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賢者の剣  作者: 陽山純樹
英雄の下に集う者達

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新たな魔王

 俺達は屋敷へ戻り、また大広間で会話を始める。とはいえ先ほどの決闘についてはそれなりに影響があるようで、


「さて、話を進めるべきだが……大勢は決まったかな」

「あの決闘で全てを決めるつもりはないんだが……」


 エルアスの言葉にクロワがそう応じると、


「意外だな。その方がシンプルでわかりやすいようにも思えるけれど」

「魔王という魔界の主を決める以上、決闘というのは一要因になり得るかもしれないが、それで決めるべきではないだろう」

「双方が納得がゆくまで話し合い、か。確かにそれでもいいが、私の考えはほぼ決まってしまった」


 思わぬ言葉。こちらが視線を向けていると、エルアスはやがて語り始める。


「クロワと斬り結んでいた時に、私は明確にわかった……クロワが連れてきた援軍の皆様……彼らが本当にクロワのことを信頼していると」

「それは……」

「クロワの言いたいことはわかる。打算的なものだと言いたいんだろうけど、私はそう思わない。なぜなら戦っている間にクロワへ注がれる視線が、とても張り詰めていたからだ」


 そう告げたエルアスは、この場にいる面々を一瞥した。


「勝負に対し、クロワが負けることを懸念していた……クロワが魔王になる方が望ましいと思っているのはもちろんのこと、この場にいる者達の視線はそれこそ信頼に足る存在が負けて欲しくないと感じているようだった」


 確かに俺も手に汗握るような形になっていたからな……こちらが沈黙を守っていると、エルアスは微笑を浮かべた。


「クロワ、決闘の前に言ったが魔族という存在が多種族と手を取り合う未来というのは、私は大変厳しく見ている。それは多種族から白い目を見られるというだけでなく、私達魔族がそれを許さないと告げる者が出てくると感じているからだ」

「内外で問題が生じるというわけだな」

「その通り。けれど……戦いの最中、クロワに付き従う面々を見て思ってしまった。もしこんな風に、多種族に魔族が心配されるようになったら……とね」


 エルアスは笑う。それはまるで、クロワにそうしてくれと期待しているようだった。


「私もどうやらクロワの考えに当てられてしまったようだ。個人的にはこの席で少しばかり諭そうかと考えていたけれど、逆に諭される結果になってしまったようだ」

「……本当に、いいのか?」

「私自身、魔王という立場は恐れ多いと思っていたことも関係している……いや、隠し事はよそう。私は、魔王になれるような資質は持っていない」

「謙遜にもほどがあるな」


 と、クロワではなくエーメルが横槍を入れた。


「東部だけでなく、西部の中にもエルアスが魔王になってもいいと吹聴する者がいるくらいだぞ。つまりそれだけ期待されているわけだ」

「私には、絶対的な力はない。クロワに負けたこともそうだが、おそらくビゼルと直接対決をしていても、兵器による蹂躙で負けていた可能性が高い……私は多くの重臣によってどうにか東部を支配することができた。けれどそれだけだ。有り体いってしまえば、怖い面もあった」

「怖い、か……それは僕にもあるぞ」


 と、クロワが語り出す。


「魔界を切り開いていくというのは先も明言したとおりだ。この方針は基本変わらない。だが本当にそれでいいのか……不安もある。しかし僕は、今しかないと思っている」

「そこが大きな違いだよ。私は今しかないと思っていても、実行できない」


 そう断言したエルアスは、どこか自虐的に笑う。


「私には……この魔界全てを統べるだけの勇気がない」

「……まさかそんな発言を聞くことになるとは思わなかったな」

「クロワには、その自信があるかい?」


 問い掛けに彼はしっかりとエルアスを見定め、


「やらなければならない……そう感じている」

「わかった。ならこれ以上言及するつもりはない」


 ――もしかすると、彼はこの場所に真意を正しに来たと同時に、クロワが魔王となる器なのかを判断しに来たのかもしれない。最初から、自分が魔王になるつもりはなかった……だからこそ、部下を同行しなかったのではないか。

 また、こうして胸の内を語ることに、部下も反発するであろうことも単独で来た理由なのか。胸中で考えていると、エルアスは最後に述べた。


「クロワの勝ちだ……この魔界を統べるのは、君だ――これから、魔界を良くしていこう」






 その後、俺は屋敷の外を散歩する。昼過ぎで時間的に移動するのは辛いので、今日は全員屋敷で休むことになった。ルードに加え、仲間の幾人かが宿泊の準備を進めている。その輪の中にエルアスも存在しており、どうやら色々と話を聞きたかったらしい。


 で、そうしていると外にクロワがやってくる。


「ルオンさん、改めて礼を言いたい」

「別にいいさ……エルアスの方はいいのか?」

「内心、聞きたいことが色々とあったようだ。彼なりに楽しくやっているみたいで……なんだか肩の荷が下りた様子だ」


 そこまで語ると、クロワは肩をすくめた。


「見方によっては魔王の座を押しつけた形になるのかな」

「かもしれないが、だとしてもクロワは不満ないだろ?」

「そうだな。悲願を達成できたんだ……僕としては満足だ」


 返答した後、クロワは俺を真っ直ぐ見据えた。


「これから魔界は変革が始まる……ルオンさん達はまず『神隠し』で来訪してしまった人々を帰還させてくれ。また『神隠し』については発生原因を解決できたわけではないため、新たに来訪してしまった人が問題ないように処置はする」

「わかった……が、少なくともその辺りの対策をきちんとしてくれない限り、俺としても帰れないな。せめて転移してくる場所周辺に何かしら施設などがないと――」

「その辺りはゼムンに任せるか……事情を知っているため、上手くやってくれるだろう」

「大丈夫か?」


 ここは下手すると危険な問題になるが……その時、


『ならば、我が協力しよう』


 と、俺の肩に子ガルクが。本体は屋敷の中にいるのだが。


『精霊達の存在を利用し、この場所が魔界であることを悟られないようにすれば人間側に混乱もなく対処できるだろう。ただし、この場合クロワ殿の許可が無ければ厳しいが』

「まず、早急に解決しなければならない問題だろうな。とはいえエルアスが東部に戻り部下に説得し……色々と時間が掛かりそうだ」

「ならもう少し俺達はここに留まるべきだな。この屋敷なら拠点として使えそうだし」


 俺の言葉にクロワはしばし考え、


「それが望ましいか……わかった、ルオンさん達はそうした形で動いてもらえればいい。この魔王領の中ならば安易に僕らの同胞が侵入してくることもない。ただしルードの許可はとってくれ」

「ああ、わかった……が、それともう一つ重要なことがあるな」


 その言葉にクロワは眉をひそめ、


「重要なこと?」

「魔王城のことさ……アンジェの予言であった。あの城に行けば『神』に対抗できる武具が得られると。『神隠し』対策についても重要だけど、こちらも同じくらい重要なことだ――」


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