最後の準備
――そして、いよいよ本編開始が近くなる。
「それじゃあ、行ってきます」
気付けば俺は十八になっていた。ゲーム上の年齢は十八だったので、とうとう本編開始付近まで到達したことになる。
俺は両親に冒険者になる旨を伝え、旅を始めた。さすがに両親も俺が何をしていたのかはある程度認知していたし、魔物を狩ったことにより得た資金で両親へ楽に暮らせるだけの額を渡したこともあり、二人は嬉しさ半分悲しさ半分といった雰囲気で涙を流し、俺の門出を祝ってくれた。
町の人々からも英雄視されないにしてもそこそこ認知されていたため、俺は景気よく送り出された……さて、ここからが本番だ。
俺は人目のつかない所まで到達すると魔法を使って拠点へと戻る。そこは、金銀財宝が腐るほどある場所となっていた。資金面だけなら、大国と戦争できるくらいだ。
そこでまず、一羽のワシが目に留まった。見た目は本物そっくりだが、俺の目から見てずいぶんと魔力を保有している。
「さて、情報は……」
これは俺が作成した使い魔だ。本編が近くなるにつれ主人公達がどういう行動をしているか……より具体的に言えば俺がやりたい放題やったことで何か変化がないかを確認する意味合いがあった。こいつを主人公の近くへと飛ばし、色々と見た状況を把握するというわけだ。
結果として主人公達におかしな行動は見受けられない。魔族側もシナリオ通りの雰囲気。俺は内心安堵しつつ、シナリオに沿って動けばいいのだと考えつつ、一度深呼吸をする。
もうすぐということで、体に変な緊張が生まれる。ここまで好き放題やった結果、この世界に俺を倒せる存在などいないくらいにはなっているのだが……魔王を倒すことだけはできない。それがなんとなく心残りではあったが……まあ嘆いてても仕方のないことだと思い、俺は移動魔法を使用した。
目的地は、俺――ルオンが主人公の一人と出会う場所。名前はフィーントといい、まだ魔物の影響力の少ない大陸南部の村だ。
この時点で何度か足を踏み入れたことがあるため、場所もしっかり記憶している。数日かけて到着したのは、ゲーム上で見慣れた村。家々の配置なんかも一緒だが、さすがにゲームで見ることのできる範囲以外にも家々が並び、人口は村にしても中々といったところ。この周辺には手ごろなレベルの魔物が出現する遺跡や洞窟なども多く、冒険者っぽい人も結構多い。
とりあえず村の状況とかを確認するのが今回の目的。なんとなく道具屋に立ち寄ってみるが、俺が腐るほど所持しているアイテムばかりであったため、何も買わずその場を去る。
もう店を頼らずとも合成と鍛冶だけであらゆる武器や道具は作れるんだよな……そう思うと金の使い道もなく、結局貯まっていくばかり……あ、そうだ。
俺は一時村の下見を中断し、移動を開始。村の外に出て加速魔法を使用し――それほど経たずして目的地に到着した。
そこは、ゲーム上のルオンが使用していた隠れ家――ルオンが使用する前はどうなっていたのか確認をしたかったのだ。
隠れ家、といっても元は猟師小屋か何かだったのか小さな佇まい。扉を触れてみると鍵は掛かっておらず、あっさり入ることができた。
中は――埃が積もっているくらいで、床が抜けているなどといったことはなかった。状況から使われていないのは明らかであり、俺は埃っぽいのを我慢しつつ中へと入る。
机があったので引き出しを探ってみると、鍵が出てきた。試しに外に出て扉と合わせてみると……見事入った。どうやらこの小屋の鍵らしい。
たぶん放棄してそのままなのだろう……魔物が出ている以上放棄せざるを得なくなったとでも言えばいいのかもしれないけど。
再度部屋の中に入り、室内を確認。確かルオンは溜めていたアイテムを下にある収納庫に隠していた。床を見回してみるとそれらしい扉があった。
中を開けてみると、何も入っていなかった。そこで小さく笑みを浮かべ、とりあえずイベントくらいは用意しようかと思った。
主人公を助けるサブイベントはフリーシナリオらしく結構な数がある。ルオンのイベントについてはアイテムが得られるだけなのでサブイベントという部類に入るかどうかも怪しいものだが……ま、ルオンが唯一主人公達に絡めるイベントだ。せっかくなので用意しておこう。
