ノームとの契約
ノームの住処――入口の見た目は単なる洞窟なのだが、発せられる気配とや魔力が、単なる洞窟とは異なる場所であると認識させられる。
「それじゃあ入ろう」
「はい」
「……あの」
ここで声を発したのは――レーフィンだった。彼女はソフィアの近くに出現し、俺達に告げる。
「私に、案内させてもらえないでしょうか?」
「ここに来たことはあるのか?」
こちらの質問に、レーフィンは頷いた。
「はい。何度か足を運んだことは」
「ちなみに、何をしに?」
「色々と。主に世間話が多いですね」
わざわざ世間話するためにここまで来るのか……? 最初疑問に思ったが、精霊同士で情報のやり取りでもしているのだと思い直し、尋ねることはしなかった。
断る理由もなかったので、俺達は彼女に案内を頼み歩き出す。それと共に俺は洞窟の奥から笑い声のようなものを耳にする。
ノームが発したものだろうか……考えていると、レーフィンが声を上げた。
「おそらく、精霊と契約しにきた人でしょう」
別の人間が……俺は改めて洞窟を見回す。
ノームと契約する場合も、本来ならイベントが発生し騒動に巻き込まれるはずだった。けれど騒動は収束している。
解決に導いたのは主人公達ではない。彼らは常に使い魔で観察しているのでそこは間違いなく……俺やソフィアが用心棒に関するイベントをこなしたように、ノーム達の騒動については別の人間が対処したということだろう。
そう結論を出した直後、俺達は開けた場所に出た。
「へえ」
キャルンが声を上げる。洞窟の奥に存在していたのは、集会場のような空間。そして通路が張り巡らされており、至る所に穴ぼこのような通路が存在している。
「おっ!」
そして、精霊の一体が気付き俺達へ近づいてきた。
「ようこそ、ノームの住処へ」
見た目、十歳にも満たない黒髪の少年だった。格好も町を走り回る子供と何ら変わりがない。周囲を見回してみると笑い声を上げていたらしい傭兵っぽい人間の男性が、赤い髪を持った少年と談笑している光景が見られる。
「今日ここを訪れたのは三組目だよ。精霊との契約がお望みかい?」
「どうも」
そこでレーフィンが呼び掛けた。するとノームは一度目を白黒させ、
「――あなたは」
「どうも、知り合いに会いに来たのです」
女王の身分を明かさないようにするためか、先んじてレーフィンは語る。事情を知らないキャルンもいるためだ。
対するノームは直接的に言及されたわけではないが、理解したようで小さく頷いた。
「場所はご存知?」
「はい」
「なら、どうぞ」
手で通路を示す。するとレーフィンは俺達と視線を交わし……キャルンへ目を合わせ口を開いた。
「キャルンさん」
「はい?」
「私は精霊ですのでこの場所に挨拶しなければならない方がいるのです。ここからは別行動としませんか?」
……そういう発言をするからには、挨拶する相手は結構偉い精霊なんだろうな。大体想像つくけど。
「基本自由に歩き回っていい場所なので、あなたと相性がいい精霊を見つけてください」
「いいけど……ルオンさんやソフィアさんは?」
「ソフィアの精霊がこう言っているから、俺もソフィアも付き合うさ」
「そっか」
気にはなったらしいが、追及するつもりはないらしく俺達に背を向けて歩き出した。
「さて、行きましょう」
レーフィンは言って動く……ここで俺は彼女に問い掛けた。
「誰に会うんだ?」
「ノームの王に」
やっぱりな。さすがに王に会うとなるとソフィアの素性も明かさなくてはいけないだろうし、キャルンがその場にいてはまずいということだ。
そういえば、今後契約する精霊に俺の能力は説明するのだろうか。その辺り、後で確認する必要があるな。
俺とソフィアはレーフィンの案内に従い、奥へと進む。やがて辿り着いた先に見えたのは、木製の扉。ノーム用なので小さいが、大人である俺でもどうにか通れるくらいの物ではある。
レーフィンは俺に視線を送った。開けてくれという意味合いだろう。だから俺はドアノブを回し、屈みつつ中へ。
部屋は天井も結構高く、さらに広い。宿屋の大部屋くらいの広さはあるのだが、物がずいぶんと少なく広いだけで荒涼とした雰囲気も存在する。
「ん?」
そうした中、少年が一人部屋の中にいた。金髪で貴族の子供のように気品がある少年は、俺達へ真っ直ぐ歩いてくると、レーフィンに声を掛ける。
「来客……しかも、人間を伴うとは変わっているな、レーフィン」
発せられた声は少年というより青年に近く、精悍なものだった。
「どうも、アクナ」
レーフィンが言う……どうやら目の前にいる見た目少年の存在が、ノームの王様らしい。
「ふむ、その女性についているのか? 女王自らとは、どういう風の吹き回し……いや、この大陸の状況を鑑みて、決断したということか」
「はい。私はこの方に将来性を見出し、行動を共にしています」
柔らかな口調でレーフィンは言い、ソフィアの素性を話す。対するソフィアは期待されているのを改めて認識したためか、緊張するような硬質な顔つきに変わった。
レーフィンは一通り語り終えると、改めてここに来た理由を語る。
「アクナ、今回は挨拶と、この方と共に行動する精霊を探しに参りました」
「賢者の血筋の王女か……わかった。ただ言っておくが、俺が共に行くことはできないぞ?」
「わかっていますよ」
微笑むレーフィン……ふむ、レーフィンが仲間になったのは、例外的なことなんだろうな。
とはいえ彼女と共にいるということは、精霊の中でも力を持った精霊と契約できる可能性が高くなるということか……ソフィアは主人公としての地位を確立しつつあるような気がしてくる。
「レーフィンが同行している以上、並の精霊では駄目だろうな……ならば、いい奴がいる」
「どなたですか?」
「ロクトだ。あいつなら十分活躍してくれるはずだ」
「彼なら知っています。会いに行って話をしてきていいですか?」
「ああ、構わないぞ……レーフィン」
「はい」
「少し前にこの場所で騒動があった。人間と手を組み俺達は解決したんだが……今後も、似たような事が起こるかもしれない。住処は大丈夫か?」
「私がいなくとも対応できるようにはしています」
言いながら俺を一瞥するレーフィン。こちらは見返すだけに留める。
「しかし、人間と手を組むとは意外ですね」
レーフィンは再度アクナへ話を向ける。すると彼は肩をすくめ、
「奇妙な縁だよ。その人物は結局私達とは契約しなかった」
「ちなみにお名前は? もし機会があれば話をしてみようかと」
シルフの問いにノームは微笑を浮かべ答える。
「リチャルと名乗っていた」
――キャルンに魔法を教えた人物と同名だ。同一人物と考えていいだろう。
ふむ、いよいよ興味を持った。やはり彼については調べた方がいいかもしれないな。
レーフィンにもリチャルについては話したが、アクナと会話しているためか表情は変えず、彼に告げる。
「その名、憶えておきます。もし何か異変があれば、風の渓谷へ連絡を。それを経由して私にも伝わるようにします」
「ああ、わかった……武運を祈る」
そういうわけで会話は終了。さすがにノームの王まで加わるわけではなかったが、それでもレーフィンのおかげでソフィアは精霊の中でも上位の能力者と契約できるようだ。
「さて、ロクトへ会いに行きましょう」
通路を戻る間にレーフィンは言う。そこで俺は質問。
「知っているみたいだが、強いのか?」
「ノームの中でも非常に潜在能力の高い精霊だと聞いています。今後魔族と戦うのなら、十分な戦力となってくれるはずです」
そう語ったレーフィンは、俺達に微笑を浮かべた。
次に訪れた部屋は、一度入口に戻ってから別の分かれ道の先。そこには茶髪の少年が壁際に座り込んでいた。
「……あなたは、レーフィン様?」
「どうも、ロクト」
挨拶をするレーフィン。すると彼は立ち上がり、少年に似合わないような慇懃な礼を示した。
「お久しぶりです……後ろの方々は?」
「それは私から説明します」
レーフィンが事情を話し始める。その間に俺はノーム――ロクトを観察。
他のノームはごくごく一般的な服装をしているのだが、彼は違う。フードつきの赤色の法衣を着ており、他のノームとは異なるのだと一目見てわかる。なんというか、精霊というより少年の魔法使いといった感じだ。
やがて説明を終えると、ロクトは小さく頷いた。
「わかりました……ルオン様とソフィア様の旅に、同行させて頂きます」
