彼の選択
「ルオン殿、ソフィア様」
エイナは俺達の名を呼び、近づくと綺麗な姿勢で立ち止まった。
「エイナ、丁度よかった。話があって――」
「理解しています、ソフィア様」
エイナは頷きながらそう彼女へ応じた。
「私が今度どうするか……ですよね?」
「ええ」
「その辺りについてですが……ソフィア様は一度国へお戻りになりますよね? そこで私がどうすべきかも決定すると思われます」
「私次第?」
「いえ、私の方が色々と隊長などと話をして……」
会話が進む間に、ふと俺はエイナのことを見据える。
もしソフィアを助けなければ、今頃彼女が女王という椅子に座っていたはず……例え彼女を主人公として魔王を討つ存在とならなくても、同じような結末を辿っていただろう。
一応彼女は生涯国を統治した的なモノローグでゲームは終わりを迎えるのだが……政務を行う才覚があったということか? いや、この場合は自分以外にやる人間がいなかったから、奮起したということなのか。
「……ルオン様?」
ふいにソフィアが言葉を投げかける。俺は思考を打ち切り――そもそも考えてもあまり意味がないと悟り――「何でもない」と答えた。
「えっと、エイナ。一つ確認だけど、ソフィアが国へ戻るなら俺もバールクス王国を訪ねることになると思う」
「その辺りのことについては、既に連絡をしてある」
連絡? 首を傾げるとエイナは説明を始めた。
「宴が終わりを迎えた間に、手紙を送った。その結果として、是非歓待したいと」
「歓待……」
正直、王女であるソフィアを同行させているという一面だけを切り取れば非難されてもおかしくなさそうだけど……駆け落ち云々の噂だってあるし。
「それとお二方の駆け落ちについてですが、こちらは王がある程度否定し、魔族の影がないか諸国を放浪しているという形にしているようですが……」
それも結構強引だよな。そもそもソフィアはバールクス王国の王女であって、国々を回ってというのも微妙だし――魔王を倒し、その影響がないかを調べているとすれば、理屈としては成り立つのかな?
精霊達と協力しているとか理由を作れば、説得力も増すか……そんなことを考える間に、エイナは話を進める。
「お二方がご帰還されれば、噂などについても良い方向に変化すると思います。手紙にも来るまでに上手くやっておくと書かれていましたし。ソフィア様、なので問題は起きないと思います」
「わかった……ルオン様、城へ入る際は色々と大変かもしれませんが」
「それは仕方がないさ。ただそうなると城へ入る前に他のことをやっておいた方がいいかもしれないな」
話はまとまる……のだが、エイナはさらに続ける。
「それとルオン殿については……王からの返信より言伝が一つ」
「何だ?」
「私が手紙で多少なりとも事情は説明したが、それよりも詳しい話が聞きたいと」
……うーん、やっぱり王様としては今回みたいな騒動は遠慮したいということか?
ここばかりはしっかりと解決しなければならない部分なので、俺は「わかった」と答えた。
「よし、大陸へ戻った時の段取りはできた……で、この調子だとたぶん骨休めとはいかないだろうなあ」
「そうですね、ルオン様……エイナ、他にはある?」
「いえ、ありません。これからの旅のことについては、城でお過ごしになる間に改めて話し合いましょう」
城で過ごす、ね。それがどのくらいの期間なのかも気になる……というか、長居したら泥沼にはまりそうな気がしてくる。
何せ王様が歓待って表現を使った以上、賓客として扱われるだろう。下手するとこちらにすり寄ってくるような輩が出ないとも限らない。正直そういう権力争いに巻き込まれるのは勘弁願いたい。転生し政争に巻き込まれ没落した両親を見てきたので、なおさらだ。
「では、私はこれで」
エイナが言い終え、この場を去って行く……するとここでソフィアが話し始めた。
「私やルオン様については、改めてということになりそうですね……残るはリチャルさんとロミルダです」
「リチャルについては……あ、いた。おーい」
甲板にいたので呼び掛けてみる。彼はこちらに気付き近寄ってくると、
「ルオンさん達か……その様子だと、今後どうするかの話し合いか?」
「ああ、その通りだ。そっちはどうする?」
「俺自身は戦う力をほとんど持たない。ルオンさんは旅に同行することを許可してくれたが、今後はこれまで以上に激しい戦いになるだろう。正直、そこに入る余地はないと思っている」
「リチャル……」
「だから俺の旅はここまで……といっても、頼みがある。ルオンさん達の役には立ちたいし、堕天使との戦いで俺の魔物でも上手く利用できそうな手法を見出した。その辺りをしっかりと強化するためには、精霊の力を借りるのが一番だと感じた」
「ガルクと手を組むのか」
「できればそうしたいが……」
『うむ、我は構わんぞ』
ガルクが右肩に出現し、俺へ言った。
『本体の我も間違いなく同じことを言うだろう』
「なら、そうさせてもらおう……ルオンさん、今後は支援という形で動かせてもらう」
――デヴァルスを始め、『神』の存在を知る者達は各々強くなるために……『神』に対抗するために思案し、動き出している。
それはリチャルも同じであり……彼なりに『神』と向き合おうとした結果なのだろう。
「……リチャル、一ついいか? 俺はいずれ『神』と戦うことになるかもしれない。そのために、リチャルはガルクと手を組むんだよな?」
「そうだ」
「こちらとしてはありがたい話だと思う……けど、本当にいいのか?」
「ここまで知ってしまったんだ。協力したいさ……ルオンさんの旅の行く末を知りたいのもあるからな」
「私も同感です」
『うむ、我もだ』
ソフィアとガルクが相次いで表明した。
「ルオン様は、お一人になっても『神』という存在と向き合うのでしょう? なら、私はそれについていきます」
「ソフィア……」
「心に決めていますし、お父様に言われても変えることはありませんよ」
――なぜ、とは訊かなかった。ソフィアもリチャルも、同じように固い意志を秘めた表情を見せ、例え俺が振り払ってもついていこうという気概を見せている。
……余計な問答は不要、かな。
「わかった……リチャル、ガルクと共にいるなら、旅をする俺達と連絡をとれる手段とかを構築した方がいいかもしれない」
『うむ、我もそれは考えていた。そう難しくはないだろう』
ガルクが語る。彼に任せれば解決できるか。
「リチャルもこれでよし……ってことは、残るはロミルダか」
「あの子も回答は決まっていますよ。旅を続けるでしょうけれど……その後のことが気になります。故郷へ戻るわけにもいきませんから……」
「根無し草だからな……ソフィアとしてはどう思う?」
「バールクス王国で過ごすというのが妥当な答えかと思いましたが、私と一緒だと貴族的な扱いをされるかもしれないんですよね……何の知識もないのにそういう形で過ごすことになるのは、可哀想ですよ」
「あ、そうか。ロミルダについても、王様にしっかり説明しないと」
俺からもフォローするか……といっても、どれだけできるかわからないけど。
「今回城の中で滞在する際、俺達が面倒見れない場合は、エイナに頼むしかないかな」
「それしかないですよね……他に良い方策がないか、この旅の間に考えておきましょう」
それでロミルダについても話が終わった……今後の身の振り方についてはまとまったか。
とはいえ、なんだか嫌な予感もするんだよな。城に入ったら俺やソフィアがどうなるのか……そこがどうしても気掛かりであった。




