鍛錬の場所
町へと戻り、その日はギルドで情報収集を行う。これから赴く場所に対する依頼があった場合、下手に介入されないよう依頼を受けておこうかと思ったが……なかったため、いくらかイベント場所の情報を仕入れてその日は休んだ。
翌朝、主人公達の状況を調べる。特にアルトについてだが……よし、イベントに向かいそうな雰囲気。また同時にそのイベントに関わる人物も動き出しているという情報が入った。
なら――俺は心の中で決心し、朝食の時ソフィア達に話を持ちかけた。
「少し距離はあるが、ここから北西に霧深い森がある……そこは魔王が侵攻して以降、魔物の数がずいぶん増えたらしい」
「駆除などはしていないんですか?」
スープを飲みつつソフィアは問う。
「現状、森の外には出ていないらしいから、近寄らない対応をしているらしい……それと魔物に関する情報を入手した。ソフィア達なら十分戦える相手だと思う」
「そこに行くと」
「ああ。ただ最初に言った通り距離があるから『バードソア』必須だ」
ソフィアがきちんと魔法を使えるかテストする意味合いもある……これまでの訓練である程度制御できていたので、大丈夫なはず。
「わかりました。魔物を退治するという意味合いもありますし、良いと思います」
「報酬ないのが気掛かりだけどね」
キャルンが不満を零す。確かにどこからかの依頼により森へ侵入するとなったら報酬ももらえるしモチベーションも上がるだろうけど――
「ないものねだりしても仕方ないだろ……それに、依頼が発生ということは怪我人か犠牲者が出たような状況だ。本来なら、そうなる前に対処するべきだ」
「そうだね。ま、後で謝礼をもらいにいくという方法もなくはないし」
「謝礼欲しさにやるんじゃないぞ?」
「わかっているよ」
肩をすくめるキャルン。本当にわかっているのか?
「で、私もそこに行っていいんだよね?」
確認を行うキャルン……ソフィアも気になっているようだし、ここはひとまず一緒に行くとしよう。
「ああ。前、悪魔との戦いでソフィアと組んで戦っていただろ? あんな感じで立ち回ってもらえるといいんじゃないかな」
「了解」
軽快にキャルンは答えた。
その後食事を進めながら、俺は今後の段取りを再考する……このイベントに関わるのは、アルトとその仲間……そして、彼の妹である。
イベントの詳細についてだが、アルトは元々霧深い森に天使の遺跡があると聞き付け足を踏み入れる。だがそこは魔物の巣となっており……それにも構わず探し、奥地で巨大な植物系の魔物と出会う。
そいつを倒し、イベントは終了……と、流れはシンプルなのだが、問題はその植物系の魔物であるボス。
兄のアルトが訪れる前、妹であるステラがその植物に喰われるのである。
ゲームではきっちり飲み込まれる瞬間も映るのだが……このイベントの最悪なところは、回避する手段がないということだ。
アルトを主人公にしたのは二周目だったのだが、どうにかして回避できないか色々と試した。結果、どうにもできないという結論に達した。挙句の果てにゲームの進行が遅い場合、既に飲み込まれた状態でボスと戦うことになりアルト自身妹が喰われたと知らないまま物語が進む場合だって存在する。
彼のシナリオはここから魔族の戦いにシフトしていくのだが……その動機は妹が喰われた事実を知ればそれ自体が理由となるのだが、もし知らなければ魔族の脅威が迫っていると察し、調査を始めようということになる……つまりどう転んでもシナリオに影響はないため、その点では気が楽だ。
序盤どうにかしたいイベントは、これで終わりとなるのだが……今後はいよいよ五大魔族との戦いを気にする必要が出てくるだろう。五大魔族のいる場所は次元の歪みが存在し、足を踏み入れることができないようになっている。ゲーム上ではイベントが生じ、それと共に入れるようになるのだが……さて、そのイベントがいつ起きるのか。
