ。早速賭けが始まり……周囲の会話を盗み聞きしていると、どうやらシルヴィはここまで三連勝しているらしい。
普段から彼女はこうした賭け試合を行っているんだろうか……やがて戦いが始まった。とはいえ、シルヴィの様子はちょっと異なっていた。どうも、飽きてきたらしい。
槍が放たれる。鋭い刺突だったが、シルヴィはいともたやすくかわし、流れるような動きで相手に迫り、一撃加えた。
吹き飛ぶ男。それによりあっさりと戦意が喪失したらしく……まさしく瞬殺だ。
歓声が上がる。もう敵がいないのか呼び掛けても出てこない。ふむ、周囲が収まったら少し話し掛けてみようか。
などと思いつつ、俺は輪の中を抜け出ようとした。だが周囲の面々は湧き立ち、上手く後退させてもらえない。
漫画とかの場合、パターン的に人混みに押されて中央に出てしまうようなシチュエーションになるんだよな……そう思っていると、歓声と共に観客が押しも押されぬ混沌を生み出す。次の対戦相手が登場しないためか、なぜか怒号すら飛び交い始める。
血の気多いなと思いつつ、俺はどうにか後ろに下がろうとしたのだが……人垣が前へ前へという圧力に耐え切れず、俺は逆に弾き飛ばされた。
勘弁してくれと思った矢先、何人かの客と共に円の中に押し出されてしまった……って、おい。これじゃあ俺が考えていたシチュエーションそのものじゃないか!
「……ほう、貴様らが相手か」
冷たい声でシルヴィは言う。他の人間が慌てて逃げ出す中、俺は咄嗟の対応が遅れてしまった。
いや、それはきっと状況に対応できていなかったのだろう。他の観衆はきっと場馴れしていて、速やかに避難することができたと考えた方がいい。
ともかく――どうやら次の相手は俺になりそうな雰囲気。逃げてもいいが、これだけの人数がいて逃げたとなると、今後目をつけられ町を出歩けなくなる可能性もある……実際、そういうケースを訓練しに訪れた時見たことがあるので間違いないだろう。既に賭けも始まってしまった様子。いよいよまずい。
……シルヴィとこうやって遭遇することに意味があるのだろうか。俺は考えつつ、対戦相手である彼女を見返すこととなった。




