兵器と策謀
俺やソフィアについて、クロワは事情を詳しく知らない魔族へ「要塞を突破できる手法を所持する面々」という説明だけしてあるらしく、要塞の戦いにおいて俺やソフィアが切り札になることについては、誰もが認識している様子。
プレッシャーもあるが、要塞の扉については何か特殊な加工など施されているわけではないらしいので、まあたぶんいけるとは思う。
俺は要塞へ向かう前に手順を確認しておく。ビゼル側も既に準備は済ませおり、要塞付近には悪魔などが多数存在しているらしい。ただしクロワが保有する領内には侵入していないのも間違いなく、ひとまず攻め込んでくる可能性は低い。そういう場合に備えてクロワは準備を済ませているようだし、いざとなれば城に残してきたゼムンもいるため、大丈夫だろうと彼は語っていた。
作戦だが、俺とソフィアが融合魔法により要塞の扉を破壊。そこからクロワ達が攻め入って要塞を制圧。そこを軸にして一気に山脈を突破。領内を侵攻する。
ただ、悠長にしていると敵がビゼルの本拠から押し寄せてくる。今回襲撃する要塞の防備を固めれば退路がなくなるということにはならないと思うが、もし失敗すれば戦力的に後がなくなる。この戦いで勝利しなければ、クロワの勝ち目がたぶんないところまで追い込まれる可能性は高い。
「だからこそ、気合い入っているわけだが……」
俺はクロワへ視線を投げる。難しい顔をしており、この戦いがどれだけ大変なのかを理解させられる。
物々しい雰囲気の中で、俺達は行軍するわけだが……幸いなのは新たな主君であるクロワに付き従う魔族は士気が高いこと。クロワはウィデルスという主を倒したわけだが、それでも彼に追随するという姿勢は、どういう心情なのか少々興味もある。
ウィデルスの側近で今もクロワに従っているサナクなんかはウィデルスの指示――というか遺言に近いだろうか。たぶんその指示によって彼らはクロワに従っているのだと思うが……さして混乱も起きなかった上にこうして戦争をやるとなればそれに応え進撃する。奇妙と言えば奇妙だ。
「……なんだか、物珍しそうな雰囲気ですね」
そんな折、俺に声を掛けてくる魔族が。眼鏡を掛けた赤い髪の魔族……ゼムンの部下であるフォシアだ。
「人間の行軍とは異なりますか?」
「いや、そういうわけじゃないよ……えっと」
俺は少し声のトーンを落とす。
「ウィデルスに付き従っていた魔族達も追随し、なおかつ士気も高い。これについて興味深いと思ったんだ」
「なるほど、確かに彼らからしてみればクロワ様を主を討った敵だと見ることもできますね」
あっさりと肯定。とはいえ彼の話には続きがある。
「そこは全てクロワ様の人望ですね」
「……例えばサナクなんかはクロワと話をして信頼しているのがわかった。けれど全ての魔族に同様の処置はできないだろ?」
「確かに。だからこそ訝しんでいると……仰るとおりクロワ様は新たな領主となって日が浅い。けれどその短い間に色々と処置を施し、また信頼に足る君主だということを示しました」
「それは俺達の知らないところで?」
「そうですね」
ふむ、時折外に出かけていたりもしていたし、信頼を得るべくやれることはやっていたということかな。
「少なくとも魔王候補としての強い自覚を持ち、またこの魔界を良くするために行動していることは伝わったようです。そして今、決戦を迎えたわけですが、クロワ様が陣頭に立って戦うことを示していることもあって、同胞は戦う強い意志を示している」
……クロワがどういった活動で領民の信頼を得たのかわからないけど、少なくともこうして行軍している魔族達は彼のやっていることに賛同し、進んで戦いの道を選んでいるのだとわかる。
「……これだけ士気が高いわけだし、本当ならもっとじっくり準備して軍自体を強化したかっただろうな」
「私もそう思います……ただクロワ様はビゼルに対し警戒を抱いた……兵器を作成しているという点に、クロワ様は懸念されていたようです」
ん、それは初耳だな。エーメルから告げられた時には大して反応は示さなかったけど。
「――フォシア」
ここでクロワが会話中の俺達に近づいてきて、名を呼ぶ。
「隊の状況を今一度整理し、報告を頼む」
「わかりました」
頷きフォシアがこの場を離れる。そこで俺はクロワに問い掛けた。
「さっきフォシアからクロワがビゼルの兵器について懸念していると言っていたけど……」
「ああ、そうだ」
「それは兵器という言葉から不穏なものを感じ取ったのか? それとも何か理由が?」
問い掛けに対し、クロワは押し黙った。どうしたのかと言葉を待っていると、彼は少しばかり間を置いて、
「……兵器、という言葉を聞いて一つ思い当たる節があったんだ」
「それについて詳しく聞いていないし、フォシアなんかも知らないみたいだけど」
「僕も詳細を知っているわけではない。そういう兵器が大昔にあったという事実を知っているだけだ。その推測が当たっているかどうかもわからないし、下手に話して恐怖を煽るのはまずいと思ったから、誰も知らない」
大昔……それはどのくらい前なのか。
「魔王が封印される前の話だ。その時代に存在していた兵器に、魔王に対抗するために人間が作り上げた強大な兵器があった」
「人間が作った……?」
「魔王に対抗するためである以上、相当な物だったんだろう……魔王はそれについて警戒し、設計図などを奪取したという。そこまでしなければならないほどのものだったということだ」
「その設計図が今もどこかに眠っていて、それをビゼルが発見したと?」
「偶然見つけただけならまだいい。魔王が指示を行い奪取した物ならば、当然魔王城に眠っていたはずだ。けれどもしそれをビゼルが手にしたとしたら……」
「密かに潜入していたか、それとも魔王が滅した時、どさくさに紛れて手に入れたか」
俺の指摘にクロワは頷く。
「どちらにせよ、先代魔王に背くようなやり方だろう……そうまでしてビゼルが魔王という地位を得たいというのなら……手段を問わずということだろうな。そういう存在が頂点に立てば、魔界がどうなるかわからない」
「エーメルは自分自身以外誰が魔王になっても問題ないって言っていたけど、クロワは違う見解なのか?」
「僕の仮定が合っていたのならば、ビゼルは表向きはいいとしても、裏では策謀……それも魔界に存在する者達の支持を得られないようなやり方で勢力を拡大している可能性もある」
もしクロワの言う兵器が凄まじい力を持ち、それに他の魔王候補が対応できないとしたら、ビゼルが魔界を支配することになる。兵器の使い方にもよるけど、そういう経緯を持つ物を使っていたとしたら、俺やソフィアとしてはあまり良くないな。
「真意を聞くことができるかどうかはわからないが……ビゼルは元々戦闘能力は高くないため、頭で戦うタイプだ。想定以上に大変な戦いになるかもしれない」
クロワが予想している以上に……か。なおさら軍は結束力などが求められそうだな。
ウィデルスの配下だった者達をどこまで制御して立ち回れるのか……これはある意味、魔王としての資質を問われることでもある。
果たして彼は満足な結果を残し、この戦いに勝つことができるのか……と、思案している間にいよいよ要塞が前方に見え始めた。




