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賢者の剣  作者: 陽山純樹
魔王の庭

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例外の存在

 さて、魔族エーメルとの交渉についてはクロワ達に任せるしかないので、俺とソフィアはウィデルスがいた城の中で過ごすことになったのだが……最大の問題は、魔族が俺達のことをどう見るのか。

 クロワなんかは「大丈夫だ」と太鼓判を押していたわけだが、正直それを鵜呑みにするのも……という感じではある。よって俺はサナクに話を聞くべくソフィアと共に行動していた。彼がこの城で魔族を統率していた存在なので、その彼に訊くのが手っ取り早いと思ったためだ。


 ただ、忙しそうならまた出直すのも……そんな風に思っていると、偶然廊下を歩いているところを発見。

 俺とソフィアは少し小走りになってサナクに近寄り話し掛ける。


「どうも、サナクさん」

「……ルオン様とソフィア様ですか。私にご用ですか?」

「ああ。俺達のことでちょっと」

「お二方に対し、城内にいる魔族が警戒しているのでは、と考えているのですね」


 心を読まれた。


「その懸念はもっともです。クロワ様が問題ないと仰っても、種族が違う故に迂闊に信じることはできないと」

「俺達が魔族と関係ないのなら、まだマシだったんだけど……あいにく俺達は魔王を倒した立役者だからな」

「そうですね、わかりました……話をしましょうか」


 彼は俺達を先導し……辿り着いたのは書斎のような部屋。


「魔王という存在がいる以上、あなた方と私達との間には、決定的な溝がある」


 そう語りながらサナクは本棚に近づく。


「その溝を埋めるのは容易なことではない……いえ、種族という隔たりがあることに加え、魔王が軍事侵攻を行った……動機があるにしても多くの人々の命を奪った事実は変わりがない以上、溝は埋めることができるにしても、大変な作業となるでしょう」


 語りながら彼は一冊の本を手に取った。


「また、どういうやり方で溝を埋めるにしても……さすがに侵略された人間側が歩み寄るというのはまず不可能でしょう」


 彼は俺達の近くにやって来て、傍らにあるテーブルに手に取った本を置いた。


「魔王が侵攻する以前なら……いや、それでも難しかったと思います。魔族が幾度かあなた方の世界で暴れている事実を考慮すれば」

「確かに、な」


 テーブルにある本に目を落とす。題名は『世界侵攻録』。


「この書物は、過去魔族があなた方の世界へ侵攻した結果について記したものです。小規模なものから、それこそあなた方の中で伝記といった体裁で語られているものまで、色々と」

「つまり、こうした本になるくらいに、魔族は俺達の世界へやって来て悪さをしていた、というわけか」

「そうです……これは決然とした事実。ですが、そうした者達だけではないということを、ご理解願いたい」


 ――俺はクロワと共に町を回った光景を思い出す。魔族の営みは、人間と何ら変わるものはなかった。


「互いの溝を埋めるには……まず私達が信用してもらわなければ話にならない」

「だが魔王が侵攻した事実を踏まえれば、人間側が話し合いに応じるかもわかりませんね」


 そう告げたのは、ソフィアだ。


「魔王という魔族の長が自ら率いた以上、あの侵攻は魔族……ひいては魔界全体の総意であると認識したはずです」

「まさしく……ですが和解をするのなら、根気よく話をする必要性がある。しかし魔族の中にはそうした歩み寄りに反対する者も出てくるでしょう。なおかつ人間側からも反発があるはず。仮に両者の関係が改善したとしても……それはきっと、何年どころか何百年という歳月が必要かもしれません」

「……俺達は生きていないな」

「そうですね」


 俺とソフィアは同時に息をつく……解決するにしても俺達ではどうしようもない。ソフィアなんかは将来女王になるわけだし、発言力などもあるだろうけど、仮に「魔族と交渉します」と言えば廷臣達が揃って反対するだろう。


「――私達としては、お二方の力が必要だとクロワ様が仰っている以上、それに従う意向です」


 彼は本を再度手に取ると、俺達に話し始めた。


「根本的に溝が深いのだとご理解してもらった上で、現時点で互いに溝を埋めるなどと悠長にしている場合でもありませんし、ここは仕方がありません……そこで、です。城の中で安心してお過ごし頂く手法として、クロワ様に一つ提案をしようかと思います」

「提案?」

「お二方になついている様子のアンジェ様とお過ごしになれば、こちらとしても物理的に手出しできない状態となる……なおかつあなた方がお過ごしになる部屋にはクロワ様他、特定の者以外入れないような障壁を形成する……この辺りでどうでしょうか」


 なるほど……アンジェをダシに使っている点は微妙だけど、まあそれで問題はなさそうかな?


「私はそれで構いませんよ」


 ソフィアは同意。俺も頷くと、サナクはニッコリと微笑み、


「では、クロワ様にそう提案させていただきます。クロワ様としてもアンジェ様をお守りする存在がいて、安心することでしょう」


 そう言ってから彼は本を棚に戻す。


「……溝は確かに埋まらないかもしれません。しかし、一つ……それを打破できるかもしれない存在が、います」

「クロワのことか?」

「はい。ウィデルス様の力を得た彼と話をして……彼は他の魔族と立ち位置が違うと感じました」


 サナクは一瞬遠い目をした。もしかするとその時――クロワと話をした際の光景を思い出しているのかもしれない。


「ルオン様達と手を組むことにしたのも、単純にアンジェ様の能力だけではないでしょう……領民を守るためという大きな前提はありますが、それを通し……何か、別の考えを持っているようにも感じます」

「別の考え……?」

「あなた方が『神隠し』によりここに来たことは聞いております……なおかつ他にも人がいることも。その辺りが関係しているのかもしれません」


 うーん……正直結びつかないんだけど……いや、クロワなりに人間を観察していて思うところがあった、ってことなのだろうか?


「ともあれ、クロワ様についてはおそらく他の魔族と価値観が異なります。それによって、アンジェ様の予言はあるにしろルオン様達と手を組むことを決意した……そんな風に私は思います」

「そうか……今回、その価値観によって戦いはどう動くと思う?」

「単純に戦うだけならあまり意味はないでしょう。ですが、クロワ様の価値観は魔族に対し武器になる可能性もゼロではないでしょう」


 武器、か……それがどういう意味合いの武器なのかは疑問だけど。


「そっか。ひとまずクロワは魔族の中でも例外、という解釈でいいのか?」

「そう思って頂いて構わないかと」


 ――サナクの話から、俺達は普通とは異なる魔族と協力し戦っていることが明確になったな。


「そういう存在が魔王になってもいいのか? 下手すると魔界に問題が生じる可能性も」

「どうなるかは私にもわかりません。クロワ様自身は魔界を無茶苦茶にする気はないようですが、魔王となった場合、他の魔族達がどう考えるのか……その価値観でも納得できるだけの何かが必要になるかもしれません」

「けれど、態度からサナクさんは裏切るようなことがなさそうだな」

「そうですね」


 ――どういう話をしたのかは知らない。だがクロワはどうやらサナクに対し信頼を得ていることは明確にわかる。

 彼を――ウィデルスを打ち破った彼の言葉に従うという事実は、クロワの説得がよほど上手かったということを意味していそうだ。価値観の違い……サナクの言うとおり、今後の戦いで大きな役割を果たすことになるかもしれない――


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