魔族の中の英雄
悪魔に乗り少しして、俺達はウィデルスの城へと辿り着く。そこは豪華絢爛――というわけではなく、重厚な城壁が存在する戦争をするための城だった。
「無骨ですね」
「元々機能性重視だったからな、ウィデルスの方針は」
そんな風にクロワは応じる。
「城門付近に下りよう」
彼はそう進言し、地上に到達。悪魔から下りて周囲を見回すと、ずいぶんと高い城壁が。
「守るには良い場所だな……もっとも、兵力があればの話だけど」
「サナクが守護しているから間違いはないだろう。ただウィデルスが倒れてしまったため、城内の魔法などについて調整しなければならないらしいが」
「調整?」
こちらの疑問にクロワは説明を行う。
「悪魔は空を飛ぶため、堅牢な城壁を備えるだけでは意味がない。悪魔の侵入を防御する障壁や、対空魔法の構築……それをしなければ城塞の効果も半減だ」
なるほど、人間が作る城よりも工夫がいるってことか。
「それらの言わば防衛システムについては、城主であったウィデルスが管理していた。その力を得た僕ならば使える……と言いたいところだが、残念ながらできないらしい」
「だから、その権限委譲をするのに時間が掛かると?」
「そういうことだ……さて」
クロワが先導する形で城門を抜ける。すると城への入口前に、人影があった。
「……あれがエルアスだ」
クロワは俺達へ告げながら相手に近づいていく……相手もこちらに気付いて体を向け、対面する――
「新たな城主のお出ましだな」
第一印象は、勇者――そう呼称しても差し支えないほどの、明るいオーラを持った御仁。
肩に届くくらいに伸ばされた金髪が風に揺られさらさらとなびく。さらにこちらへ向ける表情は笑顔でなおかつ爽やか。もし元の世界で遭遇していたら、絶対に魔族であるとは気付かないだろう。
装備についても綺麗な鉄鎧……とはいっても重装備というわけではなく、最低限急所を守るような役割を持っている程度。もし綺麗な全身甲冑を身にまとっていたら騎士だと呼称したことだろう――それも頭に「聖」という文字がつく、騎士である。
つまりそれだけ魔族とはかけ離れた印象を受ける存在だった。
もしかすると負のイメージがつきまとう魔族でも、ああいったクリーンな感じの見た目の方が支持を受けるのかもしれない……まあこれは当たり前と言えば当たり前か。
「是非新たな城主と話がしたくてね」
「ずいぶんと情報が早いな」
クロワは言う。それにエルアスはニコリとして、
「常に情報収集は怠らない。特に魔王候補に関する者達のことは」
そこで彼は俺やソフィアに目を向けた。
「二人のことも把握しているよ。先代魔王を打ち破った若き英雄と王女」
「……あなたとしては、私達がいることについてどのようにお考えですか?」
ソフィアが問うと、エルアスは肩をすくめ、
「先代魔王のことについて、私がとやかく言える立場ではない……その理由について不明な部分が多いからな。ただ私情的なものを挟むとすれば、陛下を倒した二人のことについて、多少なりとも引っ掛かる部分はある」
そうエルアスは述べる……まあ当然か。
「無論、仕掛けたのは陛下であることは重々承知しているよ。ただ私としては敬愛していた魔王が滅んでしまったことについては、ひどく残念に思っている」
……おそらくエルアスが語る内容が、魔界で暮らす魔族達の主な見解だと捉えていいだろう。そうした中で俺達はクロワと手を組み戦っていくわけだが――
「今回ここを訪れたのには、話し合いをしたかった」
「話し合い?」
「魔王候補たるもの、この魔界をどうしていくのか……それを考えなければならない。魔王となるべく活動をしているのであれば、当然そのビジョンが今からでも明確になっているはずだ」
……俺はクロワへ視線を移し、言葉を待つことにする。
