想いを伝える
「まず俺の考えから言わせてもらうよ」
そう前置きをすると、ソフィアの顔が強ばった。
以前のように俺が何かを言おうとして止めるのでは……と思ったが、今回ばかりは観念したらしかった。
ただ、その、なんというか……反応に対し、思わず笑ってしまう。
「ル、ルオン様……?」
「いや、その、ごめん」
俺はゆっくり息をつき、そしてソフィアの目を見ながら話す。
「今回の件については、まあ駆け落ち云々の話もあったからそういう可能性もあるんじゃないかと思ってはいた……けど、まさか本当にそうなっているとは、って驚きも大きかった」
そして俺は、
「ともかく……戸惑ってしまったのは事実だけど、今回のことで改めて思ったよ」
ソフィアは言葉を待つ構え。
「――俺は、ソフィアのことが好きだ。ずっと一緒にいたいと思っているし、これからも一緒に旅をしたい」
そう告げた後、苦笑した。
「でもまあ、一足飛びで婚約までいったのは……」
「……なんだか申し訳ないです」
そうソフィアは言う。ん、どういうこと?
「本当なら、こうなる前にルオン様が言う機会があったはずなのに」
「止められたからな。他ならぬソフィアに」
「それは……」
笑みを浮かべる。ただその表情は、どこかに陰があった。
「どうして、そんな表情をするんだ?」
「私は……」
俯く。何かを堪えているような雰囲気であり……。
「……そうやって言っていただくのは、とても嬉しいです。私も……私も、ルオン様のことが好きですから」
それこそ――崖から飛び降りるような勇気を伴った、告白だった。
「けれど、互いに想いを伝えるだけではどうにもならない障害がある……ってところか?」
頷く彼女。それが何であるかは明瞭だった。
「いずれこの国の女王となるから……俺がソフィアの隣に立つのは、やっぱりまずいかな?」
「いえ、そうではありません。英雄であるルオン様なら、私以上に役目を果たしてくれるのではと、思います」
「買いかぶりすぎだと思うけどな……実際は、この世界が物語として知っていて、だからこそ強くなったわけだし。それ以上でも以下でもないよ」
「ですがそうやってたゆまぬ努力をしてきたのは、事実ですよ」
顔を上げる。少し落ち着いたのか、幾分表情が和らいでいる。
「その努力は、城に入ってもきっと、発揮されることでしょう」
「なら――」
「しかし、本当にそれでいいんですか?」
問い掛けは、今までの言葉と比べてずいぶんと真っ直ぐで、冷静なものだった。
「宮廷の世界は、きっとルオン様を失望させます……ここがどういう場所なのか、理解できないと思います」
「小さい頃、俺も政争ってものを経験したからな。どういうことが行われているのかくらいは、なんとなくわかるよ」
俺は彼女に言い聞かせるように、続ける。
「ソフィアの隣を歩き続けるのは大変だと思う……けど、その大変なことを天秤に掛けても、ソフィアと一緒にいたいと思っているんだ」
「……ルオン、様」
「もっとも、その前にこの旅を終わらせないといけないんだけど」
こっちはこっちで生死がかかっている。しかもどこで終わりなのかもわからない。
「俺のこととソフィアのこと……両方大変で、前途多難だな」
「……そうですね」
「ソフィアが俺の告白を今まで止めていたのは、この旅のことも関係しているのか?」
決して根拠のある問い掛けではなかった……が、彼女は小さく頷いた。
「はい、そうです」
「それはなぜ――」
「私は、ルオン様の従者です」
前置きをした彼女は、やや躊躇いがちに話し出す。
「従者であり、常に冷静に私はルオン様の隣に立ち続けなければいけません……少なくとも、今まではそう思っていました」
「あー、告白されることによって、冷静でいられなくなると」
「はい……きっと私は、一時の感情によって動いてしまうと思ったんです……これまでだって危ない場面はありましたけど、どうにか自制できました」
そう言いながら、彼女は苦笑めいた表情を見せた。
「……そしてこうなってしまうのなら、ルオン様の想いをきちんと受けとめてから、話をしたかったです」
そうだな――と心の中で同意した。
互いがどういう風に想っているかはずいぶん前からわかっていたことだから、今回はその再確認……というより、きちんと自らの口で表明したってことになるかな。
「旅は、続けます……続けて、いいですか?」
上目遣いで、こちらを窺うような視線。それに俺は肩をすくめ、
「もちろんだよ。これからの戦いでソフィアの存在は必要不可欠になるから」
「正直、私は危険だから戦うのはやめてくれって言われる可能性も考えていました」
「……そういうことがあるかもしれないから、止めた面もあるのか?」
「そういう意図も、多少は」
……まあ、恋仲となったとしたら今までのように従者として接し続けるというのも、ある意味では難しくなったのかもしれない。
「……なんだか俺達って、不器用だな」
そんな感想を漏らしてみる。それにソフィアは同意するのかしきりに頷いた。
「そうですね、私も同意見です」
「お互いがお互いのことを考えていたわけだけど、思った以上に遠慮していたのかもしれないな」
「それは……私が従者という立場に固執してしまったことも一因ではないかと。それについては、反省すべき点かもしれません」
またも苦笑するソフィア。
「ただ、私はこれまでの旅で、従者として共に歩んできたのは正解だと思います。それ以上の関係になっていたら、きっと私は取り乱していた場面だってあったでしょうから」
「……婚約の件で、良くも悪くもそういう関係に変化が出てしまうな」
「そうですね。これについては、話し合ってどうするか考えなければなりません。ただ、私はルオン様と共に旅を続けることは確定ですよ」
「わかってる」
……さて、話し合いも一段落といったところか。ずいぶんあっさりとした告白になったけれど、婚約が先にきちゃったからな。
もっともこれはある意味それぞれが互いに一歩踏み込む好機でもあるわけで……。
「――ソフィア、祭事についてはどうする?」
「それは……公になれば、本当の意味で後には引けなくなりますよ?」
「それでもいいよ……俺は、ソフィアと一緒にいたいんだ。旅の最中も、これからも、ずっと」
言及に、ソフィアは笑顔を浮かべた。なおかつ少しばかり顔が赤くなって――
「嬉しいです、ルオン様……お気持ちは、しかと受け取りました。ですが……」
「心の中で納得できないか?」
「ルオン様は否定なさるでしょうけれど、なんだか無理強いしているような状況ですから」
……ソフィアからすれば、好きな人が勝手に自分の意思とは関係なく祭り上げられているような感じだから、釈然としないのかな。
「ルオン様のお気持ちは理解できました。私も……そんな風になれたらと思います。ですけれど、現状からもう一歩進むのは、少しだけ待ってください」
「それは、この城に滞在する間? それとも俺の戦いが終わってから?」
「この城にいる間だけでいいですから」
「わかった」
俺は同意する。もし公にするなら、彼女も心の底から納得してから――それについては、俺もまた同意だった。




