幻獣の異変
さあ、どうなる――と、俺は敵を迎撃しながらリーゼの戦いぶりを観察。ハルバードは綺麗な弧を描いてゴーレムへと直撃する……刹那、その体が大きく崩れた。
ただ反撃しようとしており、やはり一撃とはいかない様子。現状ではエーメルを除けばオルディア、シルヴィ、リーゼの三者が横並びしているような感じか。他にも例えばユスカなどは創奥義を所持しており、実際にそれを発動することでリザードマンの多くを一気に退けることができるのだが、ゴーレムのような単体で高耐久の相手には決定打にするのは難しいようだ。
うん、前線で戦う仲間の状況はある程度理解できた……と、思案していると後衛にいるカティがふいに『ライトニング』を放った。それは俺の横をすり抜け、一直線に幻獣オルーへと向かって行く――
「舐めるな」
一言。彼は握り締める剣を一閃し、雷撃を消し飛ばした。
「攻撃を差し向けてくるとは……無謀極まりないな」
「そうかしら?」
カティは不敵に応じながら近くのリザードマンに魔法を放つ。隙があれば差し込んでやろうってことか。
俺もいざとなれば……と思ったのだが、それよりも先に幻獣ジンがオルーの間近へと迫った。
「さて、決着といこうじゃないか」
まだ幻獣ルグは登場していないため、ここでオルーを撃破してしまえば戦況は大きくこちらに傾くだろう。そもそも敵と味方では味方側が優勢な状況。数で押し込むといってもこちらはまだまだ余裕はあるし、持ちこたえることはそう難しくない――
「ルグはさっさと来ないと戦況が決定的になるが……何か策でもあるのか?」
「貴様の知るところではない」
オルーがジンへと挑む。さて、どうなるのか。
ジンの能力を考慮すれば幻獣という枠である以上はオルーも一撃受ければ相当なダメージを受けてしまうだろう。どういう手で応じるのか。
オルーは剣を握る。構えは騎士のようにも見え、人間と魔物が戦っている風にも見受けられる、なんとも奇妙な構図だった。
『近づいているな』
その時、テラが声を発した。
『ルグがこちらへ近づいている……さて、ジン。どうする?』
「決まっている。楽するためにオルーをさっさと片付けよう」
「ほざけ!」
オルーが走る。それと共に放たれた剣戟には、遠目にわかるほどの魔力が込められている。
だが、それをジンは破壊するはず……拳で彼は応じる。刃と拳が交錯し、激突した瞬間、魔力が弾け乾いた音を上げる。
見た目にあまり派手さはないのだが……両者の動きが止まった。
「……その剣は、本物か」
そこでジンは声を発した。言いたいことは理解できる。魔力で作られた剣ならば、ジンの拳を受ければ一発で破壊できる。けれどオルーの剣はまだ健在。
どうやら魔法ではなく本物の剣……こうした幻獣の島でああした剣をどこで手に入れるのか疑問を抱くのだが――
「そうだ。地底に眠りし御方へ挑むのが貴様だとわかっている以上、こういう策を施すのは自然だろう?」
「ちなみに出自はどこだ? まさかお前が自らの足で人間から買ったわけじゃないだろ?」
「そこは勝手に想像しろ」
切って捨てる物言いと共に、オルーはジンの拳を弾く。
膂力そのものは互角といったところだろうか。再度ジンが拳を放つが、オルーはそれを見事剣で防ぐ。傍からは単純な技の応酬。正直幻獣同士の戦いには見えない。
ただ無論の事、両者は死線の上にいる……オルーは自信ありげに語る以上、もし刃がジンの体に入れば決定打を与えることができる――そう解釈して戦うべきであり、予断を許さない状況には違いない。
その時、森の奥から雄叫びが聞こえてきた。野太い音と共に魔力が風に乗って俺達の肌に当たる。たぶんルグの魔力だ……近づいている。
オルーが戦っている状況ですぐさま駆けつけてもおかしくないが、ずいぶんと悠長だな……いや、もしかすると素早く動けないのか? ジン達を倒すために何か策を講じたとかで――
「……おい、お前」
その時、ジンはオルーへと声を上げた。
「お前、ルグに何をした?」
「……ククク」
オルーの返事は不気味な笑み。それだけで不穏なものを感じ取るには十分。
「こちらは何もしていない……ルグが焦った結果だ」
「焦り?」
「何の成果も得られなかった最初の戦いの時点で、ルグは相当焦りを覚えていた、というわけだ」
つまり俺が仲間の援護で追い返し、巨人をボコボコにした戦いで、動揺したのか。
「巨大な人形に対し、ルグ自身相当自信を持っていたらしいな。だが結果として人間に全て大半を破壊される始末。なるほど、地底に存在する御方に戦いを挑もうとする以上、生半可な実力ではなかったというわけだ……ただ、ルグとしては予定外だったようで、私に相談するほどの狼狽ぶりだった」
「その結果が、さっきの咆哮とおかしな魔力か?」
「いかにも。なあに、私がやったことは極めて単純で、言葉によって後ろからそっと背中を押しただけだ。後は勝手にルグがやった」
「……なんだか、あんまりルグのことを良く思っていない口ぶりだな」
こちらが言及。するとオルーはこちらへ一瞬視線を移した。
「同じ存在を信奉する以上、同士ってことで少しくらいは仲間意識があってもよさそうだけど……今の言葉遣いからして、そんな風に考えている雰囲気じゃない」
「ここへ来るくらいの連帯感はあるが、なれ合いというわけではない。どちらかというと、損得感情に近いものだな」
「一緒に組んでいれば、まあ良いことがあるって程度か」
「実際は消えかかっているわけだが」
ジンの言葉にオルーは笑う。
「そんな余裕をほざいていられるのも今の内だぞ?」
「ならそれをさっさと証明してみろよ」
ジンの挑発に対し、オルーは剣をわずかに押し込む。だがジンの拳は剣をすぐさま押し戻し、拮抗状態を維持する。
「……ただ一つ、ルグがどうなったかは知っているが、その姿が最終的にどうなったのかはまだ確認していない」
そのように語った瞬間、オルーは剣を引き戻しジン達と距離を置いた。
「この魔力からして、策は成功したようだが……さて、どのような結末になっているのか――」
再び咆哮。それと共にいよいよ森の奥から何者かが姿を現す。
ルグの姿は始めて見るので、正直どう変わり果てたとか理解はできないけど……考える間にその姿が森の奥から現われる。
その瞬間、俺は幻獣ルグを注視し――異様な魔力を、明瞭に感じ取った。




