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賢者の剣  作者: 陽山純樹
英雄の下に集う者達

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彼の強さ

 話し合いが一段落した直後、再びクロワとエルアスが交戦を開始する――が、両者とも機を窺うような形であり、あまり踏み込んではいない。


 ここで俺は二人の表情が非常に厳しいものであると気付く――そもそもこの一騎打ちがどういう意味を持つのか、微妙なところではある。エルアスとクロワはきちんと話をしてどちらが魔王になるのか判断するような雰囲気だったはずだが、戦い始めてまるでこの戦いで全てが決まるような空気となっている。

 両者共に気配を探りながらじりじりと間合いを詰める。周囲にいる俺達は固唾を見守りながら無言に徹する。


 ふと俺は、ビゼルとクロワの戦いを思い出した。最後の最後、猛然と襲い掛かるビゼルに対し、クロワは俺が教えた技法を用いて打ち倒した。もしかして、彼はその機会を窺っているのか。


「……次で、決着かな」

「ああ、そうだな」


 エルアスの呟きにクロワは律儀にも応じた。次で――つまり次の打ち合いで勝負を決めようというわけだ。


 果たして――刹那、両者は同時に足を前に出した。踏み込みと同時に薙いだ剣は双方の中間地点で激突。火花さえも散らす勢いで剣がぶつかり合い、それでもなお拮抗する。

 力は互角。となれば技は……そう考えた直後、エルアスは少しばかり力の流れを変えたかクロワの剣をいなした。対するクロワはそれを読んでいたか即座に剣を引き戻すと、追撃の剣閃を放つ。


 だがエルアスはすぐさま対応し、剣を受ける――そうして両者は打ち合いを始める。攻守が入り乱れ一瞬の隙も許さない、純粋な剣の勝負。

 それは魔族がやるというより、人間がやるような戦いだった。魔法を用いた派手さはまったくない。もちろん魔力を刀身に込めているのは明瞭で、双方の剣が一撃必殺の威力を乗せていることはわかるが、ひどくシンプルなものだった。


 そして、両者の魔力が次第に高まっていくこともわかる。片方が出力を上げればもう片方がそれに応じさらに魔力を高める。相手がそれに気付いたら自分も――その繰り返し。けれどそれをし続けてなお二人は互角の戦いを見せる。

 クロワは西部の魔族の力を手にし、エルアスとこうして渡り合えるだけの力を身につけた……ここでエルアスの表情に変化が。それは驚愕。目をわずかに見開き、クロワが応戦できていることに驚いている。


 エルアスはきっと、これまでの戦いを観察して自分ならクロワを倒せると思ったのだろう。けれど、そうはなっていない。数え切れない鍛錬や彼の肩にのしかかる背負うべきものなど、力を得る理由は様々あるだろう――クロワはあらゆるものを取り込み、そしてエルアスに食らいつこうとしている。


「……そうか……」


 俺は一つ、理解した。クロワの本当の強さを。魔族という立場……いや、魔王の息子という立場ではなく、人間や精霊と手を結ぶ奇特な魔族として彼は戦っている。けれどその全てを飲み込み成長していくことこそが、彼にとって一番の力なのだと。


 そう確信した矢先、次第にクロワが押し始める。剣はさらに鋭さを増し、エルアスは守勢にならざるを得ない。

 両者の剣が交錯する中、次第に形勢が傾き始める。エルアスが苦しそうな表情を浮かべているのは、演技には見えないが――


 その時、エルアスの魔力が一挙に膨れあがった。攻め立てていたはずのクロワの力を飲み込むような勢いであり、もし刃が激突すれば確実に負ける……そう思うほどの出力。

 しかしクロワはそれでもあえて力を高めることで対応した。正面からの激突……それをクロワは望んでいる。


 両者の刃が、またも真正面から当たる。直後、吹き飛んだのは――エルアスの方だった。


「っ……!?」


 一瞬何が起こったのかわからなかったか、戸惑いの表情を見せるエルアス。その間にクロワは追撃を仕掛けるべく相手へ肉薄し、その刀身にはこれまで以上の魔力が。

 決まる――そう確信した直後、エルアスもまた奮起した。クロワに対抗するべく力を高め、こちらも渾身の一撃を見舞うべく、剣を振り下ろす。


 再び激突した瞬間、軋んだ音が生じ魔力が拡散する。勝敗は……クロワが押し込んだ!


「決まるか……?」


 いつの間にか手に汗握るような心境に至っていた俺は思わず呟いた。しかしここでエルアスも対抗。即座に剣を押し返すと、次の瞬間には刀身にさらなる魔力が注がれた。


 ――それは、おそらくこの場にいた者達の多くが目を見張ったであろう、驚異的な魔力。最後の最後まで隠し持っていたと思しき、極大の魔力。

 もし直撃すれば、クロワは無事で済まない……いや、剣で受けるだけでどうなるのかわからない。魔力の余波だけでもまともに食らえば再起不能になる可能性が高く、クロワとしては対応に迫られる。


 その時、クロワの魔力に一瞬だが揺らぎが発生する――それは間違いなく、俺が教えた技法だった。


 ――俺の指導により得た技術というのは、簡単に言えば「相手の攻撃を確実に一度回避する」という技。名は『流水の陣』というもので、特殊な魔力障壁により攻撃そのものを受け流すことができる。

 ただしこれにはデメリットもあって、一瞬ではあるがその技を使うのに全神経を集中させるため、回避に成功しても上手く立て直さないと相手の攻撃が先に来る可能性がある……しかしクロワはそうならなかった。文字通り流水のような動きで技を発動させると、エルアスの渾身の一撃を――かわした。


 いや、それは魔力障壁によって軌道を逸らしたとでも言うべきだろうか――エルアスの剣が地面に振り下ろされる。土砂が舞い上がり、魔力が四方へ散らばる。そして彼は大きな隙が生じた。


「な……」


 エルアスもこの結果に驚いている。おそらくじっくり観察すればどういう特性なのかを判断して対応できていただろう。この技術の効力を発揮する時間は短く、効果が途切れるのを待つか時間切れのタイミングを狙えばいい。

 あるいは、やり方によってはこの技を貫通して攻撃できる手段がある……それをエルアスが習得しているかはわからないが、魔王候補である以上は何かしらやりようはあったはずだ。


 けれど、渾身の一撃に力を集中させすぎたエルアスは、どうにもできなかった――直後、クロワがエルアスへ向け剣を振る。

 相手はそれに応じようとしたが、一歩遅れた。そして彼の首筋に、クロワの刃が突きつけられる。


「……僕の、勝ちだな」


 その言葉に、エルアスは小さく息をつき、


「どうやら、そのようだ」


 彼も認める。そうして魔王候補同士の最終決戦は、幕を閉じた。


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