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賢者の剣  作者: 陽山純樹
魔王の庭

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迷惑千万

 それから数日は何事もなく――平穏無事に過ごすことができた。この間にアンジェとの親交も深め……というかソフィアにアンジェが懐いただけなのだが、ともかく仲が良くなったのは確か。

 そしてある時、俺とソフィアは城内を散歩している時に呼ばれた。エーメルとの交渉にはまだ早いから何か他に仕事でもあるのかとクロワがいる執務室を訪ねると、


「……どうした?」


 頭を抱える椅子に座る彼を目に留めて尋ねた。


「体調でも悪いのか?」

「正直、気分が悪くなりそうだ」


 何があったのか……少しばかり緊張を伴い言葉を待っていると、


「エーメルから返答があった」

「もう? ずいぶんと早いな。それで内容は――」

「こっちに来て話をすると、今この城に向かってきている」


 ……ん?


 俺は一瞬言われた意味がわからなくて、首を傾げた……そして、


「――は!?」

「甘く見ていた……あの脳筋魔族の馬鹿さ加減に」


 目が点になっている俺をよそにクロワは毒づいた。


「それ、拒否できないんですか?」


 ソフィアが問う。クロワは即座に首を横に振る。


「現在進行形で向かってきている。どうしようもない」


 ここでクロワは深いため息。


「ウィデルスが交渉に苦慮していたことが理解できる……まさかここまで馬鹿だとは……」


 魔王候補相手に言いたい放題なわけだが、気持ちはわかる。


 クロワはエーメルに密使を送り、どうするか尋ねたはずだ。内容は当然ながらビゼルを攻撃しないかという内容で、絶対にビゼルに気取られないように注意を払ったはず。

 その結果が、クロワの所へ来て話をする、である。当然魔王候補が動けば同じ魔王候補であるビゼルが気付かないわけはなく、秘密裏の交渉はこの時点で不可能となった。


「……ビゼルはこの動向を察しているだろうな」

「そこは絶対だろう……はあ」


 俺の言及にクロワはまたも深いため息。その顔はやってしまったという気持ちが溢れ出ている。


「……ウィデルスは、こんな無茶をするヤツでは手を組めないとやめたのかもしれないな」

「そうかもしれないな……で、どうするんだ?」

「ひとまず目的である話はしようか……」


 疲れた声でクロワは語る。なんというか、ご愁傷様としか言いようがない。

 まさかこんな形で会うことになるとは……ソフィアは一瞥すると、口元に手を当て何やら考え込んでいた。


「どうした?」

「いえ、これが仮に罠だとしたら、どういう可能性があるのかと思いまして」

「罠もくそも、ヤツは単独で来ると言っているからな。何も考えていないだろ」


 おいおい、マジかよ……こっちを警戒することもないのか?


「悪魔を利用してこちらへ来るだろうから……まあ伝令が届いたのがついさっきだから、数日くらいしたらこっちに来るだろう」

「……一応聞くけど、来るなという手紙を送るのは無理なのか?」

「文には書簡が来た直後に経つとかほざいているからな……」


 ああ、うん。それは無理だ。


「それで俺とソフィアを呼んだのは?」

「それに関連してだ。以前会議で話し合った内容が完全にパアになったため、どうするかを改めて協議したくてだな。ゼムンも交え時間を設けるから、二人もその話し合いに参加を――」


 そこまで言った時、部屋にノックの音が鳴り響いた。クロワが返事をすると、扉が開き魔族が駆け込んできた。


「き、急報です……!」

「敵襲か?」

「いえ、その……」


 魔族はどうしたものかと逡巡した後、


「ご、ご来客です……! その、魔族エーメルが――」


 ……は?


 あまりに唐突な展開にまたも俺は目を丸くする。ついでに言うとソフィアもまた面食らった感じだ。

 そしてクロワは……頭を抱えた。


「……あの野郎、手紙を送るのとほぼ同じ速度でここまで来たな」

「あ、あー……マジか……交渉どころかこっちがどうするとか、そういう会議開くのも無理か」


 さすがの俺も苦笑……クロワに心底同情する。

 交渉が通じないとか、たぶんそういう類いの相手ではない。話を聞こうとする意思はある――何せここに来たのだから。


 問題はこっちの都合をまったく考えない、ということである。


「クロワ、どうする?」

「どうする、と言われても来てしまったものは迎え入れるしかない……エーメルは現在どこにいる?」

「さすがに許可なく通ることは無理だとして、入口でお待ちしております。現在はゼムン殿が話をして、ひとまず中へ押し通ることだけは回避できております」

「クロワ、たぶんだけどゼムンさんが来なかったらここへ押し入っていたんじゃないか?」

「違いない」


 クロワは断言した後、魔族へ口を開いた。


「そうだな、まずは会議室で話をするので部屋も用意を。なおかつお茶の用意でもしてくれ。一通り迎え入れる準備を済ませた段階で通すようにゼムンへ言ってくれ……まあ、時間的な制約もあるだろうから、体裁を整えるくらいでいいぞ」

「はっ!」


 魔族は指示を受けて退出する。その後、額を押さえてクロワは嘆く。


「確かに事態は動き始めたが……ここまで阿呆な展開だと、何も言えなくなるな」


 そのうち、クロワの胃とかにダメージがありそうだな……そんなことを俺は他人事のように思う。


「あー、そうだな。ルオンさん、ソフィアさん、念のために一度アンジェの所へ戻ってくれないか」

「戻れって……何かあると思っているのか?」

「念のためだ。さすがにここまで馬鹿なことをするのは、完全にエーメルの独断だろう……仮にビゼルと手を組んでいるのなら、こんな無茶をやるとは思えないからな」


 クロワはここで立ち上がり、なおも続ける。


「だが、こちらを唖然とさせている間に……なんて可能性もゼロではない。ソフィアさんが警戒しているように。よって、準備が整うまでアンジェの傍にいてくれ」

「そうすると、俺達は会議に参加しないのか?」

「いや、準備が整ってから他の魔族を護衛に向かわせる……今はたぶん混乱していてそれどころではなさそうだし、ルオンさん達を戻した方が良い」


 一瞬それが狙いなのかと思ったが、この城内は侵入者がいれば即座にわかるような手はずになっている聞いたから、クロワとしても保険くらいの考えだろう。


「わかった。それじゃあ俺達は戻るとするよ」

「ああ、頼む」


 そうして俺達は部屋を退出……しかし、


「展開が早すぎるな……」

「まったくですね。これはエーメルの狙いなのでしょうか?」

「ここまで無茶をやればこっちが警戒するとわかっているだろうから、やり方としては愚策極まりないけどな……仮にビゼルと手を組んでいるのなら、彼女の性格はある程度反映させるにしても、こんなことまでして押し通そうとはしないだろ」

「確かに、敵としてはエーメルと交友を深めてくれた方が罠に掛けやすいわけですからね」

「そういうわけで、たぶんエーメルはウィデルスに代わる魔王候補の顔が見たくてここまで来た……しかも密使を寄越したっている大義名分もある。来る理由としては十分だったんだろ」

「密使の意味、なくなりましたけどね……」

「正直、クロワは怒ってもいいよな……」

「ですね……」


 今は怒りより脱力感が半端ないと思うが……しかし、これで交渉がどう転ぶかわからなくなってしまったぞ。

 クロワが蒔いた種により、どうやら事態はさらに混迷を極めることになったようだ……まあ彼自身、大層不本意な形の変化だとは思う。こちらとしては、物別れに終わるような展開にならないことを祈るしかなさそうだった。



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