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賢者の剣  作者: 陽山純樹
魔王の庭

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魔王領

 エルアスと交渉して以降はかなり慎重に行動し、やがてエルアスの領内を離れ、魔王の居城があるエリアへと侵入を果たした。

 ここに来ると驚くほど人口密度が少なくなった……これなら中から外へ俺達の行動が伝わる可能性も、低いだろう。


 そして領内を進めば進むほど雰囲気が変わり始めた。今までは俺達が住む世界とそう変わらない景色が多かったけれど、このエリアは景色は同じだがどこか無機質的な空気が漂っている。木々も存在するし足に草も生えている。しかし形容しがたい空気……それが、他とは違う場所なのだと認識できる。


「気付いたみたいだな」


 周囲を見回す俺へクロワは告げる。


「魔王が所有する領内は、意図的に魔力の質が変わっている」

「変わっている……?」

「土地そのものに魔力を注ぎ、空気を硬質にしている。これにより魔王直轄領であることを理解させ、不用意に侵入しないように取りはからっている……僕やエーメルは魔王領の境界部分で気配が変わるのをすぐに察することができるが、ルオンさん達人間はある程度深く入らないと空気の変化を判別できないみたいだな」


 なるほど、認識させる意味合いがあるのか。


「この気配を発している場所に魔族達は基本立ち入らない……ここまで来ればビゼルやエルアスも干渉してくる可能性は低い」

「安全ってことか……ここから魔王の城までは距離があるのか?」

「魔王の直轄領はそれほど大きくないし、ここまで結構進んでいる。城もそう時間も掛からず見えてくるな」


 どういう感じなのかは……まあいずれわかることだから、あえて聞かないことにしておこう。


「そこに守人がいて、まず僕が話をする。前にも言ったが城に入ることはできない。僕の話を聞いたらすぐにルオンさん達は戻ることができる……はず」

「あの、質問いいですか?」


 ふいにソフィアが手を上げる。


「もし元の世界に帰れるとしても、どこになるんですか?」

「扉の行き先は一つしか指定できない。とある無人島だ。そこから悪魔を用いて移動しよう」


 ……魔王達の侵攻は、そこから来たというわけか。


 守人との話し合いがスムーズにいくのかどうか疑問だったが、ビゼルとの戦いについてはエルアスがある程度時間を稼ぐ算段になっているため、トラブルがあっても解決できる……かな?


 しかし、戦い続けてようやく帰ることができる……といっても単純に帰るのではなく、魔族……しかも魔王の子を連れて帰るわけだ。ただでさえ俺達が行方不明になってどうなっているか想像もつかないのに、この状況下でクロワ達と同行しているのならば……正直、どう話が転ぶか想像すらできない。

 ただ俺とソフィアが説得するわけだから、いきなりクロワ達に攻撃を仕掛けるなんてことにはならないし、させないけど……と、ここでクロワを見ると彼もまた視線を返し、


「……正直、僕としては失敗しても文句は言わないぞ」

「交渉についてか。けれど俺達がいなくなれば今度こそ魔王になることはできなくなるぞ」


 仮に俺達がいなくなった場合、クロワはエルアスと手を組み兵器を無力化するべくゲリラ戦を仕掛けるとか……方策自体は存在する。最大の問題はビゼルが兵器をいくつ所有しているのかだが、そこさえわかれば狙い撃ちしてまず領民の犠牲をなくすことができる。

 兵器がなくなればビゼルとしても優位がなくなる。修復される前にエルアスが攻勢を仕掛ければ、今度こそビゼルは終わるだろう。


 ただ、ビゼルとしてもそうした戦法を考慮していないはずがない。兵器をどう隠しているのか。そしてどこにあるのか……それを知るのは至難であり、全てを破壊できなければ兵器が発射され、多大な犠牲が出ることになる。

 またその戦いはエルアス主導となるのは間違いなく、クロワの魔王候補としての立場は、間違いなく消え去る。


 しかし交渉が成功した場合……ガルクを始めとした精霊や、天使デヴァルスなどの力を借りることができる。それなら兵器を見つけられる可能性は広がる。ビゼルが用いていた敵を見つける道具については人間である俺やソフィアはロクに反応しなかった。天使達や精霊ならば欺く手法を構築することは、おそらくできるし、この方法が犠牲を限りなく少なくできると思うが――


「……クロワ、魔王の座を目指すのは、先代魔王が父親だからか?」


 理由については居城で話し合いをした時に問わなかった。けれど元の世界へ戻る前に、一度聞いておくべきだろう。


「いや、少し違う……僕自身、魔族達が変わらなければならないというのが、答えだ」

「変わる?」

「変革とでも言うべきか……先の戦いで魔王は潰え、現在魔王候補達が争っている。その中でビゼルは論外としても、エルアスが魔王になったら……粛々と魔界を立て直していくだろう」

「それでは駄目だと?」

「僕は……認識を変える楔を打ち込む必要があると思っている。先代魔王……父がなぜあの侵攻をしたのか理由についてはほとんど知られていない。だが盲信する同胞が魔王になったのなら、理由もわからないまま父の意志を継ごうとする存在が出てくるかもしれない」


 未来のことまで考慮に入れると、か。


「だからこそ、そうしたことを防ぐための処置を今からしなければならない……魔族の中で意識改革をすることもそうだが、外部と話の場を設けることができれば……と思っているが、さすがにそれは厳しいだろうな。先代魔王がやったことを考えれば」

「それでも、やると?」


 こちらの問いにクロワは深々と頷いた。


「これまで魔族側から歩み寄るような存在がいなかったことも、事態を悪くした要因になっていると思う……このわだかまりが解消するのは遠い未来の話だとは思う。実害が生じている以上、反発する者だっているだろうから」


 そこでクロワは、前を見据える。


「だが、それでも……変わるために動かなければならない。そしてその最初のきっかけは、この戦いだ」


 クロワの語気は強い。やらなければならないという、使命感みたいなものを感じ取ることができる。

 これはきっと、先代魔王の行動が関係しているのだろう。彼自身魔王の行動について語っていたが……それはおそらく『神』に関係すること。その動機など明確になっていない点も多いが――


 そこでふと、疑問が湧いた。クロワは『神』に対し思うところはあるのだろうか? 魔王の息子として、彼なりに考えていることがあるだろうか。

 今はエーメルなどもいるため訊くつもりはないが……この戦いが終わった後、話をしてみるのもいいかもしれないな。


「……そういえば、クロワ。魔王領にいる守人という存在は、俺やソフィアがいて問題はないのか?」

「内心でどう思っているかはわからないが、僕から説明すれば問題にはならないよ」


 クロワが持つ権限に守人は従うということだろうな。


 俺も「わかった」と言って会話を打ち切る。そこからはひたすら歩を進める形に。魔王領の硬質な空気からか、ソフィアは周囲に目を配りながら歩む。一方でクロワとアンジェ、ゼムンは慣れているのか前を見て淡々と歩を進めている。

 それに相反するように周囲を見回すのがエーメル。彼女にとって魔王領は初めて、という様子だな。


 そうして仲間の面々を眺めながら俺はクロワ達と同様に前だけを見据え足を動かす……それから程なくして、前方に建物――黒い城が見え始めた。


「クロワ、あれが――」

「魔王の城だ。ゴールは近い」


 クロワの歩調がやや速まる。俺達はそれに追随し、徐々に城が近づいていった。


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