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賢者の剣  作者: 陽山純樹
魔王の庭

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魔界の成り立ち

 崩壊した城からトラブルもなく麓の森まで来ることはできたが……魔界の情勢がわからないので、いつ何時敵が襲ってくるかもわからない。注意しなければ。


「こっちだ」


 考えている間に、獣道の中をクロワは迷うことなく先導していく……彼の後方をアンジェが追随し、俺とソフィアは二人の後方をついていく。

 しばらく無言で進んでいたのだが……ふいにアンジェが草むらに足を取られた。


「わっ」


 危うくこけそうになるところで、ソフィアが彼女を支える。


「大丈夫ですか?」

「……うん。ありがとう」

「ごめん、アンジェ」


 クロワが申し訳なさそうに告げる……森に入ってから少し気配が硬くなったか。

 隠れ家に近づき、家臣達は無事なのか改めて不安に思ったのかもしれない。あるいはこれから始まる戦いに思いを馳せたか。どういう理由にせよ城にいた時と違い緊張しているのがわかる。


 とはいえ、こちらとしては「肩の力を抜こう」とは言いにくいな……そもそも彼と知り合ってばかりだし、俺やソフィアに伝えていない何かで緊張しているのかもしれないし。


「クロワさん、進みましょう」


 アンジェが体勢を立て直してからソフィアが告げる。クロワは頷き再び前を向いた。

 そして再び移動が始まる……のだが、沈黙がやや重い。


 話でもして気を紛らわせるべきなのかなあ……などと思っていると、


「……今でなくてもいいんだが」


 クロワがふいに話し掛けてきた。


「もし良ければ、あなた方がどういう旅をしてきたのか、教えてくれないか

「構わないけど、知りたい理由があるのか?」

「単純に興味がある……そもそもなぜ『神』に挑もうとしているのか」

「……まあ、いずれ、だな」


 いずれ――彼と信頼関係を結んでから、かな。

 そんなことを考えながら俺達は森をひたすら進んでいたのだが……やがて抜けた。そして見えたのは山から流れる川と、岩肌。ただ山へ向かう方角も木々で埋め尽くされており、天然の要塞といった感じだった。


「……ここが魔界だと理解した時から、思っていたんですが」


 と、ソフィアが口を開く。


「想像していたものとはかけ離れていますね……このような大自然が広がっているとは思いませんでした」

「この自然には理由がある」


 と、クロワは語り始めた。


「こうした自然や地形などは魔界本来のものではなく、あなた方が暮らす世界から、移送してきたと言われている」

「大陸を、移送……!?」


 ソフィアが驚愕の声を発した。ふむ、俺も内心ちょっとびっくりしたが……ここで一つ質問。


「つまり、元々あった大陸を根こそぎこの場所へ移したってことか?」

「根こそぎ、とは違うな。陸地の一部分を切り取りこの世界に移送し、そこから魔王自らの力で陸地を増やしていった……こうして広がる木々などは、元々魔王が移送してきた陸地に自生していたものだ」

「なるほど。ただ陸地まで創造したっていうのは無茶苦茶だな……」


 改めて魔王がとんでもない力の持ち主であったと認識する。


「それに、なんだか不思議だな。仲間である魔族のためとはいえ、自らの力でこの空間を創造したっていうのは……」

「確かに」


 ソフィアが同意する。


「私達が魔王や魔族に対し持っているイメージは、破壊と荒廃……すなわち世界を破壊し尽くす方に向いていると思っていましたから」

「こうして大陸の一部を切り取ったことについても、何かしら理由があるみたいだな」


 クロワが言う。俺はそれに首を傾げ、


「根拠はあるのか?」

「断定できるわけではないが、この魔界の元となった大陸は当時争乱が巻き起こっていたようだ……結果として人間達の国が滅び、魔王が一部分を召し上げたと」

「その戦乱が魔王の仕業ってことじゃないのか?」

「違うらしい……ただその点については魔王側からの文献しか存在していないため、真実は別のところにあるのかもしれない」

「もし本当だったとしたら、何か事情があるってことなのか?」

「かもしれない」


 うーん、この大陸の成り立ちも気になるな……とはいえそれは賢者や神と関係はないのかな?


「もし機会があれば、その辺り調べてみるか? 過去この大陸に文明を築いていた証拠……遺跡もあるからな」

「ああ、お願いするよ……それで山が近くなったけど、家臣との連絡手段については……」

「もうすぐ到着する」


 クロワは川沿いを歩き出す。俺達はそれに追随し、しばし彼の行動を眺めることになる。

 少しすると、大きな岩が川岸に存在していた。クロワはその近くへ赴くと、何やら岩を触り始めた。


「確か、これに手を当てて……」


 呟きながらしばし作業。やがて彼の手のひらから魔力が発せられた。岩に触れながら何かすると、隠れ家と連絡をとることができるってことかな?

 さて、どうなる……俺はソフィアに目配せした。彼女は即座に頷く。クロワは大丈夫だと言っていたが、家臣が俺と彼女にどういう反応するのかは未知数。よって応戦できるような態勢には入っておく。


 少しして……山の方から物音がした。次いで何やら声……いや、雄叫び?


「今のってもしかして……悪魔か?」

「家臣が率いる悪魔だろう」

「……確認だけど、大丈夫なんだよな?」

「ああ、無論だ」


 自信ありげだけど、果たして――それから程なくして、上空に翼を広げた悪魔がやってくる。結構大型であり、一度上空を旋回した後……人影のようなものが――飛び降りた。


「へ?」


 思わず呟く。同時、飛来してきた存在が着地して盛大な音を上げた。

 それは、黒い鎧を着た……老将、とでも言えばいいだろうか? 白髪の騎士であり、精悍な顔つきは武人としての気配をはっきりと漂わせている。


「……クロワ様」

「ああ、ゼムン。無事だったか」


 クロワが呼び掛けると、騎士――ゼムンは跪いた。


「ご無事で何よりです……どうやら危機は去ったようで」

「城も町も全て壊れてしまったが……な。ともあれ僕もアンジェも無事だ。ゼムン、他の者は?」

「隠れ家で傷を癒やしております。しかし将の多くは散り散りとなり、行方も知れぬ者だっております」

「あれだけの戦いだったのだ、それは致し方がない……ともあれ、戦力はあるんだな?」

「はい、クロワ様の指示があればすぐにでも動きましょう」


 そこまで言うと、ゼムンは俺とソフィアへ首を向けた。


「この方々は――人間、ですか?」

「警戒、しないんだな」


 こちらが率直な感想を述べると、ゼムンは微笑を浮かべ、


「大方、アンジェ様の能力によりクロワ様が同行を許可したのでしょう」


 ……アンジェの能力は、家臣にとっても絶対的な力であると認識されているわけだ。


「クロワ様、森に魔物は存在しなくなったためこの方々は来たと」

「ああ、ただし彼らには戦いに協力してもらう」


 クロワが語る――と、ゼムンは目を見開いた。


「お二方を?」

「それに足るだけの力を所持している」


 ……たぶん俺達の素性について話をするわけだけど、大丈夫なのか? アンジェの予言能力によって敵意はないみたいだが、さすがに魔王を打ち破った人間という事実は重いと思うのだが――


「なるほど、それでは詳しく聞きましょうか」


 ゼムンはここで話をするらしい。事情を聞いてからでないと隠れ家に案内はできないってことかな?

 そしてクロワが語り始める――どうなるか、俺とソフィアは事の推移を見守ることとなった。


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