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賢者の剣  作者: 陽山純樹
魔王の庭

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魔族への提案

「結論から言いますと、次にここへ襲い掛かってくるのは四つ存在する有力な魔王候補の一角です」


 ……どうやら次の戦いは、早速大きな山場を迎えるらしい。


「現状、悪魔の生成などについても進めていますが、間違いなくこちらの準備は整いません」

「その状況下で、交戦か……相手は?」


 クロワの質問にゼムンは目を落とし、地図の一点を指し示した。

 魔界の地図は四つに色分けされている。大ざっぱに言うと魔界の東部一帯を制圧する勢力に、魔界の北西、中西部、南西を勢力に置く勢力に分かれている。ゼムンが指で示したのは、南西部だ。


「相手はウィデルス……現在ヤツは居を構える南西部の足固めをしております」

「その一環としてここに来るというわけか……ウィデルス自身が来ると思うか?」

「偵察によれば、こちらへ向かっていると。南西部で城を構えていた魔族で、まだ城主が消滅もしくは降伏していないのはクロワ様だけです。足固めをしている以上、クロワ様の姿を確認した上で決着をつけたいようですね」

「どのくらいで到着する」

「およそ三日ほどで」


 本当に時間がないな……。


「三日以内の軍備を整えることはまず不可能……できることは精々可能な限り悪魔を生成するくらいでしょう」

「こちらの居所はバレているのか?」

「現段階でクロワ様のご領地に進軍しているだけで、こちらの動きを把握しているかは不明ですが……わからないのならばわからないで動くでしょう」

「……ウィデルスは僕の考えを知っている。ならばやることは一つだな」


 俺はクロワへ視線を注ぐ。そこで彼もこちらに気付き、


「僕自身、領内にいる民にできる限り犠牲は出したくない。そういう考えをウィデルスもよくわかっている」

「つまり、居所がわからないのならば手当たり次第町や村へ襲い掛かってクロワをおびき出すってことか……」


 クロワは頷く。なるほど、面倒な相手だ。


「もし犠牲をゼロにするというのなら――」

「こちらから迎え撃つ。まだ僕らの領内に入ってはいないようだから、それより先に僕が顔を出す」

「とはいえ、領地の境へ行き準備をするには一日は掛かります」


 そこでゼムンが語り始める。


「つまり、準備期間は二日足らず……ただここにいる者は少数にしろ、悪魔生成以外にもやることはありますし、実質兵を増やすのに使える時間は一日と少々でしょう」

「焼け石に水、ってところだな」


 こちらの言葉にゼムンは頷いた。


「対するウィデルスの兵力は、少なくとも軍を成して来ることは確定です」

「多勢に無勢……ふむ、奇襲とかなら通用するか?」

「こちらに打てる策はそれしかないでしょう。もっとも、領地の境は平原であるため、奇襲しようにも隠れることが難しい。それより北にある山間部で襲撃することは可能ですが、時間も必要でありなおかつ敵の領地に踏み込むため気付かれるでしょうな」

「領地に踏み込むと、魔法か何かで敵が来たことを感知できる……とか?」


 こちらの質問にゼムンは首肯。


「ええ。そういう魔法が戦乱が巻き起こって以降存在しております」


 八方塞がりって感じだな……仮に奇襲など策で応じようとする場合は、領地の奥へ踏み込んだ際……つまりこちらに地の利がある場所ってことになるわけだが、その前にウィデルスは町や村を襲うだろう。

 現実的に勝つためにはそれしかないわけだけど、心情的には難しい……それでもゼムン達はそういう策を用いるべくクロワを説得しようとするだろうな。


「……僕は、勝ちたい」


 クロワは地図に目を落とし、そう呟く。


「正面から戦って勝てるような状況ではない……だから策を用いウィデルスを討たなければならないことはわかっている……けれど同時に、領民を守る義務が僕にはある」


 ……玉座に座る者としては、策と領民天秤に掛けるのは難しい、か。


 とはいえ、現状を考えると家臣が優先すべきは領民よりもクロワだろうな。このまま正面から挑んでも負けるのは必定。領民はできる限り避難してもらい……とはいうもののたった三日でできることはたかがしれている。


「……最悪な状況なわけだが、そうした中で俺達はどう動くんだ?」


 こちらが問い掛けると、ゼムンは目を合わせた。


「奇襲を行い、ウィデルスへ仕掛ける際にクロワ様の露払いをやってもらいたいのです」

「……敵陣の中に突っ込む以上、耐え続けるにしてもどのくらいの時間が必要だ?」

「そう長くは掛からないでしょう。私達と協力し対処するため、負担はそう多くはないかと」


 奇襲の策を確実に成功させるための、駄目押しってことか。


「もう一つ質問が」


 ここでソフィアが口を開く。


「仮に奇襲にウィデルスを討ち取ったとしましょう。その後、悪魔達は動きを止めるのですか? それとも統制がとれなくなって暴れ出す?」

「後者でしょう。悪魔はその全てがウィデルスの指令を受けるように生成されている……言ってみれば見た目は悪魔ですが、実際は人形のようなもの。もし操り束ねるウィデルスが倒れたとなれば、悪魔達は……離散し、場合によっては周囲に被害をもたらすことになります」

「ということは、どういうやり方にせよ悪魔達を滅ぼさなければ戦いは終わらないと」

「その通りです」


 個人的にはそっちの方が大変そうだけど……口には出さない。ゼムン達もそれは理解していることだろう。

 ふむ、これはかなり大変な戦いだな。城下町が滅んでいることから劣勢なのはわかっていたが、絶対的に兵力が足りない。


 ただ……俺はソフィアと目を合わせる。それに対し彼女はこちらの意図をくみ取ったのか、静かに頷いた。


「……ゼムンさん、敵の悪魔などに関する情報などは持っているか?」

「そこは動きを観察している悪魔から得ることはできますが」

「そうか。なら次の質問。悪魔が人間で言うところの一般的な兵士ってことでいいんだよな?」

「間違いありません」

「その能力がどの程度か……例えば、ゼムンさん達が保有する悪魔の生成能力で再現とかはできるのか?」

「……可能ですが、何をする気ですか?」


 ゼムンの問い掛けに俺は何も答えない……ふむ、ならば、


「質問に質問で返すんだけど……具体的な数は?」

「全軍合わせて一千ほど。ただし悪魔の能力は人間の兵士よりも上だと考えてください」


 実際の能力は人間換算で数千から、下手したら万ってところか? ただこれなら――


「ゼムンさん、俺達がそうした悪魔にどの程度対抗できるのかをまずは確認したい」

「……何か策が?」

「まあ、ね。ただしこのやり方はかなり荒っぽいし、俺達がずいぶんと目立つ。残る問題は暴れた結果、俺達のことが認知されて厄介なことにならないか、ってことだが……」

「そこは上手くやる」


 クロワが言う。俺達が暴れても情報統制するってことでいいのかな。


「わかった。なら早速検証に入らせてくれ……もしそれで良い結果が出たら、一つ提案したい」


 そう言ってから、俺は肩をすくめた。


「もっとも、こっちが言う手法も相当無茶をするってことは理解してほしい……それじゃあ、頼むよ――」


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