魔族の交渉
使い魔を通して観察していた城が、とうとう目の前に。とはいえ悠長に観察しているわけにはいかない。
「城門は閉ざされているけど、どうする?」
「答えはビゼル側から来るだろう。さすがに向こうも壊されたくはないだろうからな」
「もし閉じたままだったら……」
「ルオンさん達の融合魔法か……そのくらいの時間はありそうか?」
「たぶん、な」
俺が返答した直後、正面から重苦しい音が聞こえ始めた。見れば城の城門が、少しずつ開いていく。
「どうやら、話をするつもりらしいな」
「なら俺達は――」
「ああ、ルオンさん、ソフィアさん、頼む」
そこでフォシアが俺達に魔法を掛ける……気配を極限まで殺す魔法。ただ一定時間で効果が切れるため、急がなければならない。
「ソフィア、行くぞ」
「はい」
返事と共に俺とソフィアは兵器を破壊するべく移動を開始。魔族の魔法であるためバレる可能性も……と思ったが、どうやらこの魔法は対象者の魔力で保護する効果があるらしく、露見されずに行動できそうだった。
一方で俺は虫のような小さな使い魔をクロワやエーメルの近くへと移動させ、見守ることにする。もし何か起こった場合、俺かソフィアが戻り対応すればいいだろう。
俺達は城壁を迂回して横手へと回る。そして飛翔魔法を行使して城壁の上へ。
見張りはいたのだが、こちらに気付いている様子はない。いけると判断し、俺はソフィアに視線を送る。彼女は頷き、そのまま城内へと入り込んだ。
そこで、城外に変化が。門の奥から登場しクロワ達と対峙したのは、細身で顔に幾重も皺を持つ老齢の魔族だった。
「よくぞここまで来たな、クロワ、エーメル」
――間違いなく、彼がビゼルだろう。皺を持った魔族というのはあまり見ないが、それだけ年齢を重ね老獪になっている、ということだろうか。
その上、彼の周囲には屈強な部下が護衛として控えている。人数は合計で十名。さすがにエーメルもあの数を一気に突破して、というのは厳しいだろう。
「まさかこのような形で西部の魔王候補が一堂に会することになるとは思わなかった――」
「ご託はいい、ビゼル」
声を遮り、クロワは話す。
「それとも、包囲を形成する時間稼ぎか? そちらがそのつもりならば、考えがあるぞ」
「……こちらでは捕捉できない人間を用いる、か?」
ビゼルが問う。クロワが何も答えないと、相手はふうと息をついた。
「まあいい、こちらとしても懸念している存在だから、そちらの気が変わらぬうちに話をしてやろう……といってもこれは交渉ではない。命令だ」
「降伏し、兵を引き上げろ、か?」
「違うな。命は保証してやる。だがその代わりに貴様らの領土を渡せ」
「ずいぶんと法外な要求だな。そもそもここにある部隊を突撃させれば、お前の存在は粉みじんに砕けるぞ」
「本当にそう思うのか?」
ビゼルがさらに尋ねる……ふむ、俺にも言わんとしていることが読めたぞ。
確かにクロワの言うとおり、大将が出てきた以上、彼に対し猛攻を仕掛ければ勝てる……と思うのだが、果たして目の前にいるのが本物なのか。
こうして表に出てきたのが偽物だという可能性もある……と、ビゼルは暗に語っているわけだ。ん、もしかして平原で戦った魔族も分身か何かだったのか? だとしたら――
「……少なくとも、領土内にいる民の安全は保証しよう」
ビゼルはそう語る。
「民達の信用を得なければ魔王になることはできん。そこを違えることはないと約束するぞ」
「信用できないな」
「ほう、なぜだ?」
「少なくとも、避難と称して村民を居城に連れ帰っている事実を考えると、な」
これは半ばクロワの推測ではあったが……と、ここでビゼルは笑い始めた。
「ほう、そこに気付いたのか。予想外だな」
「やはり村民は、犠牲になったか」
「少しくらいは語ってやろう……まあ確かに彼らを連れ去ったのは事実だ。それをどうしたかについてこちらが述べる義務はないが、な」