「そして何より、人間……それも魔王を滅した存在と手を組んでまで、魔王になろうとしているのは何故だ? おそらく二人と協力するようになったのは妹君のアンジェの予言能力だろう。だがそうやって戦っていくことを決意したのには、明瞭な理由があるのか?」
「……僕自身、その辺りの答えをすぐに提示できる立場にはない」
まずクロワはそう切り出した。
「そもそも僕は領民を救うために、戦う道を選んだ……魔王候補になったのも、必要に迫られた面が大きい」
「力を得るため、か?」
「そうだ」
「ならばその先に何がある? それが明確になっていなければ、私としては君を全力で排除せねばならなくなる……魔界を無茶苦茶にするわけにはいかないからな」
「――それは、もしあなたと直接対決できた時に、話そう」
返答と共にエルアスを射抜くクロワの視線は、強い決意を秘めていた。
「答えは、ある……いや、答えとなるものを見出そうとしていると言えばいいか。しかしそれは口だけでは意味を成さない。実際に僕自身で示した上で、あなたに伝える。それがもっとも良い形だろう」
「わかった。いいだろう。ならば西部一帯を支配した時、答えを聞きに行くとしよう」
エルアスは明瞭に告げると歩き出した。俺達の横を抜け、ゆっくりとした歩調で出口へと向かって行く。
俺達は全員彼の後ろ姿を見送り……やがて、エルアスは一度立ち止まった。
「西部に居を構える魔族はまだ二人残っている……君が易々と勝てるほど甘い相手ではないぞ」
「わかっているさ」
クロワが返答した後、彼は立ち去った。
沈黙が周囲に生じる。やがて最初に声を発したのは、ソフィアだった。
「立ち振る舞いだけだと、英雄という言葉が似合いますね」
「実際、東部では英雄だ」
クロワは断言する。
「魔王が滅び、混迷を極めていた魔界において、エルアスは時に武力で、時に交渉術で、味方を加えついに東部一帯を支配した。民からすれば自分達を救ってくれた、まさしく救世主」
「魔族の中の英雄、ってことか」
こちらの言葉にクロワは頷いた。
ふむ、そうした存在を真正面から打ち砕くだけでは、魔王となるために十分ではない気がする。東部一帯は彼が掌握し、また人望も得ているようだし、東部の魔族達を納得させるだけの何かがいるだろう。
そして、彼を相手にするのか……正直、クロワと比較しても力の大きさや存在感、カリスマ性とか……その全てにおいて上回っているような気がする。
「考えていることはわかるよ」
クロワが口を開く。
「僕自身、魔王という肩書きを背負うにはまだまだ力量が足らない……間違いなく、魔王最有力候補はエルアスだ」
「でも、彼に勝たなければならない……しかも、そう遠くないうちに戦うわけだろ?」
「おそらくそうなる……また、その時において彼の質問の答えもしっかり明示しなければならない」
「どうするんだ?」
問い掛けにクロワは笑みを浮かべ、
「僕なりの回答はおぼろげながら浮かんでいる……だが、それを成すには足りないものが多すぎる」
「そのうちの一つが、勢力拡大か?」
「そう解釈してもらって構わない」
「なら、こちらはできる限り協力するだけだな」
エルアス自身、こちらを見てそれほど感情を表に出さなかったが……面白く無さそうな気配はあった。
クロワはアンジェの予言に絡んでいることもあるが、俺達に対する感情面が他の魔族と大きく違うだろう。この価値観の違いが、果たして吉と出るか凶と出るか。
一つ確実なこととしては、エルアスと協力しても帰れる可能性は低いだろうということ。厄介者として、あるいはクロワの見方だから魔界から放り出す可能性もあるが……こちらに攻撃を仕掛けてくる可能性も否定できないから、さすがにやるべきじゃないな。
「ああ、頼むよ」
こちらの言葉にクロワは答える……ともかく話は終わった。次の戦いに移るとしよう――




