決闘
「決意は固いようだが……茨の道であることは変わらない。場合によってはクロワの意に沿わない者だって出てくるだろう……いや、それは確実だ」
エルアスはそう前置きをするとクロワを真っ直ぐに見つめ、
「クロワが魔王として立ったのならば、私が統治する東部の者達は反発する……無論、私はそれを抑えるつもりだが、どうなるかはわからない」
「それは僕も同じことじゃないか?」
「いや、クロワには手段があるだろう。意に反する者を抑える、切り札が」
手段――それは十中八九、クロワの素性についてか。やはり彼は全てを知った上で、席に着いている。
「それが最終手段であることは、こちらもわかっているが……」
「僕は行使するつもりはない」
そう否定の言葉を投げた後、クロワは苦笑した。
「……わかっているのなら、ボカした表現は止めようエルアス。どうやらそちらは明確な根拠があるようだが」
「そうだな。魔王領に踏み込み援軍を連れて来たことから、疑問に思った……そこで私なりに調べてみた。結果、確信に近い情報……クロワが先代魔王の子息であることを知った」
語ったエルアスは、一度クロワか視線を逸らした後、
「しかしクロワはそれを公にするつもりがない……それは先代魔王との決別を意味しているのか?」
「そうだ。加え僕が援軍として頼んだ者達……彼らの協力を得たことも、覚悟の表れだと思ってくれていい」
「決別、か。それはきっと、私達が今までやって来た所行に対する一つの答え……なのかもしれないな」
息をつくエルアス。そして彼はテーブルの上で手を組んだ。
「そちらの考えは理解できた……私自身、確かにクロワの考え……理想を突き進めば、明るい未来が待っているかもしれない。不謹慎だが、そのきっかけとなる出来事……『神』という存在との戦いも用意されている。回答としては良いと思う」
「だが、話し合いだけでは解決できない……か?」
「そうだね。どういう形であれ、一度はやるしかないようだな……ではルード、一つ立ち会ってくれないか?」
「はい」
一騎打ちか……こちらがクロワを見ると彼は「大丈夫」と答え、
「なら早速やるとしよう。これが最後の戦いとなることを、祈ろう――」
屋敷の外には広めの庭があり、クロワとエルアスはそこで対峙することとなった。
「最終決戦にしては、ずいぶんと地味だな」
「まったくだ」
クロワの指摘にエルアスは同意する。
「だがこれでいいさ……派手なものは必要ない」
「部下にくらい、どう決着をつけたかは知ってもらうべきじゃないのか?」
「私に一任するという約束を取り付けているから大丈夫だ」
……実際は反対を押し切り、無理矢理納得させたみたいな雰囲気だよな。
エルアスは部下とどうやり取りをしたのか……疑問もあったけれど、これは本筋と異なるし、今は置いておくしかないか。
クロワが剣を抜く。それに合わせるようにエルアスもまた剣を抜き、
「周囲に被害が及ぶような派手な戦いは避けたいな……この場にいる方々は私達が暴れてもどうにかできそうだけど」
「そうだな」
クロワは賛成。それと共に魔力を高める。
エルアスもまた呼応……これまでの戦いとは異なり、とても静かな始まり。ルードは両者の間に審判のような形で立つと、
「この戦いで魔王候補の戦いが終わらんことを……始め!」
ルードの声と共に、クロワとエルアスは弾かれたように動き出す。両者の刃が激突し、金属音が天高く響いた。
激突は……拮抗。鍔迫り合いとなり両者は一歩も退かない。
――クロワとしてはエルアスがどのような戦い方をするのかわからないことが何より問題か。一方でエルアスはクロワの戦いぶりを大なり小なり観察していた可能性は高いし、情報などを保有していると考えるべき。対策を立てているかもしれず、そうなったらクロワは不利だが、
「力勝負は互角か」
ギリギリと刃の噛み合う音を発しながら、エルアスは呟く。
「とはいえ先代の陛下の力と比べれば、まだまだと言えるかもしれないな」
「先代の魔王の力は、それこそ破壊の権化とも言える……それほどまでに脅威であったのは事実だ」
クロワは応じた後、一度退いて態勢を整える。エルアスは仕掛けず、様子を窺うような構えを示した。
「あの恐ろしさを体現するのは僕でも、エルアスでも無理だ。ましてやエーメルやビゼルでも」
「ああ、確かに」
エーメルが続く。エルアスもまた首肯し、
「あれほどの力を持つ存在が今後魔族から生まれるのかわからない……人間達からすれば驚異的な力を所持する魔族だが、陛下やその部下ほどの力を持つ者は、それこそ少なかった」
俺やソフィアを一瞥し、エルアスは述べる。
「ビゼルはおそらく、その力を兵器によって補おうとした……もっとも、陛下の意志を継ぐという考えも持っていたから、その兵器はいずれ世界へ向けられていただろう……その犠牲を考えると、体が震えるよ」
語りながらエルアスは大きく呼吸をした。
「私は陛下の意思を継ぐつもりはなかった。一度だけビゼルと話をしたことがあるけれど、ここが決定的な違いだった。よくよく考えれば、その話し合いによりビゼルは私を滅ぼさなければならない相手だとして、兵器製造に注力したのかもしれない」
「……先代魔王が引き起こした戦いのことを、エルアスはどう考えている?」
クロワの問い掛けにエルアスはどこか自嘲的な笑みを浮かべ、
「決して、肯定するような感情はない……私の部下にもビゼルのような過激な思想を持つ者だっている。陛下が成そうとしたことだ。意味はわからずとも、その悲願は達成せねばならない……そういう妄信的な考えを持つ者が、私の部下にいる」
「だがエルアスはそれを良しとしなかった」
「意味はあったのかもしれないが、それを理解しない限り私自身踏み込むべきではないと考えたんだ……もし必要なことであったなら……どうするべきなのか、私は迷うかな」
「――その戦いを継ごうとしているのが、ルオンさんだ」
その言葉に、エルアスは目を見張る。
「何だって?」
「先代魔王の行動は『神』に関すること……明確な証拠があるわけではないが、少なくとも先代魔王は『神』に対し力を得ようとしていた節がある」
「世界を壊す存在……か。陛下は大陸一つを犠牲にしても、打倒するためには必要な犠牲だと思ったのかな?」
「あるいは、単なるエゴかもしれない?」
「エゴ?」
「人間ではなく、同胞を守るために……同胞を救うために、他を犠牲にしても成し遂げなければならなかった、と」
エルアスは沈黙する――気付けば、決闘ではなく話し合いの続きになってしまっている。
けれど、二人が剣をしまう気配はない。いずれ戦いが再開される……その勝敗はどうなるかわからないが、今はクロワが勝つことを祈るだけだった。