「そうしたことに、僕らの領内の民が使われない保証はどこにある?」
「なるほど、一理ある……だが彼らを動かしたのは君達が連携して動いたためだ。少なくとも戦いがないとわかれば、こうしてこちらも動きはしなかった」
「ならば新たな犠牲になることは確定だろう」
「なぜそう思う?」
「どうやったかは知らないが、村民の犠牲は兵器に使用するため。その兵器は本来僕やエーメルに向けられたものではない。エルアスを標的にしたものだろう?」
クロワの言葉に、ビゼルは笑う……それは、この魔界の中でおそらく一番だと確信できるほど、醜悪なものだった。
「そこまで想像がついているのならば、弁明の意味はないな。まあ兵器を扱うための準備は整った。少なくとも、エルアスとの戦いで新たな民を犠牲にする必要性はなかろう」
「エルアスが反抗すれば、やるという意味だな」
「賢明なあやつがこちらのやり口を知って反撃するとは思えないがな。ヤツはお前と同様、民のことを最優先にするからな」
つまり、抑止……戦争兵器は脅しの材料ってことか。使い方としては間違っていないな。
「無事に済ませるなら、こちらの要求を飲んだ方が身のためだぞ?」
「……ちなみに訊くが、僕らはどうなる?」
「領内で私に領土を明け渡す説得をしてもらい、その後は魔王候補の戦いが終わるまでは監視ということになるだろうな」
そこでビゼルは笑みを止め、
「もっとも、監視が嫌なら逃げてもいいぞ。無事に帰れるという確証があるのなら、な」
「逃がさない、と?」
「包囲されるとわかっていながら突っ込んできたのは、退路を確保しているためだろう。エーメルの能力により戦力を増強し、さらに無理をして悪魔や魔物を平原に布陣させた……その戦力があるからこそ、包囲戦でも突破できると踏んでいる」
ビゼルはさっと手を掲げた。直後、城内に存在する兵器に変化が生じる。
「だがその戦力がなくなれば、こちらの話を聞くしかなくなる」
「……戦力がなくなれば、僕らを滅ぼすことも容易じゃないのか?」
「この状況で両者を滅せば反発もあるだろう。それは個人的に望まないからな。またそちらに人間二人……山岳要塞の門を壊した力を持つ存在だ。彼らの助力があれば、この戦況を覆すとはいかずとも、こちらの戦力を崩壊させることはできる」
――俺達が派手に動けばクロワが魔王候補になるという結末はなさそうだから、彼もしないだろうとは思う……と、ここでビゼルは肩をすくめ、
「だからこうして話し合いをしている。悪魔や魔物を含め、領土には帰してやろう。その後、こちらに降伏し監視を受け入れろ。約束を違えた場合は、わかっているだろう?」
クロワは沈黙する。エーメルも黙し、どうすべきか考えている様子。
そうした中で、兵器だけは稼働し始める――と、ここで新たな変化。ただしそれはこの城ではない。
「――クロワ」
俺は彼に近い使い魔を介し、声を掛ける。
「新たな変化だ。ビゼルは――」
「……理解した。けれど作戦は続けてくれ」
クロワは口元に手を当て、会話をしていることがバレないように応じる。
俺が何を言おうとしたのか克明に理解した様子。けれど作戦は続行……そこから俺もこの戦いがどうなるのかを予測し、
「ソフィア、行くぞ」
「わかりました」
そろそろ気配を断つ魔法が途切れる。けれどもう兵器までは間近。
砲身に魔力が集まり、撃つ準備が始まっている……完全に装填された状態で破壊したら魔力が暴発しそうだが、まだ間に合うはず。
今しかない……そういう考えの下、俺とソフィアは走り――兵器へと、肉薄した。
お知らせ
賢者の剣5巻が10月30日に発売となります。こうして続けることができたのは皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
今後ともWeb版共々、よろしくお願い致します。




