頼み
大きな戦いも終わった以上、ひとまず戻る……と俺は思っていたのだが、クロワはウィデルスの領地に入ることを選択した。
「ウィデルスが滅んだことは戦っていない配下にすぐ認識されることだろう……場合によっては復讐すべくこちらへ突き進んでくる恐れもある」
「だから、ここで前に出るのか?」
「民の安全を確保しなければならない。そのためにはウィデルスの配下や領地についての状況を確認する必要がある……時間が経てば襲撃があるかもしれないからな」
「可能性は低いでしょうが」
その言葉は、ゼムンからのものだった。
「ただ、主人がいなくなった領地がどうなるのかについては、早めに確かめねばなりません。ウィデルスの力を得たクロワ様を認めるのか、あるいは別の者が領地を得るのか、そこは早期に確認しなければ」
「魔王候補同士の戦いで、その辺りのルールはないのか?」
尋ねるとクロワは首を左右に振った。
「基本的に領地については取りざたされていない……以前の魔界はよりシンプルで、主を倒せばその者が新たな主となるという形だったからな」
「殺伐としているな……」
「確かに。ただ魔王が復活した時、その辺りも変化した」
「どういうことだ?」
「魔王自身、同族同士で争ってほしくないという考えだからな。無闇に領地を確保するような戦争を引き起こすことを自重させた」
「とはいえ元来好戦的な魔族だ。魔王が止めても動く存在は多かったんじゃないか?」
「そうだな……しかし表向き、動きが止まったのは事実だ」
……魔王がどれほどの存在なのかが如実にわかるエピソードだな。なおかつ現在はその魔王と幹部がいなくなったことによる反動であるのも理解できる。
「話を戻そう。領地の奪い合いについて特段ルールはない……が、基本的に領民は新たな主を受け入れそれに従うような形にはなっている」
「力こそが全て、ってことか……」
「いや、そうとも限らない。魔族の中にも人望的なものはあるからな。同胞を殺めることで恨みを買い、袋だたきにされるようなケースもある」
なるほど、ただ武力で征服すればいいってものでもないのか。
「実際、東部一帯を支配する魔族はこの形だ」
「つまり、他の魔族から多大な支持を受けていると」
「そういうことになる。結果的に東部全域まで支配を伸ばした」
「魔王となるための最大の障害か……クロワが仮に西部一帯を支配したとして、そこから挑むにしても勝算はあるのか?」
「ウィデルスの力を手に入れたこともあるし、現状でも僕の力で刃が届くと思う……が、これはあくまで現時点で得られた情報からの考察だ。予測が甘く、実際は手も足も出ない可能性もある」
「東部全域を支配するだけの魔族だ。相応に強いってことか」
「そうだな。そうした力に加え、人望も併せ持っている。その相手に勝つためには……まず、力をつけなければならないと僕は思っている」
まさしく最大の敵だな……。
「強さで上回るだけで、勝ったことになるのですか?」
ふいにソフィアが口を開いた――その目はどこか、従者としての立場ではなく、王女という立場で物を言っているように感じた。統治や支配といった事柄についてだからか。
「話を聞く限り、例え勝利しても東部の魔族達が納得するとは思えませんが……」
「武力も必要だが、あとは僕に魔族達を率いるだけの素質があるかどうか、だな」
クロワは淡々と述べる……彼は小さいながら領土を持ち、領民のことを考えて行動しているような存在だ。人望という観点から、決して悪いようには思えない。
「決戦の前に、東部の魔族と話をする機会もあるだろう。そこで僕がどういう思いで魔界を支配すべく動いているのか……その辺りをきちんと示さなければ、納得はしないだろうな」
「何か手は浮かんでいるのか?」
「いや、僕自身はこれから民に訴えかけ、道を示していくことしか――」
その時、クロワの言葉が止まった。何事かと見守っていると、その視線や俺やソフィアに向けられた。
「どうした?」
「……そうか、この手もあるのか」
唐突に呟く。こちらが首を傾げていると、彼は、
「二人とも、僕としては決戦よりも先に帰還できる手法を作成すると述べたが……そちらを優先し、なおかつ頼みがある」
「頼み?」
「ああ……とはいえこれはそういう状況になったら、話すことにしよう。僕が西部一帯を背負うようなことになった時、状況が変わっているかもしれないから」
……頼み、か。俺はそれが何なのか少し考えたが、結局答えは出ず歩みを進めることにする。
それ以降会話は途切れ、俺達はひたすら平原を歩む。ウィデルスが保有していた領内に入り込んでいるのだが、今のところ異常はない。
「なあクロワ、もしウィデルスの部下で敵対するようなことになったら、どうするんだ?」
「まずは交渉から始める。僕自身ウィデルスの力を手にしている以上、無碍にはできないはず」
「それが決裂したら……」
俺は後方を見やる。ゼムンを始めとした面々がついてきているのだが、さすがに大きな戦いの後ということで疲労の色もある。
先ほどの戦いは俺とソフィアの融合魔法により軍を混乱させ、大将を討ち取るという奇襲だった。けれどもし敵が弔い合戦のような形で戦いを仕掛けてきたら……真正面からの激突になるだろう。少数であるこちらには不利……というか勝ち目は薄い。
「危険があるのは重々承知している」
クロワは俺の言葉に対し返答。
「だが、確認しなければならない……領民をこれ以上犠牲にしないためには」
……きっと彼の胸中には崩壊していく町や城のことがよみがえっているのだろう。あの惨状を目の当たりにして、犠牲をできるだけ少なくするという考えに至ってもおかしくはない。
クロワにとって民を犠牲にするってことがトラウマに近い心情になっているのかもしれない……今後戦いを進めていく中で、弱点ともなり得る部分だ。そこはゼムンを始めとした面々がフォローしなければならないだろうな。
そうした考えに至った時――俺は上空に影を見つけた。最初鳥なのかと思ったが、それがどうやら悪魔みたいで、
「クロワ、あれは偵察か?」
「おそらくそうだ……ウィデルスの力を感じ、やって来たのだろう」
そう彼が応じた直後、前方に人影を発見した。距離があるためどういう存在なのかわからないが、数は複数。とはいえ軍勢を成すような数ではない。
「お出ましみたいだけど……」
「ひとまず攻撃するようなつもりはなさそうだな。話し合いを優先か」
クロワが呟く。人数が少ないから、そういう推測をしたみたいだな。
「ルオン様、私達はどうしましょうか?」
ソフィアが問う。あー、そうか。人間の俺達が一緒に同行するのは、事情を知らない魔族からしたら――
「いや、隣にいてくれ」
けれどクロワの答えは予想外のものだった。
「今後も僕は二人と手を組み戦っていくことになる……さすがに大多数の魔族を前にして話をするのはまだまずいが、今回顔を合わせることになるのはおそらくウィデルスの側近。そういった存在には納得してもらうべきだ」
そうは言うが、果たして大丈夫なのか……疑問に思いながらも俺は彼の言葉に従い、歩を進め……やがて、魔族と対面した。




