巨人
一歩、ゴーレムのような巨人が俺達へ歩む。それだけで海岸の砂が舞い上がり、地響きが足下から伝わってくる。
『我らは伏兵を始末するぞ!』
そうした中で幻獣が叫ぶ。お、二手に分かれるのか。
幻獣達は数だけは多いのでアルト達はどうか……と思うところかもしれないが、俺はそう心配していない。相手は巨人を挟んで左右に固まり、俺達に狙いを定めた様子。
たぶんだけど、アルト達以外の伏兵を警戒しているため無闇に散開はせず、巨人を軸に突破しようとしているのだろう。こちらとしてはありがたい。
よし、それではやるか……俺は魔力一気に高め、魔法を解放。頭上の空間が歪み、巨大な剣が姿を現す――光属性最上級魔法の『ラグナレク』だ。
これで消し飛んだら幻獣達も士気が下がるだろう……そんな目論見の下、俺は魔法を放った。巨人は動きがやや緩慢で、回避することはできず、光が胸元へと直撃した!
ゴアアアアア――閃光が周囲を包み、爆発音が砂浜全体を振動させる。巨人を中心に光の柱が生じ、体全体を包んで相手を拘束する。
『なっ……!?』
さしもの幻獣も俺の攻撃に動揺を示す。左右に展開し突き進もうと動きが鈍り、どうすべきか悩んでいる様子だ。
そして――光が消える。その先に見えた巨人の姿は……、
「お、これは……」
多少なりとも魔法を受けて損傷している。しかしまだまだ健在であり、あまつさえ魔法が途切れたことによって反撃に出ようとしていた。
右拳が振りかぶられ、俺へと向けられる。速度はなかなかだが、避けられないほどではない。
よって俺は横に移動し拳をかわす。直後、巨人の突きが砂浜に突き刺さり、盛大な音が発生し土砂を巻き上げた。
動きは直情的に読みやすい。ただどうやら俺の魔法でも一撃とはいかないようだ。
「さすが幻獣が作りだした存在……幻獣ルグのガーディアンといったところか?」
推測しながら俺は巨人の腕に目を向ける。今まさに拳を引き戻そうとしているところへ――すくい上げるような一撃を放つ!
刃が入ったのは手首。触れた瞬間に全力で魔力を注ぎ、技を放つ。最上級技である『神威絶華』――衝撃波が拡散し、腕を一気に飲み込んだ。
盛大な破裂音と共に、衝撃波はまるで水柱でも上がったかのように上空へと弾け、拡散する。巨人の腕は見事にもっていかれ、腕の勢いにより巨人そのものがたたらを踏むくらいのものだった。
だが……敵は即座に体勢を立て直す。なおかつ直撃した腕はさらに損傷したようだが、動きに問題はなさそうだった。
「本当に硬いな……ただこれは……」
巨人は超然と立ち、俺と対峙する。相手からすればちっぽけな存在に映りそうだが、その気配は最強の敵に挑むような感じにも思えた。
俺もまた巨人が相当な力を有しているのを内心で認めながら考える。ダメージは確実に入っている。よってこのまま猛攻を仕掛ければ、俺の勝利は揺るぎない。
そうした中で、俺としては内心で驚きながらもどこか楽しんでいる……というか、その、
「全力でやって砕けない相手って、ほとんどいなかったからな」
たぶんだけど、この硬さは単純に尋常じゃない耐久力以外にも理由があるのだろう。例えば「受けたダメージを何分の一にする」とか。これが幻獣ルグの特性なのかはわからないが、何かしら能力が入っているということで間違いはないと思う。
ただ正直、俺に叩き込まれる魔法の数が増えるだけなのだが……と、巨人が動き始める。一歩前に進み、拳を振り上げた。
「今度は力比べといってみるか?」
幻獣ルグの特性などをつかむのに役立つかもしれない。そう思いながら俺は剣に魔力を込め、巨人の拳を――受けた。
途端、衝撃が全身を駆け抜ける。威力は十分。なおかつ魔力の込められた巨人の一撃は、生半可な魔力障壁を突き破るであろう剛胆な一撃だった。
なおかつ見た目通りの剛力によって大きく後退させられるが……足が浮いて吹き飛ばされるようにはならなかった。ここは魔法で補助していたことによるもので、巨人の拳と剣を盾にして攻撃を防ぐ俺という、傍から見ればなんとも奇妙な構図になる。
そして拳を直に受けて感じたこととしては、
「やっぱり魔力に仕掛けがあるみたいだな……幻獣ルグが魔力を仕込んで作成した存在なのか?」
呟きながら俺は両腕に魔力を集め、魔法を行使する。直後、前方に雷が生じ、俺の目の前が真っ白になった。
今度は雷属性最上級魔法の『トールハンマー』だ。雷光は一瞬で俺の周囲だけでなく、巨人すらも飲み込んだ。落雷音が周辺を満たし、横手から幻獣の悲鳴と思しき声を聞くことができた。食らわないよう退避したのかもしれない。
雷光の衝撃によって巨人が数歩後退する。ここで俺は間髪入れずに再び『神威絶華』を発動。雷光と衝撃波――その二つによってさらなる轟音を生みだし、巨人の気配が白い視界の中でさらに遠のいた。
結果、どうなったか……閃光が消えると右腕を大きく損傷させた巨人の姿が。とはいえまだ普通に動く。痛みなんてものは感じていないだろうから、たぶん腕が崩壊するまで通常通り動くのだろう。
ここまで立て続けに俺の全力を受けて、相当なダメージがあるのも確か。うん、一気に畳み掛ければ倒せるな。
「――ずいぶんと楽しそうだな」
と、ふいに横からシルヴィが現われる。それに俺は苦笑し、
「いや、ここまで耐える相手ってなかなかいなかったから」
「確かに、ルオンの攻撃を正面から受け続ける……というのは興味深い」
「幻獣達は?」
「最初は左右から来ていたのでこっちは押し返したいたが、ルオンが派手に暴れたせいで避難したぞ」
「根性がないな。突破のチャンスだと思うんだけど」
「さすがにああまで派手な戦闘を見せつけられたら、勝ち目がないと思っても仕方がないだろう。とにかく兵卒クラスの戦意は喪失した。残るはあの巨人兵器だけ、と言いたいところだが――」
シルヴィが前方に目をやる。俺も気付いた。海中に別の魔力があるな。どうやら二体目が来るらしい。
「幻獣狩りならぬ巨人狩りのようだが……どうする?」
「どうするも何も、一つ一つ潰していくしかないな。巨大だから技ではなく魔法で対処しないといけないのが面倒か」
そして一体目も動き始める。二体は確実、三体目が来るのかどうか……俺は神経を尖らせながら、シルヴィ立ちへ指示を送った。




