王からの提案
俺やソフィアの言葉により、精霊、竜、天使に加えバールクス王国の人々は動き始めた……その目的は魔王候補ビゼルを討つことであり、その態勢が今から形成され始めようとしている。
で、そうした中で俺は……バールクス王国の首都にある城の中、客室で過ごしていた。
「暇だな……」
呟いてみる。というのも準備については「こちらに任せろ」というクローディウス王のセリフにより任せることになってしまったのだ。一方のクロワやエーメルについては魔界の情勢や地形などを伝え、戦略を立てている。
ビゼルが保有する兵器のありかについてはまだわからないため、状況によって戦術も変わってしまうわけだが、それを含め検討するらしい。
で、戦術面について俺の出番はほとんどなく……なおかつ準備は全てそれぞれの種族代表が行うため、結果として俺は暇になってしまった。
ちなみにクローディウス王は人間側からも色々と人を募るらしい。ただ魔界へ赴き魔王候補を支援するという戦いを考えると、人選は相当慎重なものに成らざるを得ない。王は何やら考えがある様子だったけど、果たしてどうするのか。
またソフィアはというと……彼女もとりあえず部屋に押し込められて待機という形になっている。本来外に出て旅をするなんてのがおかしいわけで、城の中で過ごす以上それが正しいわけなのだが。
ロミルダやアンジェについては彼女と一緒にいる。話によるとエイナもそこにいて動き出さないか観察しているらしい。
まあ、俺やソフィアは交渉をしたことで役目はきっちり果たしたわけだし、つかの間の休息という認識でもいいだろう……ただなあ。もしこの戦いが終わったら、俺はどうなってしまうのか。
何かしら仕事をしてもらうことになると王は語っていたけれど、それがどんなものなのか想像もつかないため不安にさせる。俺にできることなのか。正直英雄という称号に比肩しうる仕事とかなら、はっきり言ってどうにもできない気がするのだが――
その時、コンコンとノックの音が。俺は応じるべく扉を開けると、そこには騎士が一人立っていた。
「陛下がお呼びです」
王が? 俺は「わかりました」と答え、騎士の案内に従い王の部屋を訪れる。
そこは――王という肩書きにしてはずいぶんと装飾の少ない部屋だった。ただ佇まいという雰囲気は王と同様威厳が存在しており、なんだか肩に力が入る。
そんな空間の中でクローディウス王は窓際に設置された椅子に座り、お茶を飲んでいた。テーブルを挟んだ対面の席にはカップが一つ。俺に用意したものってことか?
「ルオン殿、座ってくれ」
俺は促されるままに着席する。お茶を出されてはいるが、正直口を入れる気分には……でもさすがに申し訳ないか。
俺はカップを手に取り一口。芳醇な香りが口の中を満たす。たぶん高い味だ。
「……数日の間は、色々と私も動き回っていたためルオン殿の話をする機会はなかったな」
まず王はそう口を開いた。
「こうして話の席を設けたのは、今後のことを話し合おうと思ったのだ」
「今後……といいますと、魔界での戦いが終わってからのことですか?」
「そうだ。ルオン殿がこの場所で何をするのかについて」
う、緊張してきた。それはどうやら伝わったらしく、王は笑い始めた。
「不安だと顔に出ているな……さて、私はルオン殿達が帰還してきた際に、何かしら仕事をしてもらうことになると言ったはずだ」
「はい」
「それについて、実は私なりに浮かんでいることがあった……廷臣は廷臣で色々とルオン殿に仕事を任せようとしていたみたいだが、それとは別のことだ」
「……廷臣の方々の仕事については、気が重くなりそうな内容っぽいですね」
「そうだな。ルオン殿がおそらく苦手とする、社交界であったり政治的な要素が絡む仕事だ」
無理無理。黙って首を左右に振ると、王は笑いながら頷き、
「私としてはもし、普通にルオン殿達が帰ってきたのならそういう方向に話がいってしまうと思っていた。実を言うとソフィアをルオン殿に任せていることも色々言われていてな。少々頭が上がらなくなりつつあったのだ」
……魔界云々のことがなかったら、完全無欠に城に缶詰だっただろうな。
「しかし、今は違うと」
「そうだ……デヴァルス殿がルオン殿に任せたい仕事があると言っていたな。それはおそらくルオン殿の敵である『神』という存在に関することだろう」
俺は頷く。デヴァルスの仕事内容についてはまだわからないけど、確実に『神』に関連しているはず。
「天使を派遣するといったことに加え、話によると精霊達も独自に動き出すらしい……そこで私は考えた。それらを一つに束ね、連携できる組織があれば良いのではないかと」
組織……これまで俺はソフィアと共に独自に動いてきた。それを王は組織にするのはどうかと考えているのか。
「口実は今回の戦いを利用して上手く話はできるだろう」
「……あの、一ついいですか?」
「構わない」
「王の話しぶりだと、組織というのは俺を中心にするという感じに聞こえますが」
「そうなるだろう」
「……そして、組織設立に王が関わろうとしている、ってことですよね?」
「私が提案する以上はそう解釈して構わない」
「それはつまりバールクス王国が『神』との戦いに加わるということですか?」
「そうだ」
決然とした言葉。俺はそれに絶句した。
「ルオン殿としては、意外か?」
「……『神』の件はバールクス王国と何ら関わりはありません。俺やソフィアの捜索にこの場所を選んだことは理解できますが、なぜそうまでして――」
「一つ、予感がするのだ」
そうクローディウス王は語る。
「ルオン殿の知識からすればいずれこの世界が崩壊する。そしてそれをルオン殿は止めるべく動いている……崩壊がいつになるかわかっていないが、私はそう遠くないのではないかと思っている」
「だから、民を守るために組織作りを?」
「そういうことだ」
……理屈はわかる。ただ、
「廷臣の方々は納得するでしょうか?」
「理由については何とでもなる。今回天使や精霊が加わる戦い。それは魔王に匹敵する存在との戦いであると。それに応じるために、人間側も戦いに加わらなければならない……そんな形が望ましいか」
「この戦いを呼び水にして、説得するわけですね」
「うむ。ルオン殿としてはこの場所でじっくり戦いのための準備を進めることができる。良い話だと思うが」
……確かに俺としてはメリットがある。『神』との戦いに対ししっかりとした組織と拠点があれば動きやすい。
「えっと、確認ですが……俺はその組織を通じてリズファナ大陸へ行くんでしょうか?」
「そこは実際組織して動いてみないとわからないな」
「そうですか……俺は立場上、その組織の長ってことですか?」
「立ち位置としてはおそらくそうなる。加えソフィアも所属させる」
「ソフィアも?」
「あの子のことだから止めても組織に入ろうとするだろう。ならばルオン殿と共に組織に入れた方がいい」
「むしろそっちの方が城内で大もめしそうですけど」
「だろうな。ともあれここはどうにかしよう」
クローディウス王は笑う。なんというか、俺やソフィアに振り回されて申し訳なく思う。
頭を下げようとしたら、王はそれを手で制す。大丈夫だと、目で語りかけてくる。
……いずれ、この国に恩返しなければいけないな。そう強く思った後、クローディウス王はさらに話を続けた。




