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賢者の剣  作者: 陽山純樹
魔王の庭

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交渉

 この作戦に参加するのは俺とソフィアはもちろんのこと、エーメルに加えゼムンとアンジェ……アンジェについては俺達と一緒にいた方が安全だという判断だ。まあビゼルの本拠へ向かっていくわけでもなく、戦闘が生じる危険性は低い……と思うので、同行した方がいいとは思う。

 ただゼムンについては、魔王領にいる守人との話し合いに参加する役割で、潜伏する部下達と連絡をとるという形になるだろうとクロワは語った。


 なおかつ領地のことをサナクに任せ、進路を東へと向ける。これについてビゼルもおそらく把握しているはず……目的はエルアスとの話し合い。もしビゼルの手勢が襲い掛かってくるとしたら、この道中なのだが――


「ビゼルは破壊された山岳要塞の修復を始めているな。そこから部隊が出てクロワの居城に入った」


 旅を始めてから数日後、使い魔から得た情報でクロワにそう報告を行った。

 野営をしている状況下だが、特に問題はない。周囲に敵の影はないし、問題なく旅ができている。


「敵は地盤固めから始めているみたいだが……」

「ビゼルとしては賢明な判断だろう」


 そこでクロワは話を始める。


「まずは領土を得て、そこから僕を含めた残党狩りを始める……僕の素性がバレてはいないにしろ、抵抗する意思がある以上、部下を探すつもりなんだろう。彼らにはしばし耐えてもらうしかないな」

「俺達のことを野放しなのは……」

「僕らだけでどうにかできるというわけではないし、ルオンさん達の存在もいるから後回しなんだろう。まず僕やエーメルを支援する者達の方に狙いを定めたわけだ」


 言うなればクロワやエーメルという頭ではなく、手足を潰しに掛かっているといったところか。戦力を削るやり方としては有効か。


「これならエルアスとの話し合いについては特に問題なさそうだな」

「そこから魔王の城へ向かう、か」

「世界とつながる扉は別所にあるため、魔王の城へ入るというわけではないぞ」


 ……アンジェの予言はまだ先の話ってことかな。


「ならこのままひたすら東へ向かい続け……ってことだな」

「ああ。ただ敵襲がないとは言えない。そこはしっかり警戒し乗り切ろう」






 ――そうして俺達は旅を続ける。魔界に入ってから騒動に加わり、クロワと出会って以降は戦いばかりだったが、今はひとまず戦闘の危険性も少なくなった……かもしれない。

 結果として、俺達は何事もなくエルアスの領地へと足を踏み入れた。エルアスの拠点はクロワも把握しているため、そこを目指すことになり……大きな町に辿り着く。


「エルアスはこちらの状況を確認していたようだな」


 入口手前でクロワが呟く。俺にもわかった。町の手前に、俺達を見据える者がいる。

 近づくと騎士服みたいな格好をした魔族であることがわかる。クロワのことを知っているのか、彼は俺達へ向け一礼する。


「お迎えに上がりました」

「……エルアスがいる場所まで案内すると?」

「この町に滞在しております。今から私がご案内致します」


 話自体は早く進みそうだな……彼の先導に従い俺達はとある宿の一室へ。そこにエルアスが待っていた。


「よく来てくれた、クロワ」

「そちらから干渉するとは……何を求めている?」

「ビゼルのやり口についてと、戦争兵器に関する情報を。対価は無論支払う」

「見ていなかったのか?」

「さすがに戦場に近寄ることは難しかったからね。ただ兵器を用いた事実だけは知っている」

「そうか……わかった。話そう」


 その述べ、クロワは説明を始めた。兵器――魔降砲とビゼルが呼んでいた兵器について。そして何よりその威力を。

「……なるほど、これは厄介そうだな」

「兵器の詳細について、そちらは情報を得られなかったのか?」

「クロワやエーメルと異なり、ビゼルはガードが堅かったからね。無論領内で情報収集は欠かさなかったけれど、核心的な情報を得ることはできなかった」


 ……そういえばビゼルは俺やソフィアのことを把握していなかった。対するエルアスは俺達のことを知っていた。となると情報戦という点においてはエルアスの方がクロワやエーメル、さらにビゼルよりも上を行くことは間違いないみたいだが、それでも兵器についてはわからなかったか。ビゼルは相当念入りに情報規制をしていたということだろう。


