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賢者の剣  作者: 陽山純樹
動き始める物語
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シナリオの始まり

 ――その日、フィーントを訪れた俺は村をブラブラと見回った後、一軒しかない酒場へと入った。冒険者も多いためかそれなりに盛況で、昼前だというのに既に酔っぱらっている人間もいる。

 窓際の一席に座り、注文を取りに来た女性に水と軽食を頼む……よくよく考えると十八なのに酒場にいたんだよな、ルオン。まあ成人の年齢が違うっぽいし、別に法律で禁止されているというわけではないから飲んでもよさそうだけど。


 俺は店内を見回しながらゆっくりと呼吸をする――そう、今日とうとう本編が開始されようとしている。


 使い魔の情報によると他の主人公達はまだ動き出していないようで、どうやらここ……俺が最後にゲームをプレイした主人公が最初というわけだ。加え酒場にはゲーム上で仲間にできたキャラクターもきっちり存在している……ちょっと話をしてみたかったが、下手に横槍を入れると何かありそうで怖いので、やめにした。


「えっと……この主人公のシナリオは……」


 改めて思い返す。彼のシナリオは王道と呼んでも差し支えない。この村を焼かれ魔族と戦っていき、様々な人と出会い――といった感じのもの。

 序盤に出てきたキャラとかが後半出てくるなど割と伏線を大事にしているシナリオであり、知り合ったけれどパーティーに加わっていない面々が終盤で一堂に会する時は俺も多少ながら熱くなったものだ。


 水を飲みつつ主人公を待ちながら思案をする……この世界には間違いなくゲーム上で主人公にできる人物達が存在する。最大の問題は、この内誰のシナリオによって魔王を倒すという結末に至るのか、ということ。ここが特に重要で、もし五大魔族に挑む主人公が現れたら様子を見に行った方がいいだろう。

 俺が介入しなくても倒せるのならそれでいいけど……と思っていた時、酒場の扉が開いた。


 登場したのは、黒髪のあどけなさの残る青年。革製の胸当てとブーツを履き腰に無骨な長剣を差した男性は、脇目も振らず店主のいる酒場奥へと到達した。

 来た――彼こそ主人公の一人である、フィリ=アクレイス。まだ駆け出し冒険者といった風体だが、存在感は他の客と比べれば群を抜いていると思った。


 彼は店主と多少会話をこなす……シナリオ通りであれば、遺跡にいる魔物の討伐依頼を請けたはず。そこは本来冒険者達が何度も足を踏み入れめぼしい物など存在しないはずなのだが……イベントにより、彼は隠し通路を発見しアイテムを手に入れる。

 その後、それを報告したことにより酒場の店主が彼に興味を抱き、別の依頼を渡す……それを幾度か繰り返した後、俺が死ぬ結末が待っている襲撃イベントが発生する。


 彼は店主と多少会話をした後酒場を見回した。観察しているその中の一人である男性に声を掛ける。二言三言会話をした後……男性は立ち上がった。

 その男性はフィリに声を掛けた後先に外へと出て行った。おそらく彼が勧誘したのだろう。次いで声を掛けたのは女性戦士。


 彼女もまた同意し店の外へ――ふと、彼はどういう基準で勧誘しているのか気になった。ゲーム上であれば自身がプレイヤーであり、なおかつ話し掛けるという行為自体さほど気になることではないのだが、現実になってみると判断基準が知りたくなってくる。

 なおも観察しているとさらに別の人間へと声をかけ……彼はそこで、酔っぱらっている男性達に声を掛けた。さすがに勧誘というわけではないと思うので、情報を聞いて回っているのだと思った。


 彼は幾度か酒場を回り……やがて、俺へと近づいてきた。

 うん、緊張してきた。いや、別に緊張する必要などないはずなのだが――


「すいません」


 やや高めの声。俺はそれに反応し、首を向ける。フィリが立っていた。


「村から東に存在する遺跡に行こうと思っているのですが……よろしければ、何かお教えいただければと思いまして」


 ――こうして冒険者同士で情報交換するのは、ごくごく普通の出来事。基本冒険者達は酒場で乾杯したり会話したりすればちょっとした知り合いという感じになるし、そういう人物が命を落とすのは寝覚めも悪い上酒も食事も不味くなる。よってそれぞれが生存率を上げるために色々と情報交換をしたりする。


「……お前、あの遺跡に行くのか?」


 俺はフィリへと返答する……本来ならゲーム上の言葉通りなぞってもいいはずなのだが……さすがに間違った情報を渡して死なれてもまずい。


「はい」


 返事をしたフィリに、俺は「わかった」と答える……どう応じるかは頭の中で何度も、シミュレートしてきた。さあ、俺が熟慮したセリフが目の前の主人公へと放たれる――


「そうだな、一つアドバイスしてやろろろうか」


 緊張して、声が上ずった。


 返答にフィリは眉をひそめた。もしかして聞き間違いか――などと思ったか、声は挟まず俺の言葉を待つ構え。


 ……いかん、すごく緊張している。そしてこのままでは俺は現実世界となったこの場においてもネタキャラと化してしまう。それだけは避けなければ。よし、気を取り直して俺はさらに続ける――


「遺跡、には……よく、その、薬、草を落とす、モンスターが、いて……」


 どもりまくりだった。途端にフィリの目が点になった。


 ああああ、これは最悪だ。背中から嫌な汗が出てきた。


 というかアレだ。ゲームの主人公とのイベントであるということで度し難い程内心緊張している。自分では冷静なつもりだったし、この世界で暮らしていて会話に慣れていないというわけではなかったのだが……最初の最初。それも主人公との絡みということで、完全に頭に血が昇っている。

 これはまずい。すぐに立て直さなければ違う意味でネタキャラになる。


「……あの?」


 フィリは首を傾げ問い掛ける。そこで俺は一つ咳払いをして、


「ああ、すまん」


 とりあえず俺は謝った。フィリは「はあ」と適当な相槌を返し、まだ言葉を待つ構えだ。

 よし、ここしかない……緊張感の中で俺はどうにか頭を回し言葉を紡ぐ。


「えっとだな……遺跡にはよく薬草を落どでゅ」


 噛んだ。擁護しようがないほどに噛んだ。


 とうとうフィリは複雑な表情をしつつ「どうも」と答え離れていった。周囲の面々は俺達の会話を耳にしていないためか談笑する声だけが耳に届き……そして俺はテーブルに突っ伏した。


「……やって……しまった」


 情報を渡すことができなかっただけではなく、俺はネタキャラですなどと語っているようなものだった……うう、どれだけ強くなっても結局こういう立場からは逃れられないということなのか?

 俺はしばし突っ伏したまま動かず、酒場内で会話をする面々の声を雑音として耳に入れる。予想以上にダメージがでかい。


 と、とりあえず宿に戻りいったん気持ちを落ち着けよう。俺はそう頭の中で決めて席を立つと酒場を後にした。

 そして入口へ向かう途中、ふと道具屋の目の前で話しこんでいるフィリ達の姿を目にした……俺は彼らを一瞥した後深いため息を吐きつつ……とぼとぼと宿に戻った。


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[一言] つ、つらい…( ; ; ) がんばれ〜
[一言] さすがにダサw
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