魔王候補
「これで、一つか」
消えていくウィデルスを眺めながらクロワは声を発する――その言葉の意味は、魔王候補の一角を倒した、ということだろう。
とはいえまだ戦いは終わっていない。ウィデルスを倒したからといって周囲の悪魔が消えたわけではない。
なおかつ、彼が従えていた魔族も退く気配はない……それどころか主君を倒したクロワへ挑もうとする気配すらある。
ここは俺が……足を前に出そうとした時、クロワがそれを止めた。
「僕がやろう」
戦いが終わった直後なのに……? そう疑問を呈そうとした矢先、俺は一つ気付く。
彼の魔力が、戦いの時と比べてさらに高まっている。これは一体……?
「……魔王候補といっても、一概に誰でもなれるわけではありません」
そこで俺に話し掛けてきたのは、ゼムンだった。
「とある条件を下に、この戦いは繰り広げられております」
「条件……?」
「魔王となるためには、この魔界に存在する特殊な契約術を行使します。その術を使った者同士は術を使ったと認識でき、倒すべき相手だと認識できます。その契約術も様々な資源や条件などを経て行われるもの……術を使える時点で、城を保有しているような、言わば領地を保有する者に限定されます」
「候補となるためには、それなりに資格がいるってことか」
「はい。そしてここからが重要なのですが――契約術を行使した者同士が戦い、勝敗が決まると、敗者は勝者に力を譲ることとなります」
「……譲る?」
「契約術の説明にはそう記されているのですが、悪く言えば契約術の使用者同士で力を奪い合うことになるのです」
――ああ、なるほど。俺は合点がいった。クロワが開戦前に言っていたことは、これだったのか。
「とはいえ、契約術自体魔王候補となろうとする者が独自に構築するため、中には契約術を行使しているにも関わらず力を奪えないという可能性もあります」
「だから戦う前に色々言っていたわけだ……で、クロワの魔力が現在高まっている。これはつまり――」
魔族がクロワへ迫る。それに対し彼は、剣を一閃した。
すると――豪快な横薙ぎが魔族達へ決まり、迫ってきた者を例外なく吹き飛ばした。さらに剣風が衝撃波となり、前方にいる悪魔達を一切合切吹っ飛ばす……!
「ウィデルスの力を奪うことに、成功したと」
「そういうことになりますね」
なるほど、な……魔王となるべく戦っている間に、自然と強くなれるわけだ。
しかもクロワの身体強化は、魔力が高まったことでさらに強力になる……ウィデルスの能力が魔王候補の中でどの程度なのか判然としないが、それでも一角を担っていた以上は相応の力を持っていたはず。素の力で対抗できていたクロワが魔力を得て一回りも二回りも強くなれば、十分魔王となるために戦い抜くことは可能だろう。
ただ、ここで一つ懸念が……これからさらに力を得ていくことになるクロワに対し、俺達はどう応じるべきか。信用していないわけじゃないけど、突然「力を得たからお前は用済みだ」とか言われる可能性もゼロではない。
ソフィアも同じことを考えているのか、じっとクロワの戦いぶりを見据え何事か思案している。さて、どうすべきか――
「ルオン殿達が懸念すること、私も理解できます」
そこで、ゼムンがまたも口を開いた。
「ですが、あなた方がいなければ、絶対にクロワ様が魔王になることはできない……そして私達はクロワ様が魔王となるべく邁進する所存です。あなた方が信用できるよう、全力で取り組まさせていただきます」
……ずいぶんと力強い言葉。というか俺やソフィアがいなければ無理というのは、どういう理由だ?