「それでクロワ、ここを訪れた理由は無論――」

「エルアスの助力を請うつもりはない」


 そこでエルアスの口が止まる。


「……まだ戦うつもりなのか?」

「そうだ。まだ可能性は残っていると考える。今回、時間を稼いでくれということを要求しに来た」

「時間を稼ぐ?」

「西部の戦いは西部で決着をつける……ビゼルもひとまずエルアスとは話し合いをしようとするだろう。そちらの戦力が多大であることはわかっているだろうし、まずは兵器を示し脅しから始める……それには顔を突き合わせて話をしなければならない」


 そうクロワが言うと、エルアスは「確かに」と応じる。


「それに対し、日時を延ばしてもらいたい……そちらには色々と理由をつけることができるはずだ」

「具体的にはどの程度の日時を?」

「多ければ多いほどいいが、最低でも一ヶ月程度の時間があればありがたい」


 エルアスは口元に手を当てる。


 ……俺達が兵器の一つを破壊したことについてもクロワは話した。複数兵器を持っているとはいえ、本拠の一つを壊した事実は大きい。エルアスとしても仕掛ける好機と考えることだってできるかもしれないわけだが――


「……たった一ヶ月で、情勢をひっくり返すことができる手立てを構築できるのか?」

「可能性は低い。しかし挽回できる策は、ある」


 エルアスはなおも思考する。ただ彼としてもそう選択肢が多いわけではない。


 というかここでクロワの要求を突っぱねてもあまり意味がない。エルアスとしては現在、西部で覇権を得ようとしているビゼルに仕掛けるか服従するかの二択を迫られているわけだが、降伏をしない限り多大な犠牲が出るわけだ。

 ならばクロワの策というのを聞いて、東部側の犠牲がない可能性に賭けるというのがエルアスとしてはいいはず……さて、どうするのか。


「……少なくとも、まだ魔王になることをあきらめている様子ではないね」


 エルアスが述べる。次いでクロワに笑みを向け、


「何をするのかわからないが、もし東部と西部で魔王候補同士話をすることになったとしても、ビゼルよりは君と話した方が実りが多そうだ」

「では――」

「わかった。そちらの策に乗ろう。ビゼルもさすがにこちらと話もせず兵器を運用するとは考えにくいし、統一した西部の足場固めを優先するだろう。一ヶ月……いや、二ヶ月くらいは余裕で時間を稼ぐことができるはずだ」


 そのくらいの期間があれば、こちらとしても結果を出しているだろう。うん、交渉結果としては上々だ。


「問題は、そちらの策が失敗した場合だ」

「僕も失敗したのならばエルアスへ真っ先に報告させてもらう。そこでどうすべきか改めて協議しよう」

「成功の場合は……これは話し合う必要はないか」


 そう呟いた後、エルアスはエーメルへ首を向ける。


「ただそちらはいいのか? 現在クロワが主導的立場のようだが」

「私はそもそも魔王の座に関心はないからな。クロワの策を聞いて興味を持ち、その行く末を観察しようって気持ちでここにいる」

「なるほど、エーメルが興味を持つほどだ。よっぽど面白い話みたいだな……いいだろう。クロワ、存分にやるといい」

「ありがとう」


 返答の後、俺達は宿を離れる。さて、ここからだが――


「ルオンさん、エルアスの領内に入った時点でおおよそ大丈夫なはずだが、ビゼルの間者がいないか警戒してくれ」

「ここからは隠密行動か」

「ああ。できることならエルアスの目からもかく乱したい……魔王の城へ向かうわけだからな。妨害される可能性は排除しておきたい」

「わかった」


 俺は同意……いよいよ魔王の城へ近づくことになる――


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