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賢者の剣  作者: 陽山純樹
魔王の庭

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秘匿されていた事実

 俺の言葉にクロワは完全に沈黙した……それはこちらが言う案が何なのか、推測できたためだろう。


「……ルオンさん、あなたは――」

「推測していただけだ。けれどどうやら、当たりみたいだな」


 俺はゼムンへ視線を注ぐ。当の相手は硬い表情。こちらも察したか。

 エーメルやソフィアが沈黙した状況で、俺はクロワに問う。


「核心に触れる前に、一つ確認させてくれ……天使や精霊の力を借りる場合、俺達を元の世界へ帰す必要がある。従来の説明ではクロワが魔王にならなければ難しいという返答だった」

「……ああ、そうだな」

「けれど、俺が考える推測が事実ならばひっくり返る……そう解釈していいのか?」

「少なくとも魔王の側近である『守人』が動くのは事実だ」

「わかった……最後に問うよ」


 俺は一拍置き、


「つまりクロワは『守人』が動くような立ち位置の魔族……魔王の、子息か何かなのか?」


 ――さすがにその問い掛けは予想できなかったのか、エーメル瞠目しソフィアも息を飲んだ。


 それと同時に考える……魔界の現状から考えて、クロワが魔王の息子であったとしても他の魔族がなびくとは思えない。だからこそ彼はそれを隠し、実力で魔王になろうとしたのではないか――


「……ああ、そうだ」


 静寂を切り裂き、クロワは答える。


「僕とアンジェは、魔王の子供だ」

「年齢を考慮すると、魔王と同様封印されていたのか?」

「そうだ。目覚めたのもつい最近だ」

「その経緯は――」

「そこについては、私がいずれお話ししましょう」


 ゼムンが割って入る。話の本筋から逸れることもあるけど、何か……厄介な理由があるのかもしれない。


「私が左遷した点についても、陛下のご意思。指示に従い、封じられたクロワ様達の守護と、機が来たら目覚めさせろと」

「つまりクロワ達を守る役目を任されたのか」

「その通りです」

「なぜその事実を公表しない?」


 この質問は、エーメルからだった。


「魔王の息子だと名乗れば、戦わずに済むんじゃないか?」

「それでは、魔界がより酷くなるかもしれない」


 そこでクロワは反論した。


「僕が魔王の息子という理由で魔王の座についても、ビゼルを始めとした面々は納得しないだろう。下手すれば僕を下ろすために反乱が起きる……しかもそれは、今の戦いよりもずっと凄惨なものになるだろう」


 そう語ったクロワの口元は、自嘲的に笑っていた。


「加えて言えば、何の力も持たない僕が魔王となっていたら、傀儡となった可能性もあった……僕がそうだと露見した時点で僕を利用しようとする者が出てきたことだろう。場合によってはアンジェにも手が伸びていた可能性がある」

「なるほど、ね。まあ事情は理解できた」


 エーメルはそう述べ、一応納得した様子。


「で、魔王の息子だからルオンさん達を元の世界へ帰せると?」

「僕は一応様々な権限が与えられている。城にいる守人と話ができることもその一つで、僕の権限を用いれば、扉を開くことができるはずだ」


 ……今までその辺りを話さなかったのは、さすがに魔王の息子という事実を伝えることができなかったためだろう。

 これは至極当然の話だ。何せ俺やソフィアは魔王を討った存在。魔王に対してどう思っているかなど、訊く必要もないほど決まり切っている。


「……クロワ、確認だが」


 そこで俺は彼に問う。


「俺達と協力することに、抵抗はないのか?」

「最初に手を組むと告げた時と、同じ内容だよ。僕は父とは違う」


 決然とした物言いだった。


「父は理由があってあの戦いに身を投じた……無論、理由があるからといってルオンさん達の大陸を蹂躙したことを認めろなどと言い出すつもりはない。それらの事実を踏まえ、僕は交渉に応じようと思う」

「場合によっては、消されないか?」

「本音を言えば、ルオンさん達に助力を願いたいところだけど」


 肩をすくめるクロワ……自身が魔王の息子であるという立場により、俺達と手を組むことにしたが真実を伝えることはできなかった……か。

 彼としてはこうして俺達側に協力してもらうということについては、不本意なはずだ。きっと彼は俺とソフィアに協力してもらい魔王となり、改めて俺達の世界と魔界とで色々話をしようと思ったのではないか。


 いや、それよりも前に協力を得ようと考えていたのかもしれない。それは、


「……エルアスについて、同様の策を用いようと考えていたのか?」


 さらなる問いに、クロワは小さく頷いた。


「そうした手も考えていた。平和を優先するエルアスとの違いはそこだ。彼自身も結局のところ、同胞を守ることだけを考えている。だが僕は少し違う。魔界の外にいる者達とも話し合い、魔界を良くする……それが僕の考える突破口だった」

「なるほど、な……」

「ルオンさん達と手を組むこと自体、魔族にとっては異端的な考え方だろう……けれど僕はそれを実行する。実行できることを示し、ルオンさん達ときちんと話をしたかった」

「行動で証明し、協力を得ようとしたってことか……でもまあ、予定は大幅に狂ったな」

「そうだな。僕に残された選択肢は少ない」


 クロワは俺とソフィアを見据え、


「……魔王になれる可能性はまだあるにしても、低くなったのは事実。果たして僕が同胞に認められるのかわからない」

「ビゼルを倒しても、エルアスが魔王になりそうだな」

「そうだな……僕としては彼の治世において、自分にやれることをやろうと思う……魔王になることはあきらめたわけではないが、そういう結末になることも視野には入れている」

「そうした可能性が高まっても、世界へ出て交渉すると」

「ああ……ビゼルだけは、野放しにしておくわけにはいかない」


 決然とした口調だった。

 場合によっては魔族達が大勢死ぬ……それを防ぐには魔王になれるかどうかよりも、優先すべき事項ということだろう。


「……作戦としては、どうするんだ?」

「まずエルアスにビゼルとの戦いは避け、時間を稼いでくれと伝える。その間にルオンさん達と魔界の外へ出て交渉。味方を引き連れビゼルを打倒する」

「交渉が一つでもつまづけば、危機的な状況に陥るな」

「ああ。まずエルアスとはきちんと話ができると思う。けれど魔界の外に出ての交渉は、正直賭けにしても相当分が悪い」


 けれど、やらなければならない……そんな気持ちが表情から読み取れる。


「その交渉について、仲介役が俺とソフィアか」

「……魔王の息子という立場でこんなことを言うのはおかしいと思うだろう」


 クロワは――頭を下げる。


「だが頼む……領民を、魔界の者達にこれ以上犠牲を増やさないためには、これしか思いつかない」


 ……戦況的に、ビゼルの暴虐を食い止めるには俺とソフィアでは手が足りない。戦争兵器破壊だけでも場所の特定から奇襲するにはどうしたって戦力がいる。

 単独の戦争ならまだどうにかなったけど、完全に大規模な戦争に移行しているため、クロワの考えは正しいと思う……さて、


「ソフィア、どう思う」

「……心情的に納得がいかない部分はあります。けれどビゼルを野放しにすることは、決してできません」


 確かに。あいつを魔王に据えたら、先代魔王と同じ悲劇が生まれかねない。


「……わかった。クロワ、ひとまず俺達は協力する。だが成功するかは未知数だぞ」

「わかっている」

「それと、交渉が成功した後について。魔界にいる人間は――」

「できる限りのことはする」

「ならいい……では早速行動しよう」


 俺の言葉にクロワは頷き――新たな作戦が始まった。


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