お、あっさりと……って、ノームの王の紹介なわけだから当然と言えば当然か。
というわけであっさりと契約。俺はここでソフィアに言う。
「さて、入口に戻ってキャルンと合流するか」
「……彼女を、今後どうしますか?」
彼女から質問が。俺にそれに肩をすくめ、
「どうする……といっても、ずっと同行させるのも。何一つ事情を話していないからな」
「そうですね」
「ソフィアはどう思う?」
キャルンに対し予感を抱いた彼女としては――反応を待っていると、ソフィアは難しい顔をした。
「私自身、キャルンさんが魔族と戦うことになると語りましたが……仲間になるのとは、違うような気もします」
「そうか……ま、彼女の意見も聞かないといけないし、ひとまず合流しよう」
言いつつ、俺は思考する――次は、いよいよ介入したいイベントだ。それには主人公の一人であるアルトが絡んでくるが……彼に見つからないよう遂行するのがベストだが、鉢合わせする可能性も十分あるため想定はしている。
まあ、イベントを回避しようとする以上、リスクはつきもの――ともかくやるしかないと思いつつ、入口へと向かう。
到着すると、既にキャルンが待っていた。既に契約を行ったらしい。
「それじゃあ引き上げるか……行こう」
俺達は揃ってノームの住処を出る。シルフの時のように厄介なイベントもなかった……ってあれは俺が首を突っ込んだ要因もあるんだけどな。
「さて、町まで戻ってこれからのことを考えるか」
「このまま他の精霊との契約は行わないの?」
キャルンが訊いてくる。もしかしてそこまでついてくる気なのか――思いながら、俺は肩をすくめつつ答えた。
「ウンディーネのいる南の湖までは結構距離がある。それにサラマンダーのいる火山は魔族が精力的に活動する範囲でもある。どちらにせよ行くとなると大変だし、それに三種以上の精霊と契約できる能力にも達していないだろう……ソフィアはどう思う?」
「正直、二種の精霊を抱えて制御も大変だと思います。まずはこの状態で鍛錬したいですね」
それもそうだな……その鍛錬を、今から俺が向かいたいイベントに合わせればいい。
「なら、この周辺で修行ってこと?」
キャルンが言う。その目は期待も不満もなく、純然たる問い掛けのように見える。
「そういうことになるな……さて、どこがいいか」
この流れで修行場を該当の場所にすればいいだろう。イベントが終わった後は……主人公達の状況を改めて整理し、対応すればいい。
現状、フィリについては順調にレベルアップしている様子。パーティーにあの村で加わったコーリの姿もあり、レベル的には全主人公の中で一番かもしれない。
一方、エイナは各国の騎士と関わっているため、それほどイベントもこなしておらず多少ながらレベルの上がり方が遅そうな雰囲気。とはいってもやはりそこは主人公。ソフィアなどと同様一つのダンジョンをクリアしただけで目覚ましい成長を遂げるので、他の騎士達からは一目置かれる存在となっているようだ。
また、アルトはここから俺が干渉するイベントのために動き出している。彼については逐次使い魔からの情報を取得しよう。
残る二者は……片方はそもそも他の主人公と異なり魔王を倒すというメインシナリオ以外に核となるシナリオが存在していないため、目的がない分だけ動きが鈍い。この時点でなんとなく彼が魔王を倒す人物となるのは低そうだなと思ったりする。
最後の一人は他の四人とずいぶんと立ち位置が異なるため、まだ動いていない。まあ彼についても使い魔は派遣しているので、動きがあったら報告がくるはずだ。
「よし、ソフィア」
俺は彼女へ提案する。
「ひとまず、周辺にいい場所がないか町で聞き込みでもする」
「わかりました」
「ねえ、質問」
ここでキャルンが言及。
「私は……目的は達成したわけだけど、一人じゃ不安だし付き合ってもいい?」
このままなし崩し的に仲間に加わることになるのだろうか……考えつつソフィアに視線を送る。
コクリと彼女は頷く。やはり彼女自身感じた予感が胸に引っ掛かっているのだろう。
「……わかった」
「ありがと」
キャルンが礼を述べる。俺はそれに小さく頷き返し……イベントへ向かうべく手筈を整えることにした。




