二人の関係
一通り俺が話し終えると、クローディウス王は興味深そうに声を発した。
「ふむ、神の存在か。目覚めさせてはまずいことに加え、崩壊の未来……ルオン殿は、それに抗うために旅を続けるのか」
「全てを知る者である以上、俺が動くべきだという考えがあるのは確かです」
「そうか……今回ここを訪れたのは、そうしたことを含め今後ついて相談したいわけだな……主にソフィアのことで」
俺は深々と頷く。
「はい、ソフィアについて……彼女はついて行くと主張しています。しかし神と呼ばれる存在の前に、これから赴くのは魔界……どうなるか予想もつかない」
「だからこそ、迷っていると」
「ソフィアのことは頼りにしていますし、また旅に必要な存在であると俺は認識しています。けれど……王の意見を聞かない限り結論を出すことは難しいと思い、ここを訪れました」
「なるほど、な」
クローディウス王は苦笑し始める。
「ルオン殿の主張は理解できる。ソフィアは単なる剣士ではない。この国の王女であり、いずれ王位を継ぐ者だ。気になるのもわかる。そして同時に、魔王を討ったこの大陸の救世主であり、ある意味この大陸……いや、もう大陸に留まるような存在ではないな。この世界にはびこる敵意を討つような役割すら担っている」
話が大きくなっている……のだが、実際のところ王が語った表現が近いかもしれない。
「そしてルオン殿はこう思っているのだろう……世界の崩壊が訪れる未来。それはすぐに到来するものではない。よってソフィアがその任を背負う必要はないと」
「俺は納得しているから問題ないですけど……王も語りましたが、彼女はこの国の王女です。魔王を討ち旅に同行してもらいましたが、あの時とは異なり今は明確な目的がある。これ以上危険な目に……と考えました」
「うむ、もし廷臣達が事実を知れば大騒ぎするだろうな」
王は告げる。では、やはり――
「だが私の考えはこうだ……ソフィアの思うようにしてもらえればいい」
――あまりにもあっさりとした言葉で、正直面食らうほどだった。
「い、いいんですか?」
「ソフィアも自覚していると思うのだが、ルオン殿の言う世界の危機は、この国に住む民の危機でもあるわけだ。つまりソフィアの行動は、この国を救うことにもつながる」
理屈としてはそうなるだろうけど……。
「ソフィアが力を手にしたことで、ルオン殿は迷っている……これが王女という身分でなければ、ルオン殿も特に気にしたりはしていないだろう?」
「それは、まあ」
「そこは気にしなくともいい」
まさかの言葉に、俺は口をつぐむしかない。
そして王は、
「……ルオン殿に救われた身だ。王としてではなく、この世界に住まう人の意見として……戦い続けるのならば、恩に報いるべきだと思う」
「それは――」
「ソフィアや私を救ったのには、魔王を討つなどの理由があったから、だろう? しかしそうであっても私とソフィアは救われた。ソフィアとしては元より死んだ身。だから報いるべく動いている……そうした気持ちが強いのだろう」
そこで王は一転、破顔した。
「こちらのことは気にしなくてもいい。無論心配ではあるが、だからといって説得できるような子でもないからな」
「……そう、ですね」
たぶん密かに城を脱けだしても、どうにかしてついてくるのが目に見えていた。
「よって結論はソフィアの思うままに……とはいえ、だ。このまま城を離れるのはさすがに廷臣も納得いかないだろう。色々と噂が立っているような状況でもあるからな」
はっとなる。次はその話題か。
「あの、駆け落ち云々の話ですよね……?」
「魔王を討った後、大陸各地の天使の遺跡を巡っていたと説明したな? それはつまり王女が他国を練り歩くわけで、下手に目立てば面倒事を背負い込む。だから国家と関わらないようにした……そのやり方は正解だろう。実際、魔王を討った英雄達が目立てば、各地で大騒ぎしていただろうからな」
「はい、けれど代償は結構面倒なものが……」
「うむ、それについて説明しよう」
重い口調となる王様。
「駆け落ちではないと説明する際、大陸各地に残っている魔族を討伐する……という説明で多くの者は納得した。ソフィアやルオン殿がやらなければならないことであるという理由付けには最適だったからな」
そこで王は肩をすくめる。
「天使と手を組んだという事実も既に伝わっている。大陸外に出ていたことは驚きだったが、私は天界側から協力を要請されたのだと説明を行った」
そういう理屈をつけるか。天界の長であるデヴァルスとも俺はつながっているし、もし天界側がこちらへ来たとしても口裏を合わせることはできるだろう。問題はなさそうだな。
「そして、悪しき者を打ち破った……天使とも国交を開くとあれば重臣達も喜んだ」
「……まあ、結果的に良かったということですね」
「そうだな……問題はここからだ」
深刻な表情。一体何が――
「ここで廷臣達も色々と動き出してしまった」
「動き出した?」
「簡単に言うと、ルオン殿の名声はこの大陸内でも大きい。加え天使の宴……その話はこの大陸にも伝わっている。エイナの手紙を読んだが、多少誇張している面もあるようだ」
うん、人の噂なんてそんなものだろう。
「よって貴殿をバールクス王国に引き入れたいと考えるようになった……私はそれに対応が遅れてしまったのだ」
「何を、ですか?」
王はこちらと目を合わせ、一時沈黙する。俺はただ言葉を待つしかなく、静寂が部屋の中を包み、
やがて、
「結論を言おう……現在ルオン殿は、ソフィアの婚約者ということになっている」
……へ?
目が点になった。
「重臣達はルオン殿がバールクス王国に籍を置いて活動しているとしたかった……つまり、それだけ英雄としての名声を得たかったわけだ。貴殿の故郷の方と多少なりともいざこざはあったようだが、それはどうやら内々に説得して婚約者という扱いにしたらしい」
「……え、えっと、ちょっと待ってください」
さ、さすがに処理仕切れないぞ……というか、噂レベルではなく気付かぬうちに外堀が埋まってる!?
「あの、その内容はソフィアの心情を完璧に無視していますよね?」
「エイナが口を滑らせた」
――そ、そういうことか。だから謝ったのか!
「エイナの推測ということにすればいくらでも誤魔化せたが、他ならぬソフィアの口から聞かされたという証言があって、廷臣達が動いたようだ。それとエイナについては責めないでやってくれ。色々とあったようだから」
遠い目になる王……たぶんお偉いさんが尋問でもしたのかな? ただ、
「それ魔王と戦う最中の話ですよね。年月経っていますし、心変わりしているなどという理由では駄目ですか?」
「天使の宴の情報が入った時点で、ルオン殿とソフィアは常に行動を共にしている……その事実がある以上、ソフィアが変心しているとは考えにくいだろう?」
ああ、うん。そうだね……まあ「駆け落ちして結婚しました」みたいな噂を立てられるよりもだいぶマシなのだろうか。
でも、頭が痛くなってきた……そうなるとこの城の滞在についても意味がだいぶ変わってくる。背中に刃を突きつけられるとかそういう可能性を危惧していたけど、そうではない本物の歓待が今から俺を待っている。
「……その状況下で、こう問うのは卑怯だとはわかっている」
クローディウス王は、俺の目を真っ直ぐ見て問い掛ける――こちらは黙し、視線を重ねる。
「――ソフィアのことを、どう思っている?」




