魔王と妹
木製の扉を開けると、中は理路整然とした書斎。ホコリ一つ落ちていないような静謐な空間。加え、俺達が発する物音以外空気は張り詰めている。
「クロワ、どうだ?」
俺は問い掛ける――俺もソフィアも魔力を感じ取ってこの部屋に入ったのだが、クロワの方はどういう見解なのか。
「……部屋に入り、魔王の権限によってか強い魔力を感じ取れる。ただこの書斎がある空間内ではないな」
「ということは隠し部屋か?」
「その可能性が高い……が、個人的には疑問だな」
と、クロワは突如語り始めた。
「城には歴史もあるし、この魔王城にも多数の同胞がいた可能性は十分ある。よって秘密裏に何か物事を進めるために隠し部屋を用意しておく……というのは、別にあり得ない話じゃない。しかし魔王が復活して以降、例えば興味本位で研究を詮索するような命知らずの無法者はいなかったはずだ。わざわざ隠し部屋に物を置いておく必要はないと思うのだが……」
「確かに少数しかいない城でわざわざ隠しておくというのは、引っ掛かるかな」
あるいは見られることが限りなくゼロに近いが、決してないとは言い切れない。その可能性すら排除するために隠し部屋に――そんな推測を行った後、
「けど、実際に魔力がある。経緯はどうあれ何かあるみたいだし、調べよう」
「そうだな。実際に物を見て納得するかもしれないし」
ということで探すことに。まずやることは基本クロワが魔力のある方向へ歩み、それらしい仕掛けがないかを確認することくらいなのだが、
「魔王が隠したがる場所である以上、そう簡単にはいかないかもな……クロワ、どうだ?」
「僕の権限である程度目星はつけた。しかし、仕掛けそのものがどこにあるのかはわからないな」
そこが問題か……。
「なら手分けして探そうか」
「ああ、そうしよう」
「ソフィアもいいか?」
「もちろんです」
同意を得たので俺達は仕掛けを探すことに。とはいえ書斎は広く、クロワが何かしらあるとわかってもそれを目印にするのも難しい。例えば隠し扉があったとしても、それを動かす仕掛けが近くにあるとは限らないからだ。
「おそらくあの奥に通路がある」
そう言ってクロワは書斎の壁面を指差した。
「よって、あの周辺に壁を開閉する何かがある……それが物理的なものか、魔力的な仕掛けなのかはわからないが。もし物理的ならしらみつぶしだな」
「そっか。壁の近くをまずは重点的に調べてみて、何もなかったら離れた場所を調べることにしようか」
――そういうわけで俺達は行動を開始。まずは壁の近くを歩き回り、本棚を調べ、何か手かがりがないかを確認していく。
本来ならもっと大人数でやるべきなのかもしれないが……人を呼ぶわけにもいかないので、相当時間が掛かるかもしれない――そう思ったのだが、
「それほど心配はしていない」
と、クロワは問題ないと言い出す。
「アンジェが予言したんだ。この作業が仮に徒労に終わったとしても、おそらくルオンさんは目的の物を手に入れることができる」
「予言、か……そういえばクロワ、アンジェの予言に能力についてだけど、今後使うようなことはないのか?」
「アンジェの身を案じなければならないというのもあるが、もう一つ制約があるからな」
「制約?」
初耳だったので聞き返すと、クロワは笑みを浮かべ、
「アンジェのあの能力には一つ……自身の魔力量を収縮させてしまうという欠点が存在する」
「え?」
「使えば使うほどに、アンジェの体内にある魔力保有量は減っていくことになる。なおかつ予言は目には見えないが多量の魔力を消費する……アンジェがあとどれほど予言できるかわからないが、おそらくそう回数は多くないだろうな」
俺とソフィアは共にクロワへ視線を注ぐ――なぜ教えなかったのか、とは言わない。初対面の時に取引をしたわけで、俺達にその説明をする理由がないから。
「アンジェはそのことをよくわかっている……しかし後悔はしていない」
そうクロワは続ける。
「魔族が魔力量を少なくすることは、人間の意識と比べてずいぶんと精神的な苦痛を伴う。肉体ではなく魔力量や質を誇示して強さを示すことが普通だからな。だからこそアンジェの行為は自殺行為にも等しい」
「それをアンジェは了承していると?」
「そうだ。自分が役に立つのならということで、それを受け入れている。もっとも、僕自身あまり予言を使うなと告げ、できる限り秘匿しているが」
語ったクロワは、俺達を一瞥した。
「口外はしないでくれよ」
「わかってる。それは約束するよ」
「私もです」
ソフィアが次いで答えた後、クロワは付け加えるように予言について語る。
「一度予言を受けた者はもう二度と使えない……まあルオンさん達が望む予言は他の人間を介せば不可能ではないが、当人ではないから精度も落ちるな。それに、有限だからこそ明確な形で予言を使って欲しいという思いもある。間接的な方法であまり使って欲しくはないな」
「使うつもりもないから安心してくれ」
俺はそう返答する。いつのまにかクロワの顔は、妹を慮る兄のものに変わっていた。
「魔王になったのだから彼女の庇護は予言がなくとも可能だろうし……よって、使わせないようにすればいいさ……彼女の命が尽きないように」
「ああ、そうだな」
頷くクロワ――その時、彼の視線が本棚へ向いた。
「クロワ、どうした?」
「……微かに魔力を感じ取った。これは当たりかもしれない」
クロワは呟くと本棚へ手を伸ばす。それと同時、本棚から淡い魔力を感じ取ることができた。
「魔王の権限を持つ者だからこそ、感じ取れる気配とでも言うべきか……ルオンさん、ソフィアさん、どうやら扉が開くぞ」
クロワが言った矢先、書斎の壁がゴゴゴ、と音を上げ上へとせり上がっていき、奥に通路が出現した。
近づいてみると、地下への階段。おあつらえ向きとさえ思える。
「クロワ」
「ああ、進むことにしよう」
同意を得て、俺達は階段に足を踏み入れる。どうやらここが魔界の旅における終着点……そう感じながら、俺はソフィア達と共に通路を進んだ。