俺はここで左手を振る。二の腕に革製のブレスレットが巻いてある。革、といっても様々なアイテムを合成させた素材で、ゲーム上に存在していたどんな金属よりも丈夫なのだが……すると、目の前に魔法陣が出現した。
これは召喚魔法の応用である――陣が光り、現れたのは、木製の収納箱。
ゲーム上でアイテムは無限に所持できたのだが、さすがに現実世界となった今ではそうもいかない。けど、どんな場合でも拠点にある物資を取り出せるようにしたい……そこで考案したのが、革のブレスレットに収納箱の魔力を記憶しておき、呼び出すというものだ。ちなみにこの収納箱は何十個とある……中には安物のナイフとかしか入っていない箱もあるけど、まあ使う可能性もゼロじゃないので、一応ブレスレットに魔力は記憶してある。
これにより、俺は拠点にあるアイテムをほぼ自由にどこでも使用できる……呼び寄せた収納箱から、ゲーム上で手に入ったアイテムに少しばかり色をつけて猟師小屋に置いておくことにする。
それらを収納庫に隠し……そこでふと、俺は小屋の隅で目立たない姿見を発見した。こうした大きい鏡はこの世界では結構珍しい。幼少の頃に過ごしていた屋敷にはあったんだが……興味が湧き、俺は自身の姿を映す。
そこには、以前ゲームをしていた時に見た茶髪で、可もなく不可もなくという風貌と茶色い外套を羽織った人物が立っていた。俺はその姿を観察しつつ……レベルが半端じゃないせいで少しばかり雰囲気が違うように感じるのは……さすがに気のせいかな。
鏡に映ったことにより改めて装備を確認する。外套はゲームの時のままだというのはあえて似せてあるため。それを開けると革鎧が見えた。青色に染色された、肩当てが存在しないシンプルな革鎧と、下に着る白い耐魔製の肌着。で、首からは護符を埋め込まれたペンダントが一つ。
腰には長剣。なんとなく握り少しだけ鞘から抜くと、白銀の刀身が見えた。そして右腕には青色の腕輪。左手には革の腕輪に加え、もう一つ茜色の腕輪が。
――これらは全て、俺が一から作成したものである。素材を集め終え時間があったためゲーム上の組み合わせを思い出し、さらに研究を重ね作り上げたのがこの装備。
茶色い外套も見た目は地味だが、この時点で最終ダンジョンのモンスターが放つ魔法攻撃をゼロにできるくらいの防御能力がある。それに加え革鎧と肌着の防御効果が合わさり、間違いなく隠しダンジョンのボスさえダメージはゼロだろう……もっとも、敵の攻撃は魔力で構築した膜のような障壁によって行われる。おそらくゲーム上の防御力はそれ込みだったと思うのだが……俺はそれを鍛えるだけでなく装備品にも途轍もない防御力を持たせた。これについては、絶対死なないようにするための措置だ。
加え、状態異常については首から下げたペンダントが対応する。あらゆる特殊攻撃を全て跳ね除ける効果をこれは所持しており、最早どんな攻撃も怖くなくなっている。
腕輪については、右手の腕輪は攻撃力強化だが左手は結界を張る。まあ攻撃は喰らわなくても大丈夫なレベルなのだが、さすがに回避行動をしていないと怪しまれるからというのが主な理由だ。
で、最後に剣……これはごくごく一般的な長剣。というのも武器に関しては下手に盗まれたりすると悪用されたりで厄介になりかねないからだ。なので接近戦の必要があったら魔法で武器を生み出して使うことに決めた。その辺りも一応カスタマイズできたようで、魔法で生み出した剣はおそらく結界を失くした魔王ならば一撃で倒せると思う……正直、やり過ぎた。
俺は姿見から視線を外し移動を開始。それほど経たない内に、主人公達が行動を開始するだろう。
前世の記憶はしっかりと残っているので、どういう話の流れになるのかは俺も理解できている……問題はいくつかのイベントがダブルブッキングしている可能性が否定できないこと。どうも本編開始直後くらいから魔王側も各地で動き回っているようで、色々とイベントが発生するようになっている。さすがにゲーム上ではタイムテーブルが不確定だったので、この辺りは根性でなんとかする必要が出てくるかもしれない。
俺は頭の中で色々とまとめ……ひとまず村の宿へ。これから始まる本編を思い返し――やっぱり少しだけ、緊張が体を駆け抜けた。