神の研究
アンヴェレートはユノーを視界に捉えた瞬間、まずは目を瞬かせた。その表情はまさか、というものであり、
「……ユノー」
「う、うん」
「緊張しすぎだろ」
こちらのツッコミにユノーは無反応。天使同士が互いに視線を交わし、しばし沈黙が生じる。
「……彼女の話から、私を復活させようとしたのかしら?」
俺への質問。こちらは肩をすくめ、
「彼女の存在がなくとも動いていたかもしれないけど、契機になったのは確かだ」
「そう……久しぶりねユノー。といってもその調子だとつい最近まで眠っていたのかしら?」
「そうだよ。まったく、マスターは放置してそのままなんだから酷い話だよ」
などと告げると、アンヴェレートはクスリと笑う。
「そうね、ごめんなさい……また会えて嬉しいわ、ユノー」
「うんうん。素直が一番」
ユノーのセリフにアンヴェレートはもう一度笑った後、俺へ向き直る。
「そちらも色々と大変だったようね……ところで、私はどのくらいまで存続できるのかしら?」
「それについてはできる限りと答えておくよ……デヴァルスさんが主因だから、彼に話を聞いてもらえれば」
「ならまずはその辺りの説明をさせてもらおう。まずは場所を移すか」
と、デヴァルスが前に出る。そしてアンヴェレートに話し始め……やがて俺達は宿泊施設へと移動することとなった。
一通り話をした後、アンヴェレートは「なるほど」と小さく呟き、
「そういうこと……しかし、わざわざ私を蘇らせるためにずいぶんと苦労したようね」
「ま、それだけマスターを必要としているってことだね」
なんだか上機嫌なユノー。当然と言えば当然なのだが、彼女の様子にアンヴェレートは苦笑する。
「欲しいのは情報でしょうに……さて、本題に入るけれど確かに私は星神に関する情報を保有しているし、頭の中にある。文章にすることも難しくないから、今からでも作業は可能よ」
「資料にまとめるのにどのくらいかかる?」
俺の質問に対し、アンヴェレートはニヤリと笑い、
「そうねえ……睡眠をしない前提なら、丸三日といったところかしら」
「いやそこは寝てくれ……というかその体って睡眠を必要とするのか?」
「人間とかに限りなく近い特性にしてあるし、アンヴェレート自身もそういうことが必要だとなんとなく理解しているみたいだな」
と、デヴァルスが横から発言。そして彼は、
「さらに滞在期間が増えたな。ま、今更な話だし幻獣達も情報を欲している。天使も手伝うから、協力して作業してくれ」
「わかったわ……けど、どのくらい価値のある情報なのかはわからないわよ? 私が保有しているのは、その当時の星神に関するもの……魔力の質などについても、その当時のものよ?」
「それらを含め、色々調査するのにとっかかりが欲しいんだよ。もし同じならそれを応用すればいいだけの話で、違うならそちらの持つ情報を起点として研究を進めることができる」
「なるほどね」
「――ちなみにですが」
と、ソフィアが小さく手を上げる。
「なぜ、あなたは星神の研究を?」
「当時、天使の間で大きな研究テーマだった……というのが理由よ。当時の天界の長が調べると言い出し、動き始めた。長の直轄組織を中心に調査をしていたのだけれど、中には自己満足的で興味本位な形で研究に動いた者もいた。私もそれよ」
「自己満足……ですか。シェルジア大陸に多数の遺跡が残されていることからも、天使達はかなり本腰を入れていたわけですよね?」
「そうね。でもまあ、色々あってその研究の大半は消失しているけれど」
「何故ですか?」
「天界の長が研究途中で亡くなり、その後すったもんだがあったからね。私は離れた位置にいたから詳しいことはわからないけれど、それこそ戦争まがいの出来事だってあったそうよ。研究成果を誰かが横取りでもしようとしたのかしら」
……星神が何か干渉したとか、そういう可能性も否定できないかな。
「ま、ともあれ興味本位で首を突っ込んでいた私が偶然にも生き残り、幸運にも研究成果が頭の中に残っている……まあ私も色々あって堕天使となるくらいに暴走したわけだけど」
「堕天使化は、研究成果を利用してですか?」
「そうね。どうすれば強くなれるか……それを追及した結果、上手い具合に星神の力を得ることに成功した。ただまあ、あれは星神が持つ一部の力を吸い出しただけ。具体的に言うと闇属性の力ね。あの存在は、あらゆる系統の魔力を保持しているから、普通に取り込もうとすると制御できなくなるのよ」
「……そうやって取り込み、暴走させたあげく無茶苦茶になったなんて話がどこかにありそうだな」
「そうね」
アンヴェレートは同意する……天使でさえ一部の力を取り込むのに苦労するくらいだ。それを人間などが利用すれば、当然食われるだけだろう。
ネフメイザのように興味を持った結果他者に力を与えるケースなどもあるし……と色々思い返している間に、アンヴェレートは続きを語る。
「ええ、私の情報に価値があるのかはわからないけれど、やれるだけやってみましょうか。それで、役目が終わったら私も退場かしら?」
「できるだけ現世の留まれるよう尽力はさせてもらう……ただこの場所よりは、魔力供給がしやすい場所に居を構えてもらうことになるが」
「天界にでも行くのかしら?」
「第一候補はバールクス王国の王城だな。あそこの施設に仕掛けを施せば、アンヴェレートの体を維持できる」
なんだか王城が魔改造されていく……最終的にどうなってしまうのだろう。
そんな疑問をよそにアンヴェレートは「わかった」と承諾し、
「では早速作業ね……その間、他の方々はどうするの?」
「幻獣と折衝して、今後のことなどをとりまとめておく。アンヴェレートが持つ情報の共有ができたら、今度こそ帰還だな」
ようやくか。騒動もあって長く滞在してしまったが、やっと帰れる目処がついた。
成果としては最高のものか……王城に戻ったら俺達組織はどうすべきか。その辺りのことも一度打ち合わせしておくか。
というわけで話し合いは終了し、俺はなんとなく外に出た。組織のメンバーは相変わらず訓練に勤しんでいる。その様子を見て俺も体を動かそうと、そちらへ足を向けることとなった――




