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賢者の剣  作者: 陽山純樹
魔王の庭

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兵器対策

 さて、ソフィアが策を提案したわけだが、それにはエーメルの協力もいる。最前線で戦いたい彼女に対し、今回の策はちょっとばかり自重してもらう必要があるのだが……。


「ふうん、なるほどね」


 エーメルは呟く――夜を迎えエーメルと設営したテントの中で、ソフィアが提示した作戦を伝えると、彼女は納得したような声を上げた。


「ちょっとこっちも頑張らないといけないわけだが、そのやり方なら相手を欺くことはできそうだね」

「問題は、エーメルがどう立ち回るかなんだが……」


 こちらの言及に対し、エーメルは「問題ないよ」とにこやかに告げた。


「それなら一つ案がある。策を実行する間にそれも準備しよう」

「どういう手だ?」

「ソフィアさんの策は、私がどう戦うか制限するものだ。ただビゼルは私の性格を知っている。もし作戦によって前線にいないとわかれば、敵も策ありと警戒するだろう」


 そこまで言うとエーメルは意味深な笑みを浮かべ、


「まあ方法はある。ソフィアさんの作戦を別の作戦で塗りつぶし、相手を誤魔化すという手が」

「具体的には?」

「私の分身を魔法で作る」


 その言葉に、俺達は全員沈黙した。


「それも複数……これにより、私がどこにいるのかわからないようにする。ビゼルからすれば私がどこにいるのかわからず、警戒はするだろうが本命の作戦を勘づかれる可能性は低くなるだろう」


 なるほどな……エーメルが色々と策を用いて戦っているところを見せるわけか。ビゼルとしてはそちらを警戒し、本命の策を悟られないようにする。


「ひとまず私は前線で戦うとして、戦況に応じて策を実行……本命の作戦を気付かれないようにするにはこれがベストだろう」

「ならば、早速取りかかるか」


 クロワの発言にエーメルは笑い、


「楽しくなってきたね」

「こっちは正直、胃が痛くなりそうだ」

「負けたら終わりだから仕方がないけどさ、それならそれで力が足りなかったと割り切って新しい人生送った方がいいぞ」

「誰もがお前みたいに割り切れるわけじゃない」


 エーメルの言葉にクロワはそう答えると、彼女は「確かに」と一つ呟く。


「それは申し訳なかった。それじゃあ私は作戦に入るから、周囲の警戒は任せた」


 言い残してエーメルは去る。俺とソフィアは――


「二人は体を休めておいてくれ。まだ敵影すら見えない状況だが、ビゼルの領内の奥深くへ来ている。いつ何時変化があってもおかしくないため、休める時に休んでほしい」

「ならお言葉に甘えさせてもらうよ……クロワもどこかで体を休めろよ。そっちが倒れたら軍が崩壊しかねないからな」

「無論だ」


 言葉を交わし、俺とソフィアは自分達のテントへ戻ることに。


「上手くいくでしょうか」


 ソフィアが告げる。自分が提案した作戦だから気にしているのか。


「少なくともソフィアの提案に乗っかった以上、作戦の有効性についてはクロワもエーメルもわかっているだろうし、俺もまたそうだ。大丈夫」

「問題は、この作戦が失敗した場合ですよね」

「クロワやエーメルはそれを踏まえて軍を布陣させると思う……ここは二人の頑張り次第だな」


 答えた後、俺は空を見上げる。夜で星々が見えるわけだが……魔界である以上はあれも偽物ってことなんだろうな。


「こちらに打てる手は実行した感じだな……俺とソフィアは戦争に突入した時点でさらに気合いを入れ直さないといけないけど」

「そこは心配していませんよ。私とルオン様ですからね」


 彼女は応じる。それに小さく笑みを浮かべると、彼女もまた微笑で応じた。


「よし、今日のところは休もう」

「はい。ちなみにビゼルの動向はどうですか?」

「変化はまったくないな。かといって準備をしていないなんてあり得ないから、こっちが動向を窺っていることをわかった上でバレないよう動いているのかもしれない。あるいは……既に準備は整っている、と」


 もし後者であった場合、特に作戦を変更することなく静観していると捉えることもできる……すなわち、俺達の動きは想定内であると。


「ともあれ、まだ動きはない。休めるうちに休もう」

「はい」


 返事を聞き、俺達は体を休めることとなった。






 翌日以降も部隊は進軍する……のだが、それまでと違うのはエーメルの動き。前線にいるのは変わらなかったが、彼女が所持していた戦力増強の手段。それを用いてこちらの軍勢の数を増やす。

 それに対し、ビゼルも動きがあった。魔物や悪魔が本拠周辺で動き始め、魔族も動員を開始する。想定以上の戦力が出てきたため……と普通なら解釈するのだが、敵の動きは理路整然としており、戦力増強に対し用意していた兵力で対抗しよう、って雰囲気もある。


 こちらの戦力の多寡を把握して、準備を済ませていたということなのか……だがエーメルは策を変更することなく、さらに自分自身の分身も生み出していく。


「どうだ、精巧だろう?」


 移動している間に俺とソフィアの所へ訪問し、彼女は分身を見せてくる。本物が動作すれば分身もまた同じように動く。見た目も、感じられる魔力の質も本物とほぼ同じだ。


「能力的に私に近い……といってもあくまで攻撃能力においてだが。そういう個体も作るが、多くは魔力はあくまで見せかけで、単なる張りぼてだ。それなりに戦うこともできるが、悪魔や魔物と比べてちょっと強い程度だな」

「かく乱するのが目的だから、これで問題ないと思う……それとクロワだけど」

「ああ」

「戦争が始まった場合、ひとまず作戦通りの位置……軍勢の中央で待機するってさ」

「そうか。うん、あとは私がもうひと頑張りだな」

「戦闘できる余裕はあるのか?」

「そこは問題ない。そもそも力尽きてしまったら決戦で暴れることができないだろ?」


 ニヤリと笑うエーメル。さすが、というべきか。


「で、報告を聞いたんだが……ビゼルの居城へと続く大きい盆地。そこに戦力が集結しているんだって?」


 ――エーメルの言うとおり、こちらの動きに合わせいよいよビゼルの軍も動いている。それは予めこちらに対抗するために用意されていたと思しき軍で、各地の拠点から集結している。


「いよいよ始まるって感じだな」


 なんとなく、彼女の言動だと祭りでも始まるかのように聞こえるな。それだけ戦いたいってことなんだろうけど。


「さて、あとは天命を祈るのみだな」

「そうだな……あ、そうだ。一ついいか?」

「ん、どうした?」

「エーメルは以前、自分以外の誰が魔王になってもいいってスタンスを表明していたけど……クロワがビゼルに対してはずいぶんと警戒している。これについてどう思う?」

「まあもしかすると、私が知らない部分でビゼルは色々と醜悪なことをしているのかもしれないな」


 エーメルは肩をすくめる。あんまり興味はなさそうだな。


「それに、私は仮にビゼルが西部を支配しても大丈夫だと思う」

「何故だ?」

「十中八九エルアスに負けるからな」


 そういう理由か……ただ狡猾とクロワが評するビゼルが、エルアスに対し何か策を講じていないとは思えない。

 もしかすると、何か……俺はなんとなく思う。戦争兵器をビゼルは用意したらしいが、クロワやエーメルを相手に準備したのだろうか?


 いや、それよりもエルアスに対抗するため……魔界東部を支配する彼に対し準備をしたという方がしっくりくる。だとすれば――


「……この戦いで、絶対に倒さなければならないのかもしれないな」


 俺はそんなことを呟きながら、行軍を続けた。


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