廃城の主
ノックなどもなしに突然扉が開いたためか、部屋の主は驚いたらしく入口を見て――固まった。そして俺と目が合った。
部屋にいたのは、少女……ロミルダの少し下くらいだろうか? 背丈は低く、ウェーブがかった淡い紫色の髪がずいぶんと印象的。
顔立ちはとにかく愛嬌と可愛さが前面に押し出され、思わず守ってあげたくなるような、そんな雰囲気を発していた。
「あ……」
そんな少女は俺達のことを凝視し、動けない様子。どうしたものかと思っていると、ソフィアが俺の前へ進み出た。
「大丈夫です、私はあなたの味方です」
懇切丁寧に告げると、屈んで彼女と目線を合わせる。
「ここに一人でいるのですか? それとも、誰かと一緒?」
「あ、う……」
ペタン、と彼女は尻餅をついた。怯えているのは間違いなく、ソフィアはすぐさま安心させるように彼女に近づき、少女を抱きしめた。
「大変だったでしょう……大丈夫ですから」
同時に頭を撫でて緊張を解きほぐす。すると少女もようやく硬直から解放され、安堵したような表情を示した。
そんなやりとりの間に、俺は部屋の中を確認する。ここだけ他の場所と異なり生活感のある場所となっている……俺がバールクス王国の城で寝泊まりしていたのと同じくらいの広さで、ベッドは二つ。
さすがに少女だけで生活しているとは思えないので、十中八九彼女以外に誰かいると思うのだが――
「あなたの名前は?」
ソフィアが問う。それに対し少女は躊躇いがちな様子で、
「……アンジェ」
「アンジェ、ですね。ここにはあなた以外に誰かいますか?」
さらなる質問に少女はコクリと頷き、
「お兄ちゃんが……」
「お兄さん? その方は今どこに?」
「森で食べ物を採ってくるって……」
出払っているのか。ソフィアがさらに「あなたとお兄さん以外に人は?」と問うと彼女は首を左右に振った。
他にはいないのにここにいる……アンジェとその兄はなぜこの城を離れていないのか。
ふむ、見た感じどういう経緯でここにいるのか訊いても答えてくれなさそうだな。詳細は彼女の兄が把握していそうだけど……問題は、このシチュエーションだ。
仮にこの城を襲撃したのが魔物だけなら兄と会っても問題はなさそうだが、敵が魔物を操る人間とかだった場合、俺達を見たら警戒し攻撃してきそうな気がする。
俺とソフィアなら戦闘になっても怪我はしないとは思うけど……さて、どうしたものか。
「ルオン様、どうやらアンジェのお兄さんに事情を聞かなければならないようですが……」
ソフィアの言葉に俺は頷き、
「でも、場合によってはその兄と衝突する可能性があるぞ」
「ですよね……アンジェ、私達は敵意はありません。けれどこの城がこうなっている理由がわからないため、場合によってはあなたのお兄さんが私達を攻撃してくる可能性があります」
そう説明すると、アンジェは理解できたのかしきりに頷いた。
「その、あなたが私達のことを信用してくれたらの話ですが……できればあなたのお兄さんと話をさせてほしいのです」
……出会って間もないし、どこまで信用されるかわからないけど……反応を待っていると、彼女はやがて頷いた。
「わかった。お兄ちゃんと話をしてみる」
「本当ですか? ありがとうございます」
ソフィアは礼を述べると、アンジェは小さく頷いた。
で、俺とソフィアは玉座の間へと戻る……兄が帰ってきた際、ここに俺達がいるとアンジェには言伝を頼んである。
ここはアンジェの部屋に行くために通る必要がないためアンジェの兄――名はクロワというらしい――と鉢合わせするようなこともないし、もし何かあっても立ち回れるだけの十分な広さがある。
「……あの子、ソフィアのことを信用したってことでいいのかな」
「どうでしょうね。さすがに初対面の方とすぐに心を通わせることは難しいですよ」
ソフィアは口元に手を当てて何事か考え始めた。
「城の惨状から考えて、仮に誰かがこの城を襲ったのだとしたら、その恨みは相当なものでしょう……クロワというアンジェのお兄さんがもしそうした存在を危惧しているのなら、アンジェが絶対に見つからぬよう処置を施すか、アンジェに他人が来たら警戒しろと言い含めるはずです」
「まあ、確かにそうだな」
「しかし最初に遭遇した時、私達の身に何も起きませんでしたし、アンジェも私達と普通に接しました。ここから考えるに、クロワさんは彼女に一切何も知らせていない可能性が高い……加え、襲撃を警戒しているわけでもなさそうです」
「話し合いはできそうってことか」
「賭けには違いありませんが……もし戦闘になったら、仕方がないですね」
ま、絶対にこちらを信用させることが無理なわけだから、百パーセント話し合いができるって状況には持ち込めないよな……こればかりは運か。
しばらく俺達は玉座の間で待機していたわけだが……やがてカツカツと靴音が聞こえてきた。
アンジェがきちんと話をしたようだ……俺はいつでも体に封じ込めた剣を出せるよう準備。ソフィアもまた体に力を入れ、すぐに動ける体勢に入る。
やがて玉座の間に姿を現したのは……十四、五くらいの黒髪を持った少年だった。
「……アンジェと話をしたのは、あなた達か?」
鋭い黒の瞳を俺達へ向ける――アンジェはドレス姿だったが、少年クロワは貴族服。髪色と同様黒を基調としており、ずいぶんと威圧的な印象を与えてくる。
顔立ちはどことなく中性っぽさもあるのだが……格好いいというより可愛いと形容できるくらいで、背丈がもう少し低ければ、アンジェと同年齢くらいに見えたかもしれない。
「ああ、そうだ。確認だが、俺達に敵意はない。それはわかってもらえるのか?」
こちらの質問に、クロワは肩をすくめる。
「もしそちらに殺意があるのなら、とっくにアンジェは殺されているだろう。それにあなた達は部外者のようだからな」
「……どうしてわかる?」
「色々と理由はあるが……まずこの城の結界が作動していない」
結界? 訝しげな瞳を投げるとクロワは続けた。
「アンジェから聞いた直後に察したよ。あなた方は南に存在する村から来たのだろう?」
「……『神隠し』のことは、知っているのか」
「無論だ」
頷くクロワ。ふむ、こうなると話が早い。
「魔物達が消え失せているからな。それに気付けば探索もするだろう」
「話が早くて助かるよ」
とりあえず交戦はなしだな。これについては良かった。
あとは現状把握……口を開こうとした時、先にクロワが話し始めた。
「一つ、あなた方に言っておかなければならない」
「何だ?」
「こうやって森を抜けたのは、おそらく元の場所に帰る手段などを探していると推測する……だが結論から言うと、現状あなた方が帰る手段はない」
ない、と言い切った……しかし現状という言葉を使った以上、
「今は無理でも、帰る手段があるのですね?」
ソフィアの問い。クロワは小さく頷いたものの、
「手段はある。しかし今、その条件を満たすことがおそらく無理だ」
どういうことなのか……沈黙していると、クロワはさらに語り出した。




