幻獣の島へ
協議を行った結果、デヴァルス達の天使達はひとまずここで待つことになった。
俺達の組織にはリチャルを始め非戦闘員的な人員もいるため、ある程度戦力がいないと防衛することができない。よって天使達は全て島に残ることに。
で、俺達組織側だが……戦闘員はフルメンバーで挑むことに。とはいっても基本的に幻獣達に戦闘を任せることにする予定なのだが、なぜ引き連れて向かうかというと――
「幻獣同士の戦い……それはきちんと見ておいた方がいいだろ」
「はい、そう思います」
俺の意見にソフィアが同意し、また他の仲間も賛同。よって幻獣達についていくことにしたのだが……問題は移動手段。
最初、天使が用意した竜を用いることも考慮に入れたのだが、幻獣テラが『撃ち落とされるかもしれん』と告げたため、中止になった。
『移動手段についてはこちらに任せてくれ』
そうテラが告げたため俺達は話を打ち切り――翌日、海岸にいたテラと顔を合わせた矢先に海から魔力が。しかし敵意は存在せず、見守っていると海の中からテラと同じように鹿の見た目を持った幻獣が現われた。
『テラ様』
『うむ、手はず通りに動け』
幻獣テラの配下か。次々と海中から出現する様を見て、幻獣ジンは口笛を吹いた。
「配下……しかも見たところ精鋭か。思い切ったな」
『それだけ重要な戦いというわけだ……そちらの配下は? ジンのすみかはここから遠いため時間が掛かるという話だったが』
「事前に言った通り、来るにしても戦闘が始まった時になりそうだな」
幻獣同士がやり取りをする間にテラの配下が何やら準備を始める。少しして魔法を発動させたみたいだが……。
『移動は空を使わず海を使う』
そうテラは語る……ああ、つまり、
「海中を移動すると……幻獣ルグの部下が使ったのと同じように」
『そうだ。魔力と水流を操作し、高速移動を行う』
程なくして準備が完了したらしく海面から光が生まれ、テラがそこへ向かうよう先導し始める。
このまま海に入っても問題ないのだろうか……ちょっと疑問を感じつつもついていくと、テラは躊躇いもなく海の中へ。ただ、濡れていない。
組織のメンバーでは俺が一番目に海へ片足を突っ込む。しかし、濡れない。
『魔法の効果範囲では一切体は濡れないようになっている』
海中に入ろうとした寸前、テラはそう説明した。どういう理屈なのか非常に気になったけど……質問はせず海の中へ。
奇妙なことに海の中で浮力が発生することなく地面に足がつく。なおかつ呼吸も普通にできた。一体どういう理論なのだろうか……もしリチャルとかがいたら幻獣テラに質問攻めしていたかもしれない。
海中を進み、水深が五メートルほどになったところでテラは立ち止まる。
『――声は聞こえるな?』
俺は頷く。試しに声を出してみると、反響することもなく普通に音が出た。
『ルグの配下もこれと同じ魔法によってルオン殿達がいた島へと乗り込んだ』
そういえば、敵達も濡れていなかったな。
『無論、海底を歩くだけでは時間が掛かるので魔法を行使し、距離を稼ぐわけだ』
「バレないのか? 俺達はともかく幻獣の長が移動しているとなったら……」
『悟られない場所で止める。ルグの配下もまったく同じことをしただろう』
テラは配下に指示を送る。その間に俺は周囲を見回す。
幻獣ジンなんかは伸びをしてリラックスしているような雰囲気。反面、組織のメンバーはソフィアを含め海底にいる状況が珍しいためか周囲を見回していた。
時折魚の群れが俺達に近づいてくる……のだが、俺達のいる周辺には近寄ってこない。たぶんだけど魔力障壁的なものが張ってあり、魚達には壁のようなものがあると映っているのかもしれない。
『よし、全ての準備は整った』
そうした中、いよいよテラが語り出す。
『出発する前に手はずを確認しておく。島へ上陸したら部下達を迎撃し一直線にルグの所へ向かう。仕留める役目は、こちらが担う』
「俺達は援護に終始すると?」
『そのような形で構わない……今回の騒動、こちらの見立てが甘かったた面もある。よってこちらが責任を持って対応する』
――テラは感情をあまり表には出していないけど、内心憤慨しているのかもしれないなどと思った。幻獣同士……身内と呼ぶには微妙かもしれないが、テラの本意は「身内の不始末は自分達で」ということか。
「ルグと戦うのは俺とテラなのは間違いないが」
と、今度はジンが口を開く。
「戦闘に時間が掛かる可能性はある。そうなった場合、長を守るべく奮闘するルグの部下をこちらの配下が支えきれるのかが、問題だな」
『状況によるだろうな……とはいえ、そう悲観的に考えているわけではない。短期決戦も視野に入る』
どこかテラは自信ありげに語る……ふむ、実力勝負なら負けないってことかな?
幻獣テラは俺達に対し低姿勢で応じているけれど、幻獣としての自負……実力については相応の自信を持っているということか。
『ともあれ島に入った後から、時間との勝負だ。私は島へ幾度か入り込んでいるためルグが平常どこにいるかは把握しているが……仮にそこにいなくとも気配でわかるので、そこについては心配するな』
「俺としては懸念していないが……そちらはテラの提案でいいのか?」
こちらに話を向けてくる。まあ他ならぬ幻獣の長が言っているのだ。
「ああ、こちらはそれでいい……ただ、戦況は刻一刻と変わるはず。相手もまた幻獣の長である以上は」
『うむ、そうだな』
「だから場合によっては俺達も積極的に攻撃参加する……そうなるのは自分達の命を守る意味合いもあるから、文句は言わないでくれよ」
『無論だ……では、動くとしよう』
始まる――そう思った矢先、突然足が海底から、離れた。
言ってみれば、巨大な泡……そんな球形空間の中に、俺達はいた。
『行くぞ――ルグを討つ』
その言葉の矢先、海底を泡が加速し始めた。周囲の景色がめまぐるしく変化し、魚の群れを平然と追い抜いていく。
海底であるため速度までは明瞭にわからないが……この調子なら、あっという間に辿り着くと確信させられた。
俺は幻獣テラとジンの様子を窺う。テラはこれから起きる戦いを懸念してか明らかに難しい表情をしていた。一方でジンは無表情に近い。先ほどまで戦いたいという気概を見せていたわけだが……これは、幻獣ルグとどいう戦うのか、思案しているような感じか。
ともあれ、幻獣二種と共に戦いが始まる……どのような事態となるか想像すらできないまま、俺達は海底を驀進し続けた。




