貪欲な姿勢
俺とフィリとの距離が縮まり、剣の間合に入った瞬間まったく同じタイミングで双方剣を放つ。フィリは再び『ベリアルスラッシュ』で、両者の剣が当たると同時、先ほど以上に軋んだ音を上げた。
剣を受けた感触としては、確実に能力は向上している。さらに言えば中級技の練度を高めることで、彼の技術が総合的に向上している様子。この調子なら上級以上の技についてもすんなり威力をアップすることができるだろう。
「はっ」
それに対し俺は彼の剣をいなすと、少しばかり距離を置く。フィリの剣が一歩で届かない位置。それを正確に見極め対峙すると、フィリは呼吸を整える。
「……ルオンさんは、攻撃して来ないんですか?」
「どう戦うか考え中だ」
――捉え方次第だが、こっちには「考える余裕があるぞ」と聞こえなくもなかったし、挑発的な言動に聞こえなくもないので不快感を抱いてもおかしくなかったが……フィリは表情を変えない。
あれかな、俺と戦っているというのは対等な相手としてではなく、偉大なる先輩の胸を借りて戦っているみたいな感じなのだろうか。
ふむ、技量面を考慮すればそういう風に考えても仕方がないわけだが、
「……フィリ、一つアドバイスを」
「はい」
「戦いでは俺に敬意を示すのではなく、超えるべき相手……ライバルとでも思って戦った方がいいぞ」
その指摘に、フィリが目を丸くする。
「えっと……?」
「俺はこの組織の長……一番上の存在なのは確かだから、基本的には指示などには従ってもらいたいとは思う……こう言うとなんだか複雑だな。俺としてはきちんと職責を果たせるどうかわからないし」
「何で急に自信をなくすのよ」
リーゼからの横槍。それに俺は苦笑し、
「まだ慣れないのかもしれないな」
「少しは板についてきたと思うけどね」
「元来、俺はずっと一人で戦ってきたわけだし、率いるとかあんまり得意じゃないってのもあるけど……」
「私としては、これまでと同じノリで良いと思うけどね」
「……これまでと?」
首を傾げる俺にリーゼは首肯し、
「人を率いるという立場の人間の中にはその人物が全て計算し、思考し方針を決めていくようなタイプの人もいるけれど、ルオンがそういう風には見えないわね」
「それは俺も無理だと思う」
「むしろルオンの周囲には有能な方々が集まっているのだから、彼らの力を最大限に活かすような運営をしていくべきね……大なり小なりルオンに惹かれてここにいるわけだしね」
「惹かれている、ねえ」
俗に言うカリスマ性というやつだろうけど、果たして俺にそんなものがあるのか。
「ここまで自覚していないと、逆に興味深いな」
ここでエイナが呟く。それに続き今度はアルトが、
「事情を聞いた限り、結局自分は全て前世の知識によるものだから、実際の能力ではないって解釈なんだろうな」
「確かにそういう考えなら、ルオン殿のピンときていない表情も理解できる……が」
エイナは俺を真っ直ぐ見据え、
「ルオン殿が人を惹きつける力があると自覚していないのはともかくとして、ここで重要なのは私達が集ったのは、ルオン殿が成してきた功績を判断してだ」
「魔王を倒したり、堕天使を倒したりしたこと、か」
「そうだ。最初のきっかけは自分が死なないようにするため……それは理解できるが、それが最終的にこうして組織を設立し、誰もが望んで新たな戦いに臨もうとしている……ルオン殿がやって来た結果がこれというわけだ。もっと自信を持って良いぞ」
そう言われてもなあ……エイナが言わんとしていることはわかるけど、前世の記憶に影響され、現在でもその性格を引き継いでいる俺からすれば、どこまでも小市民的な性格が前に出るからなあ……。
「で、話がずいぶんと逸れてしまったが」
エイナが告げる。ああそうだ、俺の言いたいこととしては――
「フィリ、どういう経緯にしろ現在、この建物の中にいる人達の長は俺であるわけだ。そこは変えられないし、方針には従って欲しいわけだけど……戦いについてはもっと貪欲になって欲しい」
「つまり、ルオンさんを倒すくらいの勢いでやれと?」
「そうだ。俺は戦力分析とかそういう理由で今回の訓練をやるわけだけど、それこそ自分が俺を倒し組織の長になってやる、ぐらいの勢いでやってくれた方がいい」
「例え勝ったとしても、組織の長にはなりませんけどね……」
「そこはほら、例えばの話だ……というか、そのくらいの意気じゃないと、今回の戦いは厳しいと思うんだ」
その指摘にエイナを含め数人が頷いた。ちなみにエーメルに至っては首を縦に勢いよくブンブン振っている。
「……エーメル、何か言いたそうだな」
「お、指摘していいのか?」
「ああ、構わない」
「着実に強くなっているのは間違いないし、時折こっちも危ないかな、と思うところも出てきた。けど、彼の言う通りもっと貪欲に上を目指そうとしても良いと思うんだが」
「……実際、少し気が緩んでいたのかもしれないね」
と、ここで話し始めたのはキャルンだ。
「組織に人が集まって、この戦力ならいける……とか、勝手に思ってしまう時もあるし。あとは、訓練していても気心の知れた相手だから和やかな感じになるというか」
「別に殺伐としなきゃいけないわけじゃないけどな」
俺はキャルンへそう返答すると、剣を構え直す。
「訓練の際にずっと張り詰めるのも無理だろうし、着実に進歩があるならそれでいいさ……けど、もしチャンスがあったのなら、それこそ俺を打ち負かしてみる……なんというか、挑戦的な意欲を見せた方が、さらに成長もスピードアップするんじゃないかと思ったりもする」
「確かに、理解できました」
フィリは返答した直後、魔力を高め刀身に結集させる……今までと比べ、もう一段階引き上げたか。
「なら今度は、ルオンさんを倒すくらいの勢いで頑張ってみます」
「その意気だ……なら、こっちもさらに頑張らないといけないな」
魔力を静かに高める。フィリと相反するように、内から魔力を発することなく、ただ静かに。
とはいえさすがにフィリもこちらの動きがわかるようで、剣を強く握り締める。
――たぶん、双方が全力で打ち合えば現段階だと勝負はあっという間に決まるだろう。けれど俺にとっても彼にとっても良い経験になる。それは紛れもない事実だ。
「いきますよ」
「ああ、来い」
先ほどとは真逆のやり取り。直後、俺とフィリはタイミングを合わせたかのようにまったくの同時に足を踏み出し、剣を――激突させた。




