天使の推測
「ソフィア、行くか」
「はい」
俺とソフィアは行動を開始する。融合魔法がどれほど通用するのか……それをまずは確かめる。
「防御などについてはこちらがサポートする」
そう語るのはデヴァルス。作戦は海上で行われるわけだが、当然魔法で海面に立っている必要がある。そうした補助を天使達がやることになる。
「ルオン、ソフィア。気をつけて」
リーゼが見送りの言葉を掛けてくる。こちらは小さく頷き、デヴァルス達と共に島を離れた。
天使達の移動魔法により、俺達は使徒へ接近する。距離があるため見えてくるまで少し時間は掛かるのだが。
「ルオンさん、使い魔による観察で、何か変化はあるか?」
「いや、黙々と歩いているだけだ……それ以上のことは何も」
脇目も振らず突き進み続けている……目的地と思しき島に一直線のようなので、間違いなく幻獣ルグが保有していた知識などは頭の中にあるのだろう。
文字通り最短距離を通ってはいるのだが、速度は相変わらず。これなら幻獣達の避難は問題なさそうだな。
「しかし、星神が勝負を仕掛けてくる……か」
ふいに、デヴァルスが声を上げる。
「ただ使徒を倒せば色々と情報を得られるってことだな?」
「少なくとも星神自身はそう語っていた」
「わざわざ情報を渡すような行為に及ぶとは……なんというか、星神は気まぐれな存在だな」
「何をやっているのかわからないよな……普通なら。ただまあ、地上に存在する生物とは根本的に違うわけだから、考えるだけ無駄なのかもしれないぞ」
そんな会話をする間に海上を魔法で突っ走る。まだ視界に姿は見えないが……そう経たずして見えるはずだ。
「……この作戦により、どう戦うかの方向性が決まる」
ふいにデヴァルスが口を開いた。
「ルオンさん達の魔法で仕留めることができたのなら、それで万事解決、拍子抜けもいいところだが……そうはならないだろうな」
「現時点で考えられるのは、驚異的な防御能力。あるいは再生能力か」
「前者であれば極めて単純で、とにかく魔法の出力を高めれば対応は可能だ。後者であるならば……再生能力を維持するための部位を破壊するとかすればいけるだろうか」
「頭部とか胸部とか?」
「見た目通り獣のような身体構造を有しているのなら、そのどちらかに体を維持するための器官が存在しているだろうな。しかし相手は星神の使徒。こちらの見立てとは異なる場所にあってもおかしくない……例えば、足先とか」
「なら両方の場合は?」
問い掛けたのはソフィア。
「防御能力も再生能力も多大に所持している場合ですが」
「あー、そうだな……使徒そのものを消し去るより、心臓部……言わば急所を狙って仕留める方が早いかもしれないな」
そうデヴァルスは言うと、口元に手を当てた。
「圧倒的な質量を持つ相手に対し、魔法を当て続けるのは非現実的だしな……接近して魔力を観測できれば、どの部位に魔力が集まっているのかはわかるだろう。そこから弱点がどこなのかを推測する――」
その時、前方に見えた――星神の使徒が。まだ豆粒ほどの大きさではあるが、デヴァルスは部下に命じて移動を一時中断する。
「見えたな……さて、いよいよなわけだが……魔法を使うにはもう少し距離を詰めないといけない」
「ああ。さすがにこの距離だと遠すぎる」
「とはいえ、俺達が近づいて使徒が反応するかどうかが問題だ。こちらの魔力に反応して動き出す可能性も十分あるため、ここからは少しずつ接近するぞ」
移動を再開。とはいえその速度は非常にゆっくりであり、使徒の姿も少しずつ大きくなっていく。
「二人とも、準備を開始してくれ」
デヴァルスの指示。俺とソフィアは頷き手を繋ぎ……ゆっくりと、魔法準備を始める。
「デヴァルスさん、もしあっちが反応したら――」
「一度退却すべきかもな……魔法が完成しても相手が反応し襲い掛かってきたら、逃げることを優先しよう。あの巨体で例えば走り出したりしたら、それこそとんでもない速度になり、手に負えない」
下手すると移動魔法でも追いつかれそうだよな……胸中で呟く間に俺とソフィアは魔法準備を進めていく。使徒の様子を窺わなければならないとはいえ、堕天使の時とは異なり余裕がある。どれだけ時間を掛けてもいいので、慎重に。
今のところ使徒に変化はない。俺達の接近に気付いていないのか、それとも気付いていて捨て置いているのか。
「……島を喰らうというのはたぶん、使徒にとっては食事行為なのだろう」
さらにデヴァルスは推測する。
「もしかするとまだ食い足りなくて、手近にある島目掛けて脇目も振らず突き進んでいるなんて可能性もあるな」
「そうだったら俺達のことはガン無視かな」
「それだとこっちとしてはありがたい」
その時、使徒が声を上げる。ただしそれは威嚇とか敵意のこもったものではなく、気分を高揚でもさせているのだろうか。
徐々に使徒の姿が大きくなっていく。視線を別に向けると、デヴァルスを含めた天使達が魔力障壁を構成し、また使い魔を放ち俺と同様に上空から敵を観察できるよう手はずを整える。
「――作戦を今一度確認する」
と、デヴァルスが俺達へ語った。
「このまま使徒へ近づき、一定の距離で止まり魔法で攻撃。その距離についてはこちらの判断でさせてもらうが、ルオンさん達が遠いと感じたらすぐに言ってくれ」
「わかった」
「魔法を放った後、速やかにこの場を離脱。距離を置いて様子を窺う。観察はルオンさんのを含め全て使い魔で行う……が、一応目視できるくらいの場所に留まり、相手の反応を見て第二撃を放つか考えることにする」
そこまで言うと、デヴァルスは使徒を見据えた。
「……ルオンさん達の魔法がどの程度通用するかで、今後の作戦は変わるが……決戦場所は使徒が向かっている島で行われるだろうな」
たぶん、天使達はその島に内在する魔力を利用して攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。まああれだけの質量だ。天使といえど単独で応じられるような規模ではない。
その時、融合魔法が完成する。それを見てデヴァルスは、
「できたか……使徒はいまだ反応なし。ならば接近し、一気に決めよう」
デヴァルスは部下にさらに迫るよう指示。俺はソフィアと目を合わせ、彼女が小さく頷き返した。
魔力は充足している……天界の実験では大地を抉り吹き飛ばす魔法だった。それがどれほど通用するのか……幾分緊張しながら、俺は静かに手をかざし、使徒へと向けた――




