激動の始まり
翌朝、俺は支度を整え宿を出て朝食をとるために外に出る。
「おはようございます」
先に起きていたのかソフィアが宿の前で待っていた。その横にはアルトもいる。
「二人とも早いな……他の人は?」
「イグノスは先に店で席をとっているよ。他の二人は寝坊じゃないか?」
「起きてはいましたので、そのうち来るとは思います」
ソフィアの発言。ならいいかということで、俺達は店に向かおうと歩き出した。
その時――通りの奥、町の入口からザワザワとした声が聞こえた。
「ん? 何だ?」
アルトもそれに気付き声を上げる。俺もまた疑問に思い、店に辿り着く前に通りを注視したのだが――
前方から、ガチャガチャと金属的な音が聞こえ始めた。何事かと思い見ていると、通りを進んでくる兵士や騎士の姿が。
「……ずいぶんと、物々しいですね」
ソフィアは感想を述べた後、道の脇に移動して外套についているフードを被る。他国の騎士団なので見知った人物はいないと思うが、念の為だろう。
「何が始まろうっていうんだ?」
アルトも兵士達を避けるように脇に移動。俺もまた同じように足を動かし……同時に、驚愕した。
これは……もしや――
「どうやら、始まったみたいだねぇ」
露店の準備をしているおばさんが、立ち止まっている俺達に声を掛けた。それに反応したのは、アルト。
「始まった、とは?」
「何やらこの国の領土内に、魔族が居城を構えたらしくてねぇ……今のところ実害は出ていないって話だけど、その魔族を倒すために討伐軍を結成したって話なんだよ」
――俺は、行軍する一団を見る。目算百人程度の部隊だが、その大半は槍を持った一般兵。当然この部隊が全てなどというわけではないはずで、駐屯地にでも向かっているのだろう。
おばさんの言っていることは合っている。この国――現在俺達は大陸中央部にいて、滞在している国はロベイル王国という。領土もそれなりに大きく、中央部の中ではおそらく一番の武力を持っているだろう。
兵達が騎士に率いられ通り過ぎる。俺はその後姿を見ながら確信する。
これこそ、五大魔族であるレドラスの居城へ入るためのイベントだ。
しかし……少し早いと思った。ソフィアやアルトが五大魔族と戦えるかどうかは……非常に微妙なところ。
「勝てるのでしょうか」
ソフィアが呟く。それにアルトは歎息する。
「正直、そういう居城を構えている魔族の力なんて想像もつかない……勝算があるのかどうかわからないな」
……このイベントが発動すると、ロベイル王国は大規模な騒乱に包まれる。まず討伐軍は魔族と交戦し、戦力を削りはしたが退却する。その後レドラス側が反撃に出て、町などを襲い始める。それはレドラスを倒さない限り終わりはせず……国側も決死の反撃に出ようとするが、混乱に陥っている軍はほとんど機能しない。その時主人公は居城に乗り込み、五大魔族を討つことになる。
主人公がある程度イベントをこなしてロベイル王国を訪れた時、兵士の行軍イベントに遭遇し戦いが始まる。今から五大魔族との戦いが始まることは間違いなく――俺は兵士達を見送りながらつばを飲み込んだ。
そして現段階で、アルトを除いた四人の主人公はこの国の中にいない。
となれば――アルトこそが、魔王を討つ人物なのか?
疑問は尽きなかったが、俺は一度思考をリセットする。ともかく、俺達はどうするのか考えないといけない。レーフィンにも相談すべきだろう。
「……とりあえず、朝食にしよう」
俺が告げると、ソフィア達も歩き出す。兵士達の行軍の音はどんどん遠ざかっていく……それを聞きながら、俺は小さく息をついた。
朝食の後、俺は宿に戻る。アルトやイグノスは情報収集するとのことで、部屋には俺一人。これは好都合。
朝食時にレーフィンにだけわかるように合図を送っていた。それにより、宿に戻り少しすると彼女が窓からやってきた。
中に入れ、俺は一つ確認。
「ソフィアは?」
「アルトさん達と同様、例の行軍について調べるようです」
「そうか……行軍だけど、あれは五大魔族との戦いが始まるきっかけの出来事だ」
「とすると、この国は……」
「今から大規模な戦いになる。で、現時点でこの国にいる物語の主人公はアルトだけ」
「ふむ、彼がもしかすると、というわけですか」
「ああ。そして問題が一つ」
「問題?」
聞き返したレーフィンに対し、俺は頷き答える。
「五大魔族が魔王と連絡していないわけがない……森で出会った魔族は大丈夫だったが、下手に実力を出すと俺のことが露見し、そこからソフィアのことだって露見してしまうかもしれない」
朝食時イベントの流れを整理していたのだが、どうしても引っ掛かることがあった。
「仮に俺達が居城に踏み込んだとして……魔族の居城だ。さすがにソフィアだってサポートばかりでは疑問に思うんじゃないか?」
「ああ、確かにそうですね」
「だからソフィアに対しては事情説明してもよさそうだけど……そういえばレーフィン、以前俺のことを話すかどうかで現状維持の方がいいって言っていたが……今もなのか?」
「そうですね。現在も、今の関係を保った方がいいでしょう」
確信を伴った声。ならば――
「俺のことは隠しながら実力を出さないように動くために、何か手段を考えないと」
「それなら一つ手が」
レーフィンは内容を話す。俺はそのやり方もありか、ということで――採用することにした。
「ちなみにですがルオン様。もしもの場合はどうしますか?」
「……窮地に陥ったら、当然全力を出すさ。ただそれは魔王に目をつけられる可能性が高いため最終手段にしたい……アルトやソフィアはもう少し成長すれば奴に手が届くし」
そこで五大魔族の役割と弱体化について説明。するとレーフィンは「なるほど」と答え、さらに質問。
「物語ではどのような形で五大魔族と戦うのですか?」
「今回戦う相手を含め、五大魔族は賢者の力を持っている。最初討伐軍は勢いをつけて腹心とかを倒したりするんだが……レドラスそのものは倒せない。賢者の力による結界があるからな」
――五大魔族は賢者の力を利用し活動している。そればかりか、力を利用して攻撃を防いだりもする。
「賢者の力を利用し、人間に対し絶対的な結界を構築することができる……現段階では賢者の力を覚醒させていないアルトやソフィアも対抗できない」
「ルオン様も?」
「試したことがないからわからないけど……そうなのかもしれないな。とはいえ、その結界には明確な隙がある」
俺はそう語ると、レーフィンにさらなる説明を行う。
「レドラスが構築する結界は強固な分だけ制約があり、一度使用すると十日くらい使えなくなる。だからレドラスは討伐軍が退却した後、再度来ないよう国内を混乱させた」
「結界を再度構築するまでの時間稼ぎですか……他も似たようなケースですか?」
「他か……例えば西部に陣取るグディースは、賢者の力を利用して魔物の発生源を大量に生み出す実験を行う。それを行使し賢者の力による結界が使えない間に主人公達が近づき、倒す……みたいな構図もある」
「なるほど、全ては賢者の力が鍵となるわけですね」
「ああ。五大魔族を倒す場合、一度討伐軍が退却した後でないといけない……本当は退却直後に居城に入り倒すのが被害もなく一番なんだが、そうなるとこの国を襲うはずの大量の魔物を相手にしなければならない……物語で居城に踏み込んだ時は、多少ながら手薄になった状態だった。狙うとなればそこしかない」
「なら、答えは一つですね。ルオン様、頑張りましょう」
話し合いは終わる。俺は頷き……もう一つ、確認しなければならないことがあると思った。




