賭け試合
俺は訓練場から一度出て、露店で水なんかを買って戻る。早速訓練が開始されており、なぜか受付の女性が色々ソフィアを指導していた。
それを横で眺めるイーレイ。俺は彼女に近寄り、問い掛ける。
「今は何を?」
「魔力制御の訓練を。ここをきちんとするだけでも、今より剣の威力が二割増しくらいにはなるな」
「そんなに?」
「素質は間違いなく本物だ。だがその素質を、完全に活用できているわけではない」
イーレイは俺に首を向ける。
「素質がある故、強力な技なども使うことができるが…今の彼女は刀身に注いだ魔力の六割から七割くらいしか使えていない。きちんと指導すれば、すぐに八割くらいにはもっていける」
「それを九割、十割にするには?」
「さらなる鍛錬だ。といっても、人間の限界は九割くらいらしいが」
そう語ると彼女は笑みを浮かべる。
「基礎はしっかりできているため、それほど時間はかからず目標の所まではいけるだろう。他にも剣術と魔力制御の連動技術を教えれば……飛躍的に伸びるはずだ」
「それ、どのくらいでできますか?」
「時間がないのか?」
「そういうわけではありませんけど」
「ふむ……まあ、それほどかからない。長くて七日だな」
え、ずいぶんと早いな……すると顔に出たらしく、イーレイは笑う。
「彼女がしっかり訓練をしていた証拠だよ……とはいえ、気になるんだが」
「何ですか?」
「彼女の剣術は、明らかに戦士のそれではなく騎士などが習得するタイプのものだ。見た目だけで言えば良家のお嬢様といった感じだが、騎士の家系にでも生まれたのか?」
「……そんなところです」
本当のことを喋るわけにもいかないので、適当に誤魔化すことにする。
「この場にいる間は私に任せておけ……ところで、ルオンはこれからどうするんだ?」
「仲間を探します」
即答すると、イーレイは「ほう」と呟く。
「仲間か……候補は?」
「いませんけど。誰か候補とかいますか?」
なんとなく訊いてみるが、イーレイは肩をすくめた。
「うーん、それらしい人物がいるにはいるが……既に町を離れたという話も聞くからな」
「それは、誰かの仲間になった?」
「騎士勢から色々誘われたとかいう話もあるからな。無論、今残っている戦士の中で相当な使い手もいるにはいるが」
なるほど……候補にしている仲間キャラがいるのか、確認する必要があるな……思いつつ、俺は彼女へ告げる。
「ひとまず、町をブラブラしてきます。日暮れまでには戻ってきますから」
「ああ。こっちは任せておけ」
というわけで外に出る。どうするかと考えつつ、俺は仲間探しについて考えてみる。
ソフィアの素性について話すべきなのか、また俺の実力はどの程度見せるのか……色々と課題があるにせよ、レーフィンとの話し合いで五大魔族との戦いに制約をつけた以上、仲間を加えないとこの先立ちいかないのは事実だろう。
ゲーム上で仲間になったキャラであれば、ソフィアの成長にも追随できるはずだが……色々と考えつつ大通りに出る。そこから人の波に従い、町を歩く。
この町では要所要所でイベントが存在する。特定の場所に入ると仲間になるキャラと遭遇し、そこからイベントが――というパターンもいくつかある。とはいえそうしたイベントは期限つきだったり、色々条件が必要なケースもあるため、町を訪れただけで全てのイベントが実行できるわけではない。
使い魔で観察しているゲームの主人公達の中に、この町で仲間を加えた人物もいるが、俺の候補に上げていた人物ではない……他の主人公が仲間にしていない以上、この町にまだいる可能性が高いと思っているのだが……ふむ、イーレイの話からすると仲間になる人物でも行動に出ている可能性は否定できない。その辺りの情報収集から行うべきか。
「といっても、ゲームみたいに話し掛けてすんなり会話できるとは思えないけど……」
ま、なるようにしかならないか。そんなことを思いつつ、俺は候補のいる闘技場へ足を向けた。
町の中を探し始め、昼を過ぎた段階で……これは中々難儀だと感じた。
「結構いなくなっているな」
さすがにゲームとは勝手が違うらしい。仲間に入るはずのキャラが町からいなくなっているケースもあり……こうなると、誰を仲間にするべきかという選択肢自体がずいぶんと狭まってしまう。非常に厄介だ。
個人的に一番いいかなと思っていた人物もこの町から離れていた。うーん、これは悩みどころだな。
一応他にもゲーム上で使いやすい人物が留まってはいたのだが……いざ仲間にしようとすると悩む。どうしようか――
「ん?」
ふと、俺の視線に入ったのは脇道に嬉々として歩く戦士らしき姿。しかも複数。俺はなんとなく気になってその脇道を窺う。
戦士達が何やら話しながら奥へと進んでいく……以前訓練のためにガーナイゼを訪れた時、ああした戦士達の向かう先に何があるのかは見たことがある。賭け試合だ。
ガーナイゼでは現在大規模な大会などはないが、闘技場で戦っている人物はいる。それ以外にも戦士同士で色々と賭けを行い戦うケースもある。
話によると、命を失うケースもあるらしい……ちなみにゲーム上でそういう類のイベントはなかった。
「……ちょっと、覗いてみるか」
なんとなく気になって脇道へと入る。少し歩くと通りの喧騒が遠くなり、代わりに真正面から野太い歓声が聞こえてくる。
俺の予想通りらしい……考える間に到達。どうやら戦士同士が円のように囲む観客達の中心にいて、現在も斬り合っているらしい。
「よっしゃあ! いけ! 押し込め!」
「何やってる! そこだ!」
興奮している男性の声が聞こえる。きっと賭けた金額が大きいのだろうと適当なことを考えつつ……とりあえず人垣で中が見えないので、見れる場所を探し始める。
歩いていると、さらに歓声が上がる。なおかつ金属音が聞こえ……真剣でやっているらしい。
少し空いた場所を発見したので、そこから潜り込む。多くの人は観戦に集中して俺のことはあまりみていない。
人混みの合間を縫って進むと、中の全体像が把握できた。戦っている両者だが――片方は二メートルはあるんじゃないかというくらいの大男。防具は青銅製の胸当てや小手などだが、持っている長剣が特徴的。体に準ずる長さで、それを構える様はまさしく偉丈夫である。
通常の長剣と比べてもリーチが長い獲物は、対峙する相手から見たら脅威と映ることは間違いない。賭けの状況がどうなのかわからないが、観衆が見た目だけで判断しているとなれば、男性の方に賭けている人間が多そうだ。
で、対する人物だが……ちょっと待て。
俺は目を凝らす。大男に対峙する人物は俺の目線から背中しか見えないのだが……優男、といってもまだ足りない線の細い人物。右手に長剣を持ってはいるが、それがどこか不釣り合いなくらいの体格をしている。
さらに、金髪を後ろで束ね背中に垂らしている。あと鎧などは着用していない――耐刃製の茶色い衣服で身を固めているのは、俺もよく知っていた。
間違いない、この人物は――
「おら!」
大男が動き出す。長剣を横に薙ぎ――その狙いは相手の肩口。対するもう一方の人物は剣を掲げそれを、受けた。
単純な膂力ならば防ぎ切れないが――その人物は上手く受け流すことで回避する。そして相手の間合いを脱した。
警戒している、というよりは呼吸を整えるというくらいの考えかもしれない……その後姿を見て、俺は改めて確信する。
大男に相対する人物は、ゲームで『三強』と呼ばれていたキャラだ。