「クロワの力が増すだけでは、まだ足りないと?」
「はい……それについてはこの戦いが終わった後、話をしましょう」
そうゼムンが語る間にも敵がクロワの手によって駆逐されていく……奪い取った力を存分に発揮し、ウィデルスの残党が敵ではないのだと認識できる。
もし敵に回れば脅威ではあるが……その力は頼もしくもある。そんな風に考えつつ、俺は彼に加勢するべく足を前に出した。
戦いはそれからおよそ一時間ほどで終わった。ウィデルスが消えても悪魔は消えず、その対処に追われたわけだが……時間が経つごとに悪魔がバラバラに散らばり始めたので、少しばかり苦労した。
「とりあえず、こんなところか……」
戦いが終わった平原を見回し、俺は呟く。
今は魔族達が他に敵がいないかを見回っている最中。俺とソフィアは待機していたアンジェと合流し、平原で待っている状況。そしてゼムンと何事か話をしていたクロワは、やがてこちらに近づいてきた。
「まず、礼を言おう……こうして力を手に入れることができたのは、二人のおかげだ」
「俺達としても打算的に協力している面もあるし、お互い様だよ」
「そうか……さて、力を得るということについては、戦う前不確定な要素であったため口にはしなかったが、今回僕の力の増加を目の当たりにしてルールを理解したはずだ」
「そうだな……俺達としては懸念がないこともない」
率直な感想を述べると、クロワは「そうだろう」と頷いた。
「いずれ僕が二人に牙をむくかもしれない、と」
「ゼムンさんの話ではそうならないってことだが」
「そうだ。魔界の東部を支配する存在……おそらくそいつのと決戦が、最後の戦いになるだろう。その相手に対しては、二人の協力が必要不可欠だ」
「何か理由があるのか?」
「現段階で東部一帯を支配しているという事実でその力の大きさも認識できるはずだが……その魔族を取り巻く魔族達もまた、精鋭揃い」
「つまり、俺達の力がなければ対処できない、と」
「恥ずかしい限りだが」
「だが、その魔族を倒した以降はどうなる……って、ここまで警戒されるのは不服かもしれないが」
「慎重になるのは仕方がないと僕は思う……ただそれを払拭する手段は浮かんでいる」
「それは?」
聞き返すとクロワは一度言葉を切り、
「まず、最果ての村にいる面々……交渉の際に話したが、彼らに対し送還の手はずを整えるという条件を提示した。彼らの存在が足かせになっているのは事実だろう?」
……正直言い方は悪いが、まあ確かにそういう面もある。
「ああ、そうだな」
「ならば少し方針を変更しよう。魔界から脱する条件についてだが、これは基本魔王にならなければできない……が、魔王の配下である『守人』を味方につければそれも不可能ではない」
「守人?」
「魔王の城を守護する存在……かつ、魔王の側近をやっていた魔族だ。大陸を襲撃した際に待機を命じられ、現在も魔王城にいる。もし僕が魔王候補を破れば、守人が次の魔王であると公表することで、晴れて魔王として魔界に立つことができる」
「つまり、その守人をなんとかすれば帰れるのか?」
「おそらく……そこで、だ。交渉時とは違う形にしよう。間違いなく魔王候補同士の戦いは、東部一帯を支配する魔族との決戦で最後になる。それまでに、魔界を脱する手段を確保。ひいては村の者達を返す手はずを整える」
なるほど、決戦前に手順を整えることを優先するってことか。
「戦いがどのように進んでいくかは不明瞭だが、東部にいる魔族と決戦する前にあなた方の要求については叶える……そしてあなた方の協力者と合流することができれば、僕が力を持とうとも対策を立てられるだろ?」
つまり警戒するのは仕方がないので、それに応じることのできる対策を整える準備を決戦前にする、って話だな。
「そうすると今度はあなた方が魔界を脱し戻ってこないという可能性が出てくるが、そこについては僕達が最後まで戦ってくれるように信頼を得るべく努力する」
……個人的にクロワは好戦的ではないし、少なくとも人間に戦争を仕掛けるようには見えない。そういう意味では彼が魔王になった方が人間側としてもよさそうだが……ま、ここについては今後彼の動向を観察するか。
「わかった……ソフィア、それでいいか?」
「はい」
「ならクロワ、そういう形で頼むよ」
「ああ」
頷くクロワ――力を手に入れ、大きな自信を得た魔族の姿がそこにはあった。




