婚約の話
王の問い掛けに対し、俺は一時沈黙した。しかしそれは返答に詰まったのではなく、言葉を選んでいたからだ。
「……実を言いますと、告白しようとして止められたことがあります」
そう前置きする――と、クローディウス王は笑顔を見せた。
「そうか、止められたか」
「その様子だと、理由はわかっているんですか?」
「まあな。ソフィアならばそうするだろうなと思っていたので、予測が当たって嬉しかったのだ」
……親子だからわかるってことかな。
「それで、俺としては……王女云々を置いておいても、大切な仲間であり、また大切な人であるのは事実です」
「ソフィアがどう考えているのかは……さすがにわかっているか」
「接していてわかります」
「そうか……」
苦笑する王。その様子に俺は内心安堵する。
さすがに「娘はやらんぞ!」的なことを言われるとは思っていなかったけど――王自身ソフィアのことについて考えがあったら、話がこじれていたかもしれない。いや、現実には別の意味でこじれているんだけど。
「王は、この件についてどう考えているんですか?」
ちょっと怖かったけど問い掛けてみる。それに王は、
「どうも何も、私はソフィアの考えを尊重するつもりだよ。それ以上でも以下でもない……ただ、もし婚約、結婚などという展開になれば、ルオン殿が国と関わることになるからな。色々思慮すべきこともある」
……さて、俺はどう応じればいいのか。
「そうだな、まず現状を整理しておこう。ルオン殿とソフィアは現在婚約しているという形になっているのだが、そういう認識をしているのは国の中枢に関わる者達が多い。また、婚約にはいくつかやらなければならないことがあり、それをしない限りバールクス王国としては公にしない。よって、世間的には噂レベルに留まっている」
「中枢の人……?」
「魔王との戦いから国同士で連絡を取り合っている……そうした中で他国にも伝わってしまったようだ」
王はどこか申し訳なさそうに――俺へ語る。
「そして、君の故郷の方々は英雄を引き留めたかったみたいだが、まあ君の素性も素性だからな……没落貴族という立ち位置も、君の故郷が引き留めるのをあきらめた理由に入っているのだろう」
皮肉な話だけど……まあ政争によって追い込まれた家系の人間を再び英雄として迎え入れるというのは、正直俺としても色々ありそうで願い下げだった。両親については国に頼んであるけど……こういう事情ならバールクス王国へ来させた方がいいか?
「あの、俺の両親について何か聞いていたりは――」
「その辺りは大丈夫だと語っていたぞ。ただ、一度顔を見せて話し合いはすべきかもしれないな」
……一度戻った方がよさそうだな。
「それで、だ。二人の婚約の件について、各国の人間は良いものだと評価し、また祝福しているようだ」
「……えーっと、つまりそれは……」
「少なくとも二人が婚約することで、政治的な意味合いで障害が生まれるようなことはない、ということだ。むしろ、政治的な意味合いで良い方向になると解釈する者もいる」
そう王は語る……これについてはなんとなく話が見えた。
「俺とソフィアが共にいることで、メリットもある……もしこの大陸に再び魔族が襲来してきたら――」
「うむ、そういうことだ。魔王を討った英雄と王女……二人が間違いなく、戦いの主役となる。多くの国はそうした人物を望んでいることも、また事実だ」
さすがに魔王襲来などという展開が二度起こるとは思えない……それに旅を続けたことで竜や天使とも交流を持った。精霊達ともつながっているし、もし魔王に準ずる存在が現れたとしても、迎え撃てる手はずは整えられるはず。
王が語っているのは、おそらく人間側をどうとりまとめるのか……そして、その人物は誰なのかということか。
「今後、そうした存在が現れることを危惧しているんですか?」
「そうだな。無論そういう事態になっても悲劇を繰り返さないよう各国が動くだろうが……国同士利害関係もある。その垣根を越えて戦える存在が必要……それこそ、ルオン殿とソフィアというわけだ」
「そういう事情があるから、祝福していると」
「そうした一面もあるということだ。大部分は魔王を討った者同士、そんな話になるのは自然だろうと考えているようだな」
……話だけ聞いていると、なんだか小説に出てくる主人公とヒロインである。いやまあ、この世界俺からするとゲームの世界なんだけど。
「つまり、少なくとも対外的に反対している勢力はいない」
「表向きは。無論他国からすれば英雄を引き入れたバールクス王国のことを面白くないと考える者もいるだろう」
……やっかみは仕方のないところだよな。
「わかりました。ひとまず俺とソフィアのことを外部から邪魔立てする存在はいないという認識でいいんですね?」
「うむ。当然ながらバールクス王国の重臣達は全力で祝福しているぞ」
……頭が痛い。
「となれば問題は内面だ。ルオン殿とソフィアの」
「俺達がそれに納得するかどうかってことですか……」
「状況的に、ルオン殿としては断りにくいだろう。それについては申し訳ないと思っている」
……たぶん「お断りします」と言う方が、納得しない人が多そうだ。
「一つ確認ですが、ソフィアは今どうしていますか?」
「現在エイナから事情を聞いているところだろう。さすがに納得はしないだろうな。何せ、告白を自らの意思で止めたのだから」
笑う王。俺はそれに肩をすくめる。
「その、俺としては……確かに英雄という称号を持っていて、こういう話を認めてもらえる立場なのは理解できるんですけど……本当に俺でいいのかと」
「貴殿以外に誰がいるのだ?」
いや、そういう質問をされてしまうと……。
「ルオン殿としては、話が飛びすぎて整理ができていないのかもしれないな」
「それもありますが……仮に婚約を受け入れても、大変なんですよね?」
「うむ」
いずれ王位を継ぐ女性との婚約だからな。
「えっと、その、改めて今現在の考えを伝えてもいいですか?」
「ああ、構わない。むしろしっかり聞いておきたい」
――俺は一度深呼吸する。そして頭の中で言葉を整理しながら、述べる。
「政治的な面やこれからの旅について……そういった問題はありますが、俺はソフィアとずっと一緒にいたいとは思っています。ただ、その、正直婚約とか言われると面食らうというか、自覚があんまりないというか……」
この世界において貴族の結婚というのは、大抵親から決められていたりするもの。恋愛結婚など例外なレベルであり、それこそ駆け落ちという選択だってあり得るくらい。
ただ俺は前世の知識を引きずり、なおかつ貴族ではなく一般の人として暮らしてきた。一般レベルでも親が決めた結婚というケースは多いのだが、前世のように恋愛結婚というパターンもあったので、俺としては感性が前世のそれに近いままだ。
で、今回の婚約話である。俺からすれば突然降って湧いたような話なので全然自覚がない。加え前世では年齢的に結婚なんて考えもしなかったし、転生してからはひたすら修行の日々で結婚のけの字もなかった……よってピンとこない。
ソフィアはどうなんだろう……沈黙していると、クローディウス王が再び話し始めた。
「ふむ、そうだな……これはここですぐに結論を出すべきではないな。ルオン殿にも、ソフィアにも考える時間が必要だ」
「そう、ですね」
うん、それには同意する。
「ソフィアとも一度話をするといい……このような形だが、こちらとしては二人の気持ちを優先させたい。しばしこの国に滞在するのだろう? ならばその間に考えてほしい」
俺は頷くほかなかった……色々と頭が混乱している。まずはこれを解決しなければと率直に思った。




