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賢者の剣  作者: 陽山純樹
魂の聖域

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成れの果て

 まず俺は本来のルグについて知らないため、見た目にどの程度変化したのかなどについては判別のしようもない。しかし、確実に違うと言えることが一つある……それは、


「またずいぶんと醜くなったな」


 そうジンが声を漏らす……そうやって言うのには明瞭な理由があり、幻獣ルグの頭が一つではなく、三つになっていた。

 俺は前世の神話に存在していた怪物、ケルベロスを思い出す。幻獣ルグの体毛は漆黒で、三つの頭部からは唸り声を絶え間なく漏らしている。


「面白い変化だな」


 そうオルーは呟くと、突如ジンとの鍔迫り合いを止めて後退。幻獣ルグの隣まで移動した。


「どのような変化なのか少々期待してもいたのだが……まあ、異形という観点から見れば、上等か」

『……その変化、どのように成した?』


 テラがオルーへと問い掛ける。ただその声音は、推測できているようで、


『ルグは自身を強化したのは間違いないが、力を制御しているようには見えんぞ』

「そうだな」

『……幻獣の長が御せぬほどの力に手を出すとは、もしや――』

「そういうことだ……地底に存在する御方の力を、取り込んだ」


 ――無茶苦茶だ。というより信奉しているのなら、地底の力は畏れ敬うべきであり、触れていいと思うようなものではないような気がする。


「ずいぶんと軽々しく力を取り込むんだな」


 と、俺の心境を代弁するかのようにジンが発言した。


「地底の力は、お前達からすれば崇高なものじゃないのか?」

「ルグがどのように捉えていたのかはわからないが、そそのかしただけで取り込んだのだから、よほど追い詰められていたということだろう……さて、こちらの切り札も登場したところで、改めて始めるとしようか」


 ――俺は密かに魔力を溜める。唸り声を上げ続ける幻獣ルグは、正直次の瞬間爆発してもおかしくない危険性が見て取れる。

 感じられる魔力は見た目通りに驚異的。ゴーレムを粉砕する仲間達もあれはさすがに荷が重いだろう。ただでさえ強い幻獣の長がさらに力を得ようとしたのだ。ここは俺が――


「ふん、そうくるとは予想していなかったが、話がわかりやすくなって良かったんじゃないか」


 と、突然ジンはオルーへ語り出した。


「それに、だ。俺としては丁度良い」

「ほう、丁度良いとは何だ?」

「地底の力に対し俺の能力がどういった作用をするのかを確認したかったんだよ。さすがに俺が単独で地底に乗り込むわけにもいかないからな」


 そう述べると、ジンは俺へ一瞬だけ首を向けた。


「というわけで、そっちの出番はないぞ」

「……何かあれば援護するよ」

「まさか人間にそう言われることになるとは……ま、頑張ろうじゃないか」


 陽気に語るジンに対し、オルーはせせら笑いで応じる。


「余裕の態度を崩すつもりはないようだが、それがいつまで続くか見物だな」


 オルーが告げた直後、幻獣ルグが雄叫びを上げた。三つの頭部に存在する瞳はどれも常軌を逸しており、既に理性は失っているとみるべきだろう。

 ただルグは地底の力に触れただけでこうなったのか? あるいは、俺が相まみえた存在が信奉者ということで力を貸したか。もし後者ならば、地底の力は相当な悪趣味――と思ったが、俺が遭遇した存在は俺と同じ姿をするようなヤツだ。正直、悪趣味などという形容でも足りないくらいか。


 しかし、ルグはどのような形で力を得たかは気になる……考える間にジンが疾駆する。狙いはルグ。オルーは眼中にないようで、一気にルグを仕留めこの戦いに決着をつける算段か。


「させんよ」


 だがそれをオルーが阻もうとする。ルグは次第に魔力が高まっており、大技を使うのは間違いない。よって、オルーがその援護をするという形か。

 妨害しようとした矢先、ジンとオルーの間の地面が突如隆起した。それにより足を取られ後退を余儀なくされるオルー。原因は――テラだ。


『ならばこちらも邪魔させてもらおう』

「面倒だな」


 オルーはテラへリザードマンを差し向けるが、全て一蹴される。やはり配下では相手にならないな。

 そしてジンが幻獣ルグへと接近。一撃入ればそれで終わりそうな気もしてくるが、果たして――


 その時、俺はオルーの表情が喜悦に染まるのを見た。明らかに次に何が起こるかを確信している表情。先ほど彼はルグの身に起こったことについて全容を把握はしていなかった。しかし、それを踏まえても何か察している様子。

 一体……考える間にルグが肉薄するジンへ攻撃を仕掛ける。三つの首があるルグはジンの頭を食らいつこうと口を大きく開けて襲い掛かる。


 だがジンはその軌道を正確に見極めると、避けながら拳を叩きつける準備に入る。


「どれだけ力を積もうとも……俺の前には通用しない」


 声を張り上げながらジンの拳が、とうとうルグを捉えた――!

 刹那、魔力が弾けた。彼の拳は頭部の付け根に直撃。幻獣であっても魔力を破壊さえすれば、仕留めることができる……彼から特性から聞いてそんな風に思っていた。


 だが、予想に反しルグは消滅しなかった。そればかりかさらに接近したジンを食らおうと動く。


「な、に……!?」


 ダメージが皆無……そう悟ったジンは即座に回避に転じる。ルグの首はジンへと迫るが、彼はそれを拳でいなしながらどうにか後退することに成功――いや、待て……!

 ジンがルグの攻撃範囲から脱したと思った矢先、首の一つがジンへと突撃じみた攻撃を仕掛ける。食らいつこうとするのではなく、ジンを吹き飛ばすような動き。


 この動きに対してジンは防御を選択した。そして後退し距離を置きながらどうにか攻撃を受けきる。

 その直後、ジンの体が吹き飛んだ。周囲の仲間達が予想外の事態に声を上げるのが聞こえ、さらにオルーが哄笑を上げた。


「はははは! 攻撃が通用しないだけでなく、体が吹っ飛ぶとは思わなかっただろう!」


 ジンは吹き飛ばされて態勢を大きく崩し、地面に激突し、転がる。それにはたぶん衝撃を緩和させる狙いがあったのだろうが……やがて彼は勢いよく立ち上がった。


「どういう仕組みだ? これは……?」

「それを解明しない限りこいつは倒せないぞ。だが、そんな余裕は与えないつもりだが」


 その言葉の直後、俺は足を前に出す……どうやら今度こそ、出番だと直感した。


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