厄介者との対面
俺とソフィアはアンジェがいる部屋へ戻り、適当に談笑しながら呼ばれるのを待つ。多少時間が掛かっているのだが……段取りに手間取っているのか、それとも何か他に――
考える間にノックが。出るとそこにはクロワがいた。
「準備ができた。アンジェ、一緒に部屋を出て護衛する魔族と合流してくれ」
「わかった」
アンジェは指示に従い部屋を出る。俺やソフィアは彼女と共に廊下に出て、魔族エーメルがいる部屋へと向かう。
「相手の様子はどうなんだ?」
「数度顔を合わせたことがあるのだが、その時とまったく変わっていない……つまり、いつもと同じ態度だ」
そこでクロワは大きくため息。
「正直、あの態度を見る限り何も考えずにここまで来たようだな……」
「ここからどうやって話をもっていくか、だよな」
「どうするかにしても、ビゼルにエーメルがここを訪れたことはバレていると考えていいからな。頭が痛くなる……」
そこについてはあえて言及しないまま、俺達は所定の部屋へと辿り着く。
クロワが先導する形で中へと入り、俺は部屋の中を確認。円形のテーブルがある小さめな会議室で、部屋の中にいたのは二人。片方はゼムンで、もう片方は窓際の席にいた。
「お二人が、陛下を滅した英雄と王女様か」
相手は足を机の上に投げ出すような格好になっている。で、そうしたコメントをした当該の魔族の表情は、笑みに染まっていた。
――首から下を革製みたいな鎧を身につけた女性の魔族。髪色は赤く、長さは肩をやや超える程度。それを一つにまとめて縛っているが、三つ編みなんかにはなっていない。
顔つきは……綺麗、と表現するには勇ましく、かといって武人とした気質を持ってはいるが、女性らしさも確実に存在する……どこか不思議な印象を与える魔族が、そこにはいた。
「はい、そうです」
やや間を置いてソフィアが返事をする。それに魔族――エーメルは笑みを浮かべ、
「魔王を破ったってことは、王女様は賢者の血筋か……ふむ、実を言うと賢者の末裔とは一度も戦ったことがないんだよねえ」
――俺達を眺め舌なめずりさえしそうな雰囲気。なんだか品定めされているような感じであんまりいい気はしないな。
「今日は別に挑戦状を叩きつけに来たわけではないだろう」
そうクロワは口を開いた。
「なんとなく予想できるが、一応確認しておく……何用でここに来た?」
「そっちの顔を見たかった。本気でビゼルと戦う気があるのか、この目で確認しておきたかったわけだ」
「書簡を送ったこと自体は、密かにという思惑があった。僕としてはビゼルに気取られないようにあなたと同盟を結ぶ……それが好ましかったわけだが」
「言いたいことはわかるよ。けどそれじゃあ正直、面白くない」
エーメルはなおも笑みを維持し、続ける。
「ビゼルを追い詰めるには、確かに私とそちらが手を組めば、いけるかもしれない……ただ不意打ちとかは微妙だな。だって私の活躍が減るわけだろ?」
――なるほど、確かに戦闘狂だな。
エーメルの基本的なスタンスは、とにかく正々堂々真正面から戦いたい、ということか。さらに言えば不利な戦況であった方が燃えるとか、あるいは逆転劇なんかを好むとか、そういう性格であるのは間違いない。
これなら話を上手く合わせれば協力関係を結ぶことはできそう……もっとも、魔族ビゼルにこの事態を知られるのは必定なので、正直プラマイゼロどころかたぶんマイナスである。まあ協力を取り付けないとさらなるマイナスなので、ここが頑張りどころか。
「エーメルとしては、最前線で戦い続けたいわけか」
クロワのコメント。それにエーメルは満面の笑み。
「なんだ、わかっているじゃないか」
「僕らの陣営にエーメルのような考え方をしている者は皆無だから、こちらとしてはそっちに敵が回って幸運、とでも思うくらいだが……」