現状、主人公達はまだそうしたことに遭遇していない。イベントが始まるような兆候も確認できないのだが……五大魔族との戦いは先ということだろうか。
まあいい。ともかく今は目の前のイベントだ……思いつつ食事を終える。ソフィア達も同じように食べ終わり、俺達は移動の準備を始めることにした。
結果として、ソフィアの『バードソア』はそこそこ運用できるようになっており、俺とキャルンの移動にもどうにかついてきた。まだちょっとばかりもたつく部分もあるが、これなら共に移動することはできそうだった。
キャルンが時折アドバイスを出しながら――俺達は、目的地である森へと辿り着いた。
霧深い森――名前はラトラスの森。この森を突き進むと大きな渓谷にぶち当たる。元々魔力が濃い場所であり、魔物も多いことから動物なども非常に少ない危険な場所。
それは魔王側にとってはひどく好都合だろう……結果、ここは魔王達にとって良い魔物の巣となったわけだ。
「物々しいわね」
キャルンが森の入口で感想を漏らす。確かに彼女の言う通り、目の前にある森は発する瘴気により侵入者を拒んでいるように感じられる。
例えば子供とかは大人が「行ってはいけない」と警告する場所にあえて足を踏み入れるようなこともあるが……この森の場合は、発する雰囲気から子供が逃げ出しそうな感じだ。この様子なら人が近寄らないのも理解できる。
「……さて、魔物との戦いについて、アドバイスしておくか」
俺はソフィアとキャルンへ口を開く。
「この森はかなり深そうだし、長期戦を覚悟しなければならない……二人とも魔物と戦ってきた以上その辺りは理解できていると思うけど」
「そうですね」
ソフィアが相槌。俺は小さく頷きつつ、話を続ける。
「情報によると魔物が元々存在していた場所に魔王が襲来して多くなった……こういう場合、基本元々住んでいた魔物と新たな魔物は競合するものだ。どういう魔物かによって、この森がどうなっているかある程度推し量ることができる」
「それがわかると、どうなるの?」
キャルンが問う。俺は彼女を見返し、
「この森が、どの程度魔族達に支配されているかがわかる。もし魔王側の魔物が多いと、少しばかり厄介だな」
――この森は、五大魔族以外に存在する幹部クラスの魔族が介入したことによって魔物が多くなった。目的やその魔族がどういった存在なのかはゲーム上で直接的に言及されてはいないが、攻略本などに記載されていた裏設定に、幹部クラスがそういう風に動いているという記述が存在していた。
今から発生するイベントを魔族が見ているかどうかはわからないのだが……念の為気を付けるべきだろう。何せ幹部クラスに俺の能力を悟られたらマズイのだ。ガルクから貰ったリボンを活用し、立ち回ることにしよう。
一方ソフィアだが……彼女のことを知る魔族はバールクス王国を襲撃した魔族だろう。王国からそこそこ離れているため、さすがに幹部クラスの魔族といってもソフィアを知っている存在とは思えないが……まあアーティファクトを身に着けて魔力の質を変えているので、おそらく大丈夫なはずだ。
もしそれでも悟られてしまったならば、状況に合わせて対応する必要がある……何事も絶対とは言えない状況。心構えだけはしておくことにしよう。
俺は心の中で結論を出した後、ソフィア達へさらに言った。
「もし魔族に関する魔物が多ければ、ここを支配するために強力な魔物を住み着かせている可能性が高い」
「それは以前、依頼を受けた時……森の最奥で遭遇した植物の魔物のようなものですか?」
ソフィアの質問。俺は頷き、
「そういうことだ……そいつと戦うのは、遭遇する魔物の強さとかを見て考えよう。あと、今回はノームと契約した状態における鍛錬もかねているから、俺は控えめに立ち回るから……その辺りはよろしく」
「わかりました」
「ま、褒められるように頑張るよ」
ソフィアは微笑を見せつつ語り、キャルンは冗談めかしく語る。俺は二人に頷き返し――森へと足を踏み入れた。




