否定と宣言
「貴様は……正気でも失ったのか?」
ビゼルが発した問い掛けはそれだった。そんな風に述べるのも無理はない。何せクロワは天使や精霊といった存在と手を組み、攻撃を仕掛けたのだから。
「こんなことをして……ただで済むと思っているのか?」
「変わらなければならない、僕ら魔族も」
対するクロワは、明瞭な返答を行った。
「傍から見れば異常な行動だろう。しかしこれは一つの契機でもある。魔王は潰え、そして人間を始めとした者達とは禍根もある……だが、彼らは僕が魔王となれば、平和な世界を築けると確信し、こうして協力してくれた」
「平和な世界……だと? 貴様は陛下の考えを踏みにじる気か?」
ビゼルは吠える。次いでわなわなと体を震わせた。
「あの侵略行為全てを、否定するというのか?」
「ビゼル、そちらはなぜああした行動をしたのか、わかっていないだろう?」
質問に、ビゼルは口を止める。
「僕自身も、おぼろげにしかわかっていない……だがビゼル、これだけは言える。先代の魔王は世界を征服したくてあんな行為をしたわけではない。理由がある……人間を犠牲にしてでも成し遂げなければならない目的があったが、それは魔族繁栄のためではない」
「何を……言っている……?」
「先代魔王が行ったことが正しかったかどうかはわからない。だが、魔王が行おうとしていたことを、別の者達が取り組もうとしている。それが、彼らだ」
クロワは俺を一瞥。ビゼルはそれで理解したらしく、
「人間が、陛下の意志を継ぐだと……?」
「荒唐無稽に思われる言説であることは認めよう。だがビゼル、これは紛れもなく事実だ。そして僕は、先代魔王と比べ彼らのやり方が成功すると考えている。だからこそ手を組み、また彼らも受け入れてくれた」
「貴様……」
全身に力が入っているのがわかる――やり方はそれこそ力による支配という、強引さばかりが前面に押し出されたものではあるが、彼自身頭の中にあるのは先代魔王の意志……それがどういう目的だったのかはわかっていないが、それを悲願と見なして達成しようと考えている。
だからこそ、魔王となるべく奔走し、また兵器すらも手にした……クロワの言葉はその全てを否定するものだ。反発して当然だろう。
「その結果が、このザマだと言うのか……」
「不快に思うのは仕方がないし、僕も説得しようとは思っていないさ……そしてビゼル、これだけは言っておく。お前のやり方を、僕は全て否定する」
ギシリ、と音が鳴ったように思えた。そのくらい気配が変わった。
「なるほど……理解した。相容れぬとは思っていたが、まさかここまで阿呆だとは思わなかった」
そう発したかと思えば、ビゼルはエーメルに首を向ける。
「貴様も同じ考えだというのか?」
「私は最初から魔王の座に興味はない。自分が欲していた戦いを続けていたら、領土を治めるようになってしまった魔族だ」
彼女はそう明言した後、
「だから一魔族としての立場から言わせてもらう……私はクロワのやり方に興味を抱き、また行く末を見たいと思った。だから私はクロワと共にいる。それに、あんたのやり方はずいぶんと無茶苦茶だった……その手法を見ていれば、従おうとは思わないな」
切って捨てるような物言いだった。ビゼルはそれに対し体を震わせ……やがて、止まる。
「いいだろう、まさか魔王候補という存在がここまで愚かだったとは思わなかった。ならばこの戦いの勝敗で、決しよう……どちらの主張が正しいのかを」
ビゼルの部下が構える。それに対しエーメルが大剣を構え、さらにクロワの部下達が一斉に戦闘態勢に入った。
……ビゼルの周りにいる部下達は間違いなく精鋭のはず。エーメルが「戦いたい」と主張していた敵であるし、生半可な戦力で勝つのは厳しいようにも思えるが――
それに疑問点はもう一つある。ビゼルは自らが前に出ればこうしてクロワ達を引きずり出せるとわかっていた……そういう解釈もできるが、最後の最後で部下頼みの決戦というのは、ずいぶんと力任せだ。兵器を破壊されたことにより、もうそのくらいしか手が残されていないのか? それとも、別の作戦に対する布石なのか?
「ようやく願いが叶ったな」
その時、エーメルが呟いた。ビゼルの部下と戦いたいという願いのことだ。
「クロワは高みの見物としゃれ込めばいい。ここは私に」
「いいのか?」
「とはいえ、だ……こうして見てみると」
エーメルは魔族を一瞥し、
「もしかすると、一瞬で終わってしまうかもしれないな?」
「ほざけ!」
ビゼルが手を振る。同時、魔族が一斉に襲い掛かってくる!
対するクロワ達は――その中でいち早く前に出たのは、エーメルだった。
「始めようか!」
一気に駆け敵を間合いに入れた瞬間、大剣を振りかぶり一閃する。ビゼルの配下は全員が長剣を握り締めており、豪快な彼女の剣戟に対しいなすかかわすかの選択に迫られる。
エーメルが狙ったのは一番近くにいた相手。接近速度が予想以上だったのか、魔族は避ける暇もなく受ける判断を強いられる。ただビゼルにとって精鋭のはず。これで一撃とはいかないだろうし、大剣が振られたことにより隙も生じる。クロワ達の援護が必要だ。
そう思った矢先、驚くようなことが起きた……彼女の剣を受けた魔族。だが次の瞬間、その長剣が棒きれでも斬るかのようにあっさりと真っ二つになった。
「っ――」
短く声を発した魔族だが時既に遅し。エーメルの斬撃がまともに体へと入り――地面に伏した。
即座に他の魔族が懐へ潜り込むべく接近する。振り抜いたエーメルは隙が生まれ、後続からの援護により虎口を脱する――はずだった。
けれどエーメルは強引に剣を引き戻した。それが予想以上の速度であったため、魔族は瞠目し進むか退くかで一瞬迷った様子を見せる。
そこをエーメルは見逃さなかった。続けざまに放たれる剣。それにより魔族は防御する暇もなく……剣戟をまともに食らい、吹き飛ばされ動かなくなった。
「以前の私とは違うということを、思い知ってもらおうか!」
吠えるエーメル――圧倒的な強さ。その原因は間違いなく、リーゼ達と鍛練を重ねたことだ。
彼女もまた鍛えられ、気付けば圧倒するほどになっている……魔界を脱していた期間はそれほど長くはなかった。けれどそれでも彼女は、ここまで成長した。
魔王候補としての能力の高さを見せつける……まさしく彼女の面目躍如といった状況だった。