「ならもし手を組んで戦うのなら、私が率先して斬り込んで構わないんだな?」
「それは今この場で、同盟を結ぶことに同意するという意思表示でいいのか?」
ここでエーメルが沈黙する。じっと見据えるクロワと彼女。俺とソフィア、ゼムンは事の推移を見守る以外になく、両者の言葉を待つ。
やがて、
「……私はビゼル自身と戦う気はない。アイツ自体は弱いからな」
エーメルが先に口を開いた。
「だから最終的な決着は、そっちがやればいい……私が興味あるのはアイツの護衛部隊」
「その護衛部隊こそ、僕らにとって最大の障害だ。それをそちらが倒してくれるのならば、非常にありがたい」
そこまで告げたわけだが、クロワはここでため息をつく。
「しかし、奇襲は一切できなくなった。正直これは戦力の少ないこちらとしては、あまり良い材料というわけではない」
「それに見合う働きをすればいいだけの話だろ?」
にこやかに――エーメルが述べる。
「護衛部隊に興味があって戦いたいわけだが……私としてはそこに辿り着くまでが心底面倒なんだよ。ビゼルは私の性格を知っているから、策を要して止めようとする」
……たぶんだけど、彼女の部隊はひたすら攻撃とか、そういうタイプなのかもしれない。だから搦め手に弱いと。
「クロワが協力してくれるのならその辺りも結構解消されるはずだし、私としてもメリットはある。それと、護衛部隊と刃を交わすことができるのなら、私は他のことに対して関心は持たないよ。例えばビゼルの処遇、あるいは」
一度彼女は言葉を切り、
「ビゼルが保有する領土、とかもね」
「……そうすると西部の大勢は俺が握ることになるわけだが、いいのか?」
「西部統一には私との勝負も必要不可欠だ。もしビゼルを倒したのなら、次は私とアンタが勝負をすることになる……それもまた、楽しそうだ」
ニヤリとなるエーメル……こちらが話を持ちかけずとも、こっちに有利な流れになっているな。
「私が保有する領地は無視できないくらいの規模だ。だからもし東部のアイツと戦う場合、どうしたって私の領地の力は必要になる」
「どちらにせよ、僕とあなたの戦いは避けられない……けれど、ビゼル打倒のためには協力すると」
「まあ正直気にくわないしねえ。色々ちょっかい掛けてくることもあるし」
ビゼル相手にストレスが溜まっている様子。これなら、楽に交渉もできるか――
「それにほら、ビゼルは力が弱いとはいえ並の魔族は超えている。そうした力を取り込んだアンタと戦った方が、楽しめそうだしな」
……結局、そこに行き着くわけか。
彼女がここに来たのはビゼル打倒の際、戦いたいヤツがいるためそれを邪魔立てされないようにする、って感じなのか。それとビゼルの力をも取り込もうとするクロワを見て、楽しめそうだと判断した。
まあこれなら話自体はすぐにまとまりそう……ただビゼルの領地に侵攻する場合、どうするのか。
「奇襲ができなくなった以上、新たに作戦を立てなければならない」
そうクロワは述べる。
「エーメル……そこについて案はあるのか?」
「普通に戦えばいいだけじゃないか?」
……ホントに脳筋キャラだな。当然クロワは脱力する。
「例えば挟撃するにしても、奇襲でなければビゼルに届く前に押し留められて終わる。兵力は向こうの方が多いからな。それではビゼルや護衛部隊とも戦えないんだ。エーメル、もう少しその辺りを考慮して動いてくれなければ――」
「それについては悪かったよ。だがまあ、時間についてはたっぷりある。話し合いといこうじゃないか」
――どうやら強制的に作戦会議が始まる様子。なんだかエーメルのペースに乗せられている気はするが……俺達はそれに同意し、改めて話し合いをすることになった。




