廃城で
城内へと続く門は開け放たれており、魔物などの気配は皆無だった。
「中に人はいそうにないけど……」
呟きながら俺は城の中へ。室内は……青色など落ち着いた色合いを基調としており、ずいぶんと硬質な雰囲気をまとっている。
「戦闘の形跡がありますね」
横にいるソフィアの声。確かに城内のあちこちには瓦礫が散乱し、床は抉られたような形跡がいくつもある。
町を含め徹底的に破壊されている以上、城内においても被害が相当大きかったみたいだな……ふむ、やっぱり情報を得るのは難しそうか?
俺はここまでの状況を整理する。本来なら魔物がいるはずの森に気配がまったくなかったことに加え、この町と城の惨状。
「……魔物達が、この城や町を破壊したのか?」
「私も同じような推測をしました」
ソフィアが周囲を見回しながら答える。
「森に生息していた魔物達が突如、城や町を強襲した……ここで暮らしていた人がいたとするなら、森にいた魔物とは何かしらの手段で折り合いをつけていたはずです。にも関わらずこうして壊滅したというのは……森にいた魔物が理由もなく牙をむいたとは考えにくい」
「誰かが操った、か……しかし森の規模からすると――」
森の全体像を把握できたわけではないが、相当広大だった。その魔物が丸ごと消えているとしたら……数はとんでもないことになるだろう。
そうした魔物達が一挙に襲い掛かってきたのだとしたら、ひとたまりもないのは事実。今ある情報では、こんな感じの推測ができるわけだが――
俺達が発する足音以外に音が何も聞こえない空間。ひどく不気味ではあったが、ひたすら前へと進む。
門から直進すると辿り着いたのは玉座の間……らしき場所。かなり広い上に玉座は結構な段数の階段上に存在していた……が、それもまた戦闘により破壊されている。
「ここの城主も行方不明か……」
「そのようですね」
ソフィアが応じる。やっぱり生存者は全員ここを離れているのか。
「ひとまず城の中を見て回るか。望みは薄いけど、帰る方法についてヒントがあるかもしれないし」
「はい」
城内を探索する。物音を立てるのが俺達だけであり、ここがまるで何十年も廃墟であったかのような錯覚に陥る。
「で、ソフィア。一つ相談がある」
「この事態に私達はどう関わっていくか、ですね」
ソフィアの言葉に俺は「正解」と答えた。
「単に魔物が襲い掛かってきたのならば、それを討伐すればいいだけの話。この城の主が存命しているのかわからないけれど、それに対処すると表明して解決すれば、帰れる手段を調べてくれるかもしれない。問題は、そうした手段を提供できるような状況にあるのか、だけど」
例えば魔物に襲撃を受けてどこかへ逃げているのなら、そこへ赴き交渉すればいい……町の規模などは判然としないところもあるが、ガレキの量から考えても大きな町だったはず。生存者がゼロというわけではないだろうし、周辺を探索すれば城主やその関係者を見つけることだって可能だと思う。
「帰れる手段を見つけるのと、何より最果ての村の安全を確保するためにもいいだろう……森の中にいた魔物が消えていたことを踏まえれば、誰かが操っている可能性は否定できない。よって村に目をつけられたら一巻の終わりだし」
「そうですね……それが無難でしょうか」
「ただし、それを実行するためにも正確な情報が必要だ。この城がなぜこんなことになってしまったのか……そこをまず調べないと」
「実はこの城主こそ悪の枢軸、なんて可能性もありますね」
と、これはソフィアの言葉。
「森にいた魔物は実は城主が使役する存在で、それが暴走してしまった、とか」
「そうだとしたら、魔物を倒すにしても取引を持ちかける相手がいないよな……って、ちょっと待て。よくよく考えたら魔物達はどこに行ったんだ?」
「城との戦いで全て消え失せたか、どこか別の場所で殲滅を繰り広げているか、でしょうね」
「後者だとしたら面倒だな……」
森の規模から考えると、存在している魔物はどれほどになるのか……仮にこの城との戦いで数が減っているにしても、結構な数が生き残っていそうだ。
会話の間にも俺達は城内の探索を続けるのだが……廊下などに動くような存在は見当たらず。書物などが眠っている場所でも探せればよかったのだが、生憎そういうのも見当たらない……というより、意図的に破壊されているような形跡がある。
「ここは徹底的に壊されているな」
覗き見た部屋の中にはどんな部屋だったのか想像もできないほど破壊し尽くされた場所もある。魔物達が特定の部屋を対象に狙いを定め集中的に攻撃したってことを物語っており、森にいた魔物達が秩序なく城や町へ襲い掛かったという雰囲気では絶対にない。
「うん、やっぱり襲われたって解釈でよさそうだな」
「ともあれ結局情報は得られていませんし、当面この辺りを調べる必要がありそうですね」
調べる、か。食料とかは村から譲ってもらったし、森の中にも食べられるものはあるとフォンから聞いているのでここにいることはできるわけだが……調査にどれだけ掛かるのか。
「長期間調べるのなら、村にもきちんと報告しないと」
村にいるフォンへ森に魔物がいなくなったことに加え、北に廃城があったことを報告して、その後どうするかを検討する……大規模な戦いがあったと知ればフォンも注意を払うべく色々と動くだろう。俺達の素性についても明かしていいのではないだろうか。
最果ての村まで影響があるのかどうか……いや、広大な森や砂漠を挟んでいても地続きである以上、何か起こる可能性は否定できない。よってまずはフォンにきちんと事情を説明し――
「ルオン様」
ふいにソフィアが声を上げた。俺は立ち止まり彼女を見ると、
「あそこだけ、ガレキがありませんね」
指差すのは正面。散策を続けていた中で他の場所とは異なり違和感が残る……人為的にガレキが片付けられた形跡が。
俺とソフィアはそこへ向かう……道中、気配を殺し足音もできるだけ立てないようにする。そこには一枚の扉がある。
耳を澄ませると、扉の奥からタタタ、という足音が聞こえてくる。どうやら生存者みたいだが。
「……ここで生活してるのか?」
「廃城に入り込んだ輩か、それとも隠れていた城主が全てを失ってもここで生活しているのか」
ソフィアの推測に耳を傾けながら、俺はゆっくりと扉に近づく。剣を生み出し気配を探ると、それほど強い力は持っていないようだとわかる。
「ソフィア、どうする? 踏み込むか?」
「……状況的に、それしかないでしょうね」
敵意がない状況で申し訳ないが……ガルクやレスベイルがいないので、気配はあれどそれが果たして魔物なのか人間なのか判然としないところがある。
仕方がないか……そう胸中で呟きながら、部屋の前に到達。足音は相変わらず聞こえており、こちらには気付いていないようだ。
ただ気になるのは……その足音は軽い。少なくとも大人ではないな。
「子供、か?」
「音としてはそのようにも感じられますが……」
「……まあいいや。とりあえず開けて反応を見よう」
ソフィアは頷く。俺は一度ゆっくりと深呼吸をして……左手でドアノブをつかむ。鍵は掛かっていない。
なおかつ部屋の主は気付いていない。俺は一度ソフィアに視線を向け、彼女が頷くのを見た後――扉を、開けた。




