魔王に必要なもの
エーメルはクロワがどうするかの結論を聞きたいのか、答えが出るまで城に滞在することになった。おかげで魔族達はてんてこ舞い。曲がりなりにも魔王候補だからな。急に忙しくなってしまい、俺は魔族達に少しばかり同情した。
当のエーメルは扱いなど特段気にしている様子もなく、小さな一室を間借りしてクロワの回答を聞くまで居座る構え。で、そうした中で俺やソフィアは――
「こうして一度話をしてみたかった」
彼女の部屋の一室。そこで俺とソフィアはエーメルと向かい合って話をすることになった。
「魔王との戦いは熾烈を極めたはず……魔王がどういった存在なのか、今一度知りたくてね」
「……魔界の長だったわけだけど、あんまり情報とか持っていないのか?」
「そもそも、私はあまり関わらなかったからな。領地も端っこだったし、向こうも私のことはあまり認識していなかっただろう」
「しかし、今回の騒動で魔王候補になるほどの強さを持っているわけですよね」
ソフィアが口を開き、問い掛ける。
「それは魔王が滅んだ後に得た力ですか?」
「そうだね。魔王となるための戦いが始まり……その時点で私は武器を振るのが好きで、戦うごとに強くなっていくのは、快感だったな」
面白そうに語るエーメル……ある意味この魔王を選ぶ戦いの中で、一番成長した存在なのかもしれない。
「私はただ戦っていただけだったんだけど、結果として大きな勢力になってしまった……ま、今の暮らしも悪くはないし、何より戦えるから満足はしているよ」
「……なんだか、あなたの話を聞いていると魔王になるという強い意思はないようですね」
「そうだね。私は戦えればそれでいいから」
告げながらエーメルは笑う。
「けどまあ、手に入れた力を手放したくはないし、死にたくもないから全力で戦うけどね」
「……今回の戦いでビゼルを討った後、クロワさんと戦うんですよね?」
「やり合うのは確実だが、実際生死が絡むかどうかは疑問だな」
肩をすくめる。どういうことだ?
「アイツとしては有能な部下や仲間が欲しいところだろ。私は戦闘馬鹿だと自認しているわけだけど、野心ってのは薄い。だから私を屈服させて支配下に置く、とかに留めそうな気もするな」
ああ、クロワならやりそうだな……ウィデルスとの戦いで十分力は得たわけだし、なおかつエーメルはこれまでの説明から考慮しても寝首をかこうなんて考えはなさそう。だから魔王候補ではあるけど、滅ぼさず味方に加える――確かにアリだ。
「けど、それは許されるのか?」
「別に魔王候補となった相手を全部叩きつぶすなんて真似はしなくてもいいよ。実際エルアスなんかは信頼できる同胞ならば手を取り合っている。最終的に魔王は相応の力を持てばいいことと、後は支持を得られればいいわけだから……魔王候補を倒すってことは、絶対的なルールというわけでもない」
そこでエーメルはニヤリと笑い、
「だが、例えば侵略されたのならば相応の態度で応じる必要はある……例え戦う意思がなくてもな。つまり魔王候補というのは毅然としていながら、時には同じ魔王候補を許す包容力も必要ってことさ」
戦うだけが全てではない……クロワの場合は、まずウィデルスが侵略してきたため、必要に迫られ戦い、そして魔王には必要な力も彼から奪い、手にしたってことか。
「……魔王になるためには、少なくとも他者から認められるような行動をしなければならない、と」
次に発言したのはソフィア。それにエーメルは頷いた。
「ああ、そういうことさ。クロワはビゼルに対し奇襲と言っていたが……まあそれはそれで許容範囲ではある。知略も魔王には必要だからな。とはいえ、例えばビゼルの領民を虐殺して、ビゼルが保有する領土の力を減らす……といったやり方は、軍略としては正しいのかもしれないが、それでクロワの下にいる領民が納得するかといえば、それは別の話だろう?」
「確かにそうですね。私達もそんな手段をとる方とは、手を組めませんね」
「だろうな。ま、クロワはあんた方と手を組むって奇妙さはあるけど、それを除けば名君たる資格は持っている。たぶん私が魔王になるよりは魔界も豊かになるだろう」
「……そっちはよくならないって自覚はあるわけだ」
「うん」
俺の指摘にエーメルは素直に頷いた。
「仮に私が西部一帯を支配することになったら、エルアスに決闘を申し込んで勝負した後、領土を明け渡すだろうな。それで魔王候補同士の戦いは終わりだよ」
「勝っても負けても、か?」
「ああ。エルアスと話をしたことがあるが、私に対してそう悪い印象を持っていない雰囲気だったから、たぶん生かして領土運営とか任せるだろうし。もし私が決闘に勝ったらエルアスが魔王になるにはちょっと頼りないって結論に至るかもしれないが……ま、彼だったらなんとかするさ」
ずいぶんとテキトーだな。しかしクロワと対峙したエルアスのことを振り返れば、問題があってもあっさり解決しそうではある。
「クロワは、確かに名君としての資格はあるかと思います」
ここでソフィアが口を開く。
「しかし、それはエルアスも同じ……」
「ついでに言うならビゼルもな。見た目的にビゼルはあんまり良くないけど、領民を大切にするってことは間違いないし、現時点で残っている魔王候補の中で、私以外誰が魔王になってもたぶん大丈夫だろ」
どこか傍観者的に語るエーメル。なんというか、彼女自身は魔王になるつもりはないみたいだな。
「……もし、ですけど」
そんな彼女に対し、ソフィアが尋ねる。
「領民に魔王になってほしいと請われたら?」
「それらしい理由をつけて、丁重にお断りするだろうな。というか、そんな可能性は微塵も無いから考えるだけ無駄だ」
再び笑顔になるエーメル……脳筋ではあるけど、自分の能力などはきちんと理解して、魔界のために自分が魔王になるべきではないと考えている様子。
突拍子もない行動でクロワを悩ますような行動はするけど、基本的に理知的な感じにも思える……たぶんだけど、戦いに絡むことについては脳筋状態になるんだろう。そこから離れることができれば、冷静に議論もできる、と。
「さて、魔王のことを聞いたからこれで半分目的は達成できた」
エーメルはそう呟く……半分?
「残る目的なんだが……」
そこで彼女は鋭い眼光を向けた。あー、何をしたいかは如実に理解できる。
「俺やソフィアと戦いたいと?」
先んじて尋ねると、エーメルは舌を出した。
「ははは、さすがにわかってしまうか」
「……さすがにまずいんじゃないか?」
俺の意見にエーメルは小首を傾げる。
「まずい? 何がだ?」
「仮に戦うとしよう。で、俺やソフィアがあんたに勝ってしまったら、同じ魔王候補であるクロワとかの立つ瀬が無くなるような気がするんだが」
ウィデルスの部隊を半壊させた俺達が言うのもなんだけど……目の前で魔王候補が敗れるような事態になったら――さらに言えば本気を出したらそれこそ瞬殺しそうな気もするし、そうなれば他の魔族がどう考えるか――
「ああ、なるほど……魔王を打ち破った人間からすると、私なんかでは実力不足かな?」
俺は何も言わない。肯定、否定、どちらにしろ厄介なことになるような気がしたので、どう答えるか迷った。
するとエーメルはじっと俺達を見据える。この沈黙をどう解釈したか――やがて彼女は口を開いた。